第2章―小さな帝と太陽の求道者

31話―闇の中で動く者たち

 建国記念式典が終わり、七日が経過した。アゼルの名声はさらにとどろき渡り、アークティカ以外の国々でも知らぬ者はいないほどの有名人となった。……が。


「つ、疲れました……。今日はもう、動けないです……」


「お疲れ様だな、アゼル。しかしまあ、こう毎日毎日貴族どもに呼ばれると冒険者としての活動をする暇もないな」


「アタシとしちゃあ、毎日うまいモン食えていい酒飲めるんだから万々歳だけどな。……うそうそ、んなこえぇ顔すんなよリリン」


 アゼルとの人脈を確保しようと、連日帝都に住まう貴族たちから舞踏会やら晩餐会の招待状が山ほど送られ、顔を出す日々が続いていたのだ。


「まあ、流石に七日も経ってあらかたお貴族さんとは知り合ったから、明日からはもう招待状はこねえだろ。また冒険者活動再開出来るさ、たぶん」


「そうだといいんですけどね……。とりあえず、今日はもう寝ましょうか。ずっと踊ってばかりで足も疲れちゃいましたし」


 明日のことは明日考えようと、アゼルはベッドに寝転ぶ。すでに外は夜の闇に包まれており、開け放たれた窓からは涼しい夜風が吹き込んできている。


 疲れた身体を休めるのに、最適な夜だった。


「うむ。ではアゼルよ、私と添い寝しよう、な?」


「いーや、アタシと添い寝してもらう。その方が疲れも取れるだろうしな!」


「なんだと? この駄牛が」


「あ゛? やるかてめぇ」


 穏やかなムードから一転、アゼルと添い寝する権利を巡って一触即発な空気になるリリンとシャスティ。二人がにらみ合いをしているなか、アゼルはもう一つあるベッドに移り、早々に眠りについた。


「貴様とは決着を着けねばならぬと思っていたところだ、駄牛。外に出ろ。身の程を教えてやる」


「いいぜ。多少早くアゼルの仲間になったからって、先輩ヅラしてっといてぇ目に合うってのを教えてやんよ」


 ついにはアゼルそっちのけでバトルに発展し、二人は部屋を出ていった。結局、翌日の朝まで二人は戻らず、アゼルは平穏な夜を過ごせたのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「なあ、知ってるかカイル。例の……ほら、アイツだよ。ジェリドの末裔の」


「知ってるさ。オレの……弟だからな」


 大地のどこかにある、霊体派のネクロマンサーたちが集う忌み地――パルバドル万魔殿。その一室にて、二人の闇霊ダークレイスが会話をしていた。


 片方は、腰ミノ一丁にトゲが付いた斜め十字のベルトを上半身に巻いただけの蛮族スタイルの男。もう片方は、緑色の質素な鎧を身に付けた灰色の髪の青年。


「ほーん、まあいいや。なあなあ、例の末裔ってさぁ、喰ったら旨いかなぁ。オイラ、喰いたくて喰いたくて仕方ないんだよ。なあ、一緒にに行こうぜカイル」


「断る。行きたいのならゾダンあたりを連れていけ。今は、手を出すつもりはない」


「ああ? いいのか? 貰っちまうぜ、この『人喰い鬼』ビルギット様がよ」


「……好きにすればいいさ。手柄が欲しいのだろう? なら、くれてやる」


 カイルの言葉を聞き、ビルギッドは無精ヒゲを生やした顎を撫でながら狂気に満ちた笑みを浮かべる。久しぶりにご馳走にありつける……そう喜んでいるのだ。


「ゲッヘッヘッ。なら、ちょっくら行ってくらぁ。アークティカはちと遠いが、問題はあるめぇ。じゃーな、カイル。後で後悔しても知らねーからな」


 そう言い残し、ビルギットはそそくさと支度をしてパルバドル万魔殿を後にした。一人残ったカイルは、左目に着けていた眼帯を外し、まぶたを開く。


 弟であるアゼル同様、ドクロが刻まれた瞳を指で撫でながら、カイルは小さな声で呟いた。


「……アゼル。お前が、選ばれたんだな。なら、オレは……オレの成すべき罪滅ぼしをしよう。お前を捨ててしまった罪は、必ず償うからな」



◇――――――――――――――――――◇



「聞いたかい、ゼルガトーレ。ヴァシュゴルのやつが敗れたそうだよ」


「本当かい? セルトチュラ。惜しいことだ、牙の三神官が二人だけになってしまったな」


 ガルファランの牙の総本山、大蛇の塔の最上階――祭壇の間。そこで、二人の人物が構成員たちの前でそんな話をしていた。組織の最高幹部である二人にも、すでに知らせは届いていた。


