27話―決戦へのカウントダウン

 深い眠りのなか、アゼルは夢を見ていた。それも、ただの夢ではない。左目を通して、祖先たるジェリドがかつて炎の聖戦での出来事を垣間見ているのだ。


『吹き荒れよ、死の吹雪よ!』


『アアアァァァァ……』


 ジェリドが左手に持った大斧を掲げると、吹雪が戦場に吹き荒れ、異形の悪魔――闇の眷属たちをに死をもたらす。が、風の音に掻き消され、魔法の名をアゼルが聞くことは出来なかった。


 生きる者はジェリド一人のみとなり、大魔公ラ・グーの配下との戦いは決した。


『つまらぬな。この程度、我が出張るまでもなかったか』


『お疲れ様、ジェリド。そっちは終わったようだね』


『む、ギャリオンか。今終わったところだ』


 つまらなさそうに斧を降ろし、襟にファーがついた黒色のマントを羽織ったジェリドの元に、馬に乗った男が現れた。太陽のようなオレンジ色の鎧と、紅のマントを身に付けた男は笑う。


 ジェリドの視点で過去を垣間見ているアゼルには、逆光で相手の顔は見えない。王たちのリーダー、『太陽の王』ギャリオンは馬から降り、ジェリドの元へ歩いてくる。


『遠くから見えたが、相変わらず惚れ惚れするほど強く美しい魔法だったな。君が仲間で、本当によかった』


『貴公にそう言ってもらえるのは嬉しいことだ。とはいえ、これはこことは違う大地の者より会得したもの。純粋な我自身の実力とは言えぬがな』


 ギャリオンに賛辞の言葉を送られ、ジェリドは照れ隠しにそう答える。そんなジェリドの肩をポンポンと叩きつつ、ギャリオンは穏やかな声を出す。


『自分を卑下することはないよ、ジェリド。その魔法は、限られたごく一部の者しか使えない究極の魔法なんだろう? それを使えるというのも、君の努力の賜物じゃないか』


『……そう、だな。ギャリオン、我はな、いつの日かこの魔法を……生まれいずる我が子孫に、継承してほしいと思っている。そのために、全てが終わった後……我は、この魔法を我が瞳に封じるつもりだ』


『そうなんだ……。いつか、君の子孫の中にその魔法を使いこなせる子が生まれてくるといいね』


『ああ。さあ、そろそろ本隊と合流して先へ進もう。ラ・グーの居城はもうすぐだ。この大地……ギール=セレンドラスを取り戻すまで、あと少しだからな』


 ドクロを宿す左目を撫でたあと、ジェリドは歩き出す。馬に跨がり、ギャリオンはその後ろを着いていった。



◇――――――――――――――――――◇



「んにゅ……今のは、夢? なんだか、不思議な夢だったな。それにしても、下が騒がし……」


「アゼルさん! アゼルさん! 大変です、大変なんです! 起きてください!」


 アゼルが夢から覚めたのは、まだ夜すら明けていない時間だった。ベッドでぼんやりしていると、部屋の外から宿直の職員の声が聞こえてくる。


 切迫した声で意識が覚醒したアゼルは、同じく起こされたリリンたちと一緒にエントランスへ降り……目の前の光景を見て、絶句してしまった。


「んなっ!?」


「こ、この男は……何故こんな姿に? いや、それよりどうしてここにいるのだ?」


「手足が、根元から……一体、誰がこんな酷いことを」


 エントランスの一角に、手足をもがれた男が横たわっていた。宿直の職員が見回りをしていたところ、彼を発見したのだという。


 応急処置は済ませてあるのが窺えたが、もはや虫の息であり、死は避けられない。そこで、男が亡くなった後、アゼルに蘇生させてもらおうと考えたようだ。


「こりゃひでぇな。この傷、ただの傷じゃねえ。呪いの傷だ、よく生きてられたなこの男は。アタシの治癒の奇跡でも、こいつはどうにもならねぇ」


「う、うう……ここは、冒険者ギルド……? よかった、転移の魔法は成功した……げほっ!」


「お兄さん、大丈夫ですか? その傷、一体どうしたんです?」


 シャスティが傷を調べていると、男が目を覚ました。アゼルが問いかけると、男は少年の方へ顔を向け、最後の力を振り絞り話し出す。


「私は、宮廷で文官をしている者だ。つい先ほど……私は、恐ろしい計画を聞いてしまった。明後日の建国記念式典を利用して、ガルファランの牙が、この帝都を……滅ぼそうと、している」


