26話―忍び寄る禍乱の牙

「あー……クソッ、久々に朝まで酒が飲めると思ったのによぉ。あいつら、寄ってたかって人のカネを~……」


「ツケを溜め込んだお主が悪いのだろうが。それにしても、アゼルはどこに行ったのだろうな。悪い事に巻き込まれていなければよいが……」


 アゼルがアシュロンたちとの晩餐を終え、ギルド本部に送ってもらっている頃。一足先に、リリンとシャスティは部屋に戻っていた。


 途中で別れてしまったためにアゼルの行き先が分からず、帝都のあちこちを探したが、結局どこに行ったのか分からず仕舞いであった。


「まあ、そう心配するこたぁねーだろ。アゼルだって自分の身は自分で守れ……おろ? デケぇ馬車がギルドの前に止まったな。誰か降りて……って、アゼル!?」


「ようやく帰ってきたか。しかし、何故あんな豪勢な馬車に乗っておるのだ? ……女として何か非常に先を越されたような気がするのは、私の勘繰り過ぎか?」


 疲れた二人がダベっていると、部屋の窓から馬車が近付いてくるのが見えた。アゼルが降りてきたのを発見し、二人はエントランスに向かう。


「ギオードさん、ありがとうございます。ギルドまで送っていただいて」


「いやいや、気にしねえでくれ。ぼっちゃんは俺にとっても恩人だよ。一生消えねえ罪を背負っちまうとこを救われたんだから。じゃあ、またな」


 そんなやり取りをした後、馬車から降りたアゼルはギルドに入る。そこへ、ちょうど一階に到着したリリンたちが現れ、アゼルを出迎えた。


 勢いよく階段を駆け降りてきたようで、二人とも息があがってしまっている。


「はあ、はあ……。アゼルよ、帰ってきたか。遅かったから心配していたぞ」


「ごめんなさい、リリンお姉ちゃん。実は……」


 心配させたことを謝った後、部屋に戻ったアゼルはシャスティと別れてから何があったのかを話して聞かせる。話を聞き終えたリリンたちは、心の中でひっそり呟く。


(なるほど。何か嫌な予感がすると思っていたらそういうことであったか。これはそのアンジェリカという女を警戒せねばなるまい)


(おいおい、アタシがツケの精算に連れてかれてる間にそんなことがあったのかよ。貴族とはいえ、小娘なんぞに先越されてたまるかっつーの。こっちも仕掛けねーとな)


「あの、二人ともどうしたんですか? さっきからブツブツ何か呟いているようですけど」


「ん、なんでもない」


 二人同時に返答した後、もう夜も遅いからと三人は眠ることにした。すぐに寝付いたアゼルとは違い、リリンとシャスティはどうやってアゼルを篭絡する思案していたが。



◇――――――――――――――――――◇



「さて、と。これで舞踏会への招待状は出来た。後は明日、これを例の末裔の少年に届けるだけだ」


 その頃。帝都の中央にある宮殿の一室にて、一人の文官が招待状を書いていた。二日後に行われる宮廷の舞踏会にアゼルを招待したい、と皇帝が口にしたからだ。


 二日後にはちょうど建国八百周年記念式典があることもあり、宰相の発案で急遽スペシャルゲストとしてアゼルを招くことが決まったのである。


「んー、もうこんな時間か。そろそろ、寝るとするかな」


 帝国の各領地を治める貴族たちとアゼルへの招待状を書き終えた文官は、あくびをしながら暗くなった廊下を進む。早く宿舎に戻って寝よう。


 そんなことを考えつつ、ランタンを揺らしながら歩いていると……。


(ん? こんな時間なのに応接室に明かりが付いてる。誰かいるのか?)


 数メートル先にある応接室の扉が僅かに開いており、そこから部屋の明かりが付いているのが見えた。中に誰かいるらしく、小さな話し声が聞こえてくる。


(誰がいるんだろう。少し気になるな……。明日は式典の最終準備で忙しいし、早く寝るように注意しておくか)


 そう考え、文官はそっと扉に近付き、開けようとする。が、部屋の中から聞こえてきた会話に、身体が固まってしまう。


「つーわけだ。魔物どもはこっちで