 ヴァシュゴルが敗北、死亡し、アークティカ帝国に築いていた勢力基盤が壊滅。アゼルの存在もあり、帝国への侵攻はほぼ不可能となった……そう彼らは聞いたのだ。


「残念だね、ゼルガトーレ。ヴァシュゴルがヘマしたせいで、最大の難敵を倒せなくなったよ」


「仕方ないさ、セルトチュラ。ヴァシュゴルはまだ未熟だったもの。それより、今日は大教祖様はお見えになられないのか?」


「うん。すでに伝言を預かっているからね。次はこのワタシが末裔の相手をしろって」


 そう言うと、セルトチュラと呼ばれた女は立ち上がり、構成員たちの間を掻き分け祭壇の間の出口へ向かう。出口が近付くにつれ、何人かの構成員が彼女に追随する。


「アゼルって言ったかな。ワタシはヴァシュゴルのように甘くはないよ。ワタシの配下……『灼炎の五本槍』と共にお相手させてもらうからね」


 全身を紫色のローブで覆ったセルトチュラは、そう呟きながら大蛇の塔を去る。アゼルの首を狩るために。



◇――――――――――――――――――◇



 翌日の朝、アゼルは観衆の目もはばからず、ギルドのエントランスにてリリンとシャスティに説教をしていた。一晩中大ケンカをしていたと聞き、お灸を据えねばと考えたのだ。


「全くもう! 二人ともいい大人なんですから、他の人たちに迷惑をかけちゃダメですよ! 今回は無関係な人たちを巻き込まなかったからよかったものの……って、聞いてるんですか!」


「ぷんぷん怒るアゼルも可愛いな……」


「ああ、同感だな。マジ可愛い」


 が、肝心の二人は頬を膨らませるアゼルを見てそんなことをのたまっていた。衆人環視のなかの説教という、なかなかに恥ずかしい状況に置いてもあまり意味がなかったらしい。


「もー、さっきから人の……」


「たのもー!! ですわ!! こちらにアゼルさまはいらっしゃいませんかしら!!」


 全く身の入らないリリンとシャスティにアゼルが手を焼いていたその時、威勢のいい声と共にギルドへ入ってきた者がいた。短く切り揃えた銀髪が特徴的な少女だ。


 格闘家のような出で立ちをした少女は、エントランスのど真ん中で説教をしていたアゼルを見つけると、パアッと明るい笑顔を浮かべて駆け寄っていく。


「ああ、やはりこちらにいらっしないましたのね!! またお会いすることが出来て、わたくし光栄ですわ!!」


「えっ……!? もしかしてあなたは……アンジェリカさん!?」


「あら、覚えていてくださいましたのね。わたくしとても嬉しいですわ!!」


 髪型が変わっていたため、アゼルは一瞬少女が誰なのか分からなかったが、特徴的な喋り方ですぐ理解した。アシュロン将軍の娘、アンジェリカがやって来たのだ。


「えっと、一体どんな用で……」


「はい、わたくし冒険者になるために来ましたわ。そして、アゼルさまのお側に置いていただき……ゆくゆくはお嫁さんになる所存ですわ!!」


「こやつが例の小娘……」


「アンジェリカ……!」


 腰に手を当て、恥ずかしげもなく堂々とそう叫ぶアンジェリカを見て、リリンとシャスティは警戒心をあらわにする。ドヤ顔をキメるアンジェリカと、彼女を睨むリリンたち。


 彼女らを見ながら、アゼルは頭を抱えてしまう。ガルファランの牙や闇霊ダークレイスの襲来とはまた違う、波乱の日々がやって来ることを悟ったのだ。


「ああ……これから凄く、大変なことになる予感が……」


「これからよろしくお願いいたしますわ、アゼルさま」


 こうして、波乱に満ちた新たな日常が幕を開けたのだった。

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