「え……!?」


「なんだと!?」


 男の言葉に、アゼルたちは驚愕する。宮廷にまで牙の手が伸びているなどとは、夢にも思っていなかったのだ。すがるような目でアゼルを見ながら、男は願いを託す。


「お願い、だ。末裔様……宮廷の中にいる裏切り者を、倒してください。奴らは、魔物たちを呼び寄せて帝都を攻撃させようと……して、いる。この、国を……すくっ、て……」


「あ、おい! しっかりしろ! ……ダメだ、事切れちまった。アゼル、わりぃが死者蘇生を……」


「シャスティ、その者から離れろ!」


 そう言い残し、男は息絶えた。直後、不穏な魔力を感じ取ったリリンが叫び、シャスティが即座に男の遺体から離れる。次の瞬間、男の遺体から黒いもやが吹き出し、全身を包む。


「な、なんだこのもやは!?」


「分からん。だが、とてつもなく嫌な気配がする……」


「どうしましょう、これじゃ遺体に近付け……あ、もやが消えました! これなら、この人を……」


 少しして、もやは消えた。アゼルは遺体に近付き、男を生き返らせようとするが……。


「!? こ、この人……魂が、ありません。きれいさっぱり、魂が消えちゃってます」


「なに? ってこたぁ、そいつはもう……」


「……はい。残念ですが、魂がなければ……死者を、よみがえらせることは出来ません。収まるべき器があっても、肝心の魂がないとどうにも……」


 黒いもやの力で、男の魂は消滅してしまっていた。こうなってしまえば、アゼルの力でももうどうしようもない。悔しそうに拳を握り締めながら、アゼルは決意する。


「リリンお姉ちゃん、シャスティお姉ちゃん。夜が明けたら、ぼくは宮殿に行きます。この人が託した願いを果たすために。たぶん、ヴァシュゴルの仕業に違いありません。今度こそ、奴を仕留めます!」


「なら、当然私も同行しよう。アゼル一人に全てを放り投げるほど、私は薄情ではないからな」


「アタシも行くぜ。命を冒涜しやがった奴らは、ぜってぇ許さねえ。許すわけにゃいかねえよ」


 アゼルに同意し、リリンとシャスティも怒りを燃やす。そんな三人を見て、それまで事態を見守っていた職員がおずおずと前に進み出る。


「では、朝になったら私がグランドマスターに連絡をしておきます。この国を守りたいのは私も同じ。協力は惜しみませんよ」


「あんがとよ。アタシも明日、アサイチで教会に行ってくらぁ。ゼヴァーのおっさんに掛け合って、聖堂騎士の連中を動かしてくれるように頼んでくるぜ」


「二人とも、ありがとうございます。ぼくとリリンお姉ちゃんは先に宮殿に行きます。ヴァシュゴルを見つけ出して、今度こそ本人の息の根を止めてみせます!」


 それぞれの動きは決まった。決戦に向け、アゼルたちは再び眠りにつき身体を休めるのだった。



◇――――――――――――――――――◇



 翌日、朝早くにアゼルとリリンはギルドを経ち宮殿へ向かう。街はすっかりお祭りムードになっており、建国記念式典の話で持ちきりだった。


「着きましたね、お姉ちゃん。行きましょう」


「ああ。いつどこで敵が襲ってくるか分からん。気を抜くなよ、アゼル」


 宮殿に到着したアゼルとリリンは、城門をくぐり中庭に入る。何故か警備の騎士は誰もおらず、二人はすんなり城内に入ることが出来た。


「……おかしい。何故誰もいないのだ? 警備の騎士どころか、召し使いの一人もおらぬぞ」


「もしかしたら、ヴァシュゴルが何かしたのかも……。とにかく、玉座の間へ行ってみましょう」


 城内の様子に不信感を覚えつつ、二人は皇帝がいるであろう玉座の間へ向かう。城の四階にある玉座の間の前にたどり着き、巨大な観音開きの扉を開けると……。


「おお、まだ人がいたか! よかった、助けてくれ!」


 きらびやかな衣服を身に付けたひげもじゃの男が、アゼルたちの方へ駆け寄ってきた。彼らの前に着くと、男は二人を相手にまくしたて始める。


「わしは宰相をしておるグモールと申す、実は夜中にガルファランの牙を名乗る連中が押し寄せてきて、皆をどこかに連れ去ってしまったのだ! わしはなんとか難を逃れ……」


「そこまでにしなよ、ヴァシュゴル。そんな下手くそな変装で、ぼくたちを欺けるとでも思ったの? ぼくを欺くつもりなら、その死臭を消しておくべきだったね」


 グモールの言葉を遮り、アゼルが冷たくそう言い放つ。すると、宰相はすっと真顔になり、バックステップで玉座に後退する。


「あーらら、もうバレちゃった。まあいいさ。ようこそ、全てが終わる場所へ。歓迎するよ、麗しきゴミクズたち!」


 グモール……いや、ヴァシュゴルは変装魔法を解き、素顔をあらわにする。切れ長の目が特徴的な青年の姿となり、悪意に満ちた笑みを浮かべる。


 アゼルとヴァシュゴル、二人の最後の戦いが始まろうとしていた。

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