32話―スーパールーキー、アンジェリカ!

 アンジェリカが押し掛けてきてから十数分後。アゼルたちは、ギルドに併設された訓練所を訪れ、試合場の脇に立っていた。


 アゼルのパーティーに加わりたい、と希望するアンジェリカの実力を測るため、冒険者登録のための実技試験を行うことになったのだ。


「あの小娘、アシュロンという将軍の娘らしいが……所詮は貴族の子、実力などたかが知れていよう」


「あんなほっそい腕で、相手の教官を倒せるわきゃねえわな。見ろよあの教官、アーマードエイプみたいにゴツいぜ。こりゃ、始まる前から勝負あったな」


 準備運動をするアンジェリカを見ながら、リリンとシャスティはそんなことをのたまう。試験を担当する教官も、同じようなことを想っているらしい。


 が、アゼルは彼女たちのようには考えていなかった。グリニオたちに連れ回された結果、人を見る目を鍛えられたアゼルには別のモノが見えていたのだ。


「はっ! やっ! てやっ! とうっ!」


(今アンジェリカさんがやっている、準備運動代わりの演舞……一朝一夕で身に付けられるようなヤワなものじゃないですね。幼い頃からずっと鍛練を積んでいなければ出来ない動き……です)


 準備運動だけでは物足りなかったようで、アンジェリカは流麗な動きで演舞を行い身体を暖める。数分後、セットアップが完了した。


「お待たせしました。さあ、どこからでもかかってきてくださいませ!」


「いや、先手は譲ろう。初手を見れば、相手の実力は分かるからな。君が冒険者に相応しい者か……測らせてもらおうか。では、試験はじめ!」


 教官が右手に持った剣を掲げると、訓練所に設置された大銅鑼が鳴り響く。それと同時に、目にも止まらぬ速度でアンジェリカが動いた。


「いきますわよ! 強化魔法、プロテクション!」


「はや……くっ! 戦技、カウンターラッシュ!」


「遅いですわね、当たりませんわ!」


 アンジェリカは己の四肢に鋼のような強靭さを与えつつ、教官の懐へ飛び込み拳を叩き込む。教官は慌てて盾を構え、ギリギリで攻撃を防いだ。


 カウンターの一撃を難なくいなし、アンジェリカは連続バク転で避ける。そして、サイドステップを駆使して教官を翻弄し、反撃する隙を窺う。


「このっ、ちょこまかと!」


「おほほ、遅いですわね。その鎧、脱いだ方がよろしいのではなくて?」


 振るわれる剣を拳で弾きつつ、アンジェリカは余裕の笑みを浮かべる。そんなアンジェリカを見て、リリンとシャスティは考えを改める。


「……ほう。あの小娘、なかなかの身のこなしだ。ただの身の程知らずだと思っていたが、なかなかどうして強いではないか」


「見たところ、歳は十六、七くらいか? この若さであんだけ動けりゃ上等だな。こいつぁ、認識を改めねえといけないかもな」


「そうですね、シャスティお姉ちゃん。あの動き、スケルトンにも取り入れられるかも……」


 予想外の活躍を見せるアンジェリカに、三者三様の意見が飛び交う。一方の教官も、ただではやられまいと反撃を行う。


「あまり私を舐めるなよ! 戦技、スリップスラッシャー!」


「くっ! 剣速は凄まじいですわね。これは防がないと!」


 これまでよりも速度を増した斬撃が連続で放たれ、攻守逆転する。しばらくの間、教官の猛攻を前に防戦していたアンジェリカだったが、とうとう反撃に出た。


「いかん、スタミナが……」


「今ですわ! 戦技、フルメタル・クローズライン!」


「ぐっ、があっ!」


「あら、まだ終わりませんことよ! 強化魔法、エアーブーツ!」


 教官の体力が尽きたところを狙い、アンジェリカは強化魔法をかけた腕を水平に伸ばし、相手の首へ一撃を叩き込んだ。たまらず教官が片膝を着くと、さらなる追撃が放たれる。


 アンジェリカは一旦バックステップで距離を取り、強化魔法をかけつつ勢いよく走り出した。教官の膝を踏み台にし、顔面に強烈な膝蹴りを叩き込んだのだ。


「これで終わりですわ! 戦技、閃光シャイニング魔術・ウィザード!」


「うっ……ぐはあっ! 参った、私の負けだ!」


「やりましたわー! わたくしの勝ちですわ! アゼルさまー、わたくしが勝ちましたわよー!」


 怒涛の連続攻撃を受け、教官はたまらずギブアップする。終わってみれば、アンジェリカが優勢を維持したまま決着がついた形となった。


 ぴょんぴょん跳び跳ねて勝利の喜びを噛み締めた後、アンジェリカは嬉しそうにアゼルのいる方へ向かって手を振る。


「アゼルさま! わたくしの活躍、見ていてくださいました!?」


「はい、凄かったです。あんな武術、ぼく見たことなくて……見惚れちゃいました。アンジェリカさんって、とても凄いんですね!」


「ああ、アゼルさまに誉めていただけるなんて……光栄至極ですわ! わたくし、もう天にも昇る心地ですわ!」


「わわわっ!? あ、アンジェリカさん!?」


 喜びのあまり、アンジェリカはアゼルに抱き着いてきたのだ。リリンやシャスティよりはプロポーションはかなり劣るも、少年を慌てさせるのには十分な柔らかさがあった。


「アゼルさまに誉めていただけるなんて、夢のようですわ。幼少の頃から稽古を重ねてきた甲斐があっ……ふべっ!?」


「貴様……軽々しくアゼルに抱き着くとはいい度胸をしているな。ん?」


「新入りのクセにだいぶハッチャケてんなぁ、おい。してやるよ、こっちに来な?」


 が、そんな迂闊な行動がアンジェリカの首を締めてしまうこととなる。いつの間にか、リリンとシャスティがアンジェリカの背後に回り込んでいたのだ。


 シャスティの鋭いチョップでアゼルから引き剥がされ、アンジェリカは二人に引きずられて訓練所の外へ連れ出される。二人はイイ笑顔を浮かべていたが、目は笑っていなかった。


「アゼルよ、先に部屋に戻っておれ。私たちは話し合いをしてくるでな」


「は、はい。いってらっしゃい……」


「あああ、お助けくださいませアゼルさまー!」


 リリンの圧の前には流石のアゼルも異論は言えず、と殺される家畜のような表情を浮かべるアンジェリカを見送ることしか出来なかった。



◇――――――――――――――――――◇



「……くさん。お客さん、起きてくだせぇ。ほら、待合所に着きましたよ」


「ん、済まん。長旅で疲れていてな……。どうにも、寝すぎてしまったか」


 その頃。帝都リクトセイルから八十キロほど離れた町に、一台の馬車が到着した。短く苅り揃えた灰色の髪を掻きつつ、青年――カイルは身体を起こす。


「ここから先は別の馬車に乗り換えてくださいね、あっしが運ぶのはこの町までですんで」


「なかなかいい乗り心地だった、感謝する。つりはいらん、へそくりにでもするといい」


「おっ、こいつはありがてぇ。にしても、兄さんはどこまで行くんだい?」


 長距離運転専門の馬車を扱う御者に尋ねられ、カイルはしばしの沈黙の後、口を開いた。


「帝都に、ね。会わなければならない人がいるんだ」


「へぇ、そいつは大変なこって。ここから帝都まで、丸々七日はかかりますぜ? 達者で旅してくだせぇよ、それじゃ」


 カイルを降ろした後、馬車は元来た道を引き返していった。次の馬車来るまでの間、カイルは待合所の椅子に座って静かに空を見つめる。


 しばらくして、おもむろに懐から古びた懐中時計を取り出し、蓋を開く。中には、家族の姿を写した写真が入っていた。


「……父さん。母さん。オレは大バカ野郎だ。今になって、やっと……自分の間違いに気が付くなんてさ。でも、オレはもう間違えないから。アゼルへの償いは、必ず……」


 そう呟くと、カイルは懐中時計の蓋を閉め懐にしまう。その直後、タイミングよく馬車がやって来た。


「御者よ、この馬車は帝都に行くのか?」


「ええ、リクトセイル行きの馬車ですよ。お乗りになりますか?」


「ああ。しばらく世話になる」


 そんなやり取りのあと、カイルを乗せた馬車が出発する。目指すは、アゼルのいる帝都リクトセイルだ。十三年前に捨て去ってしまった、家族への贖罪のために。


(待っていろ、アゼル。ガルファランの牙なんぞに、お前を傷付けさせはしない。そのために、オレは……闇霊ダークレイスの力を学んだんだから)


 何があっても、弟を守る。決意を固め、カイルは一人帝都にいるアゼルの元へ向かう。しかし、そんな決意を嘲笑うかのように霊体派の者たちかつての同胞がアゼル襲撃の計画を立てていた。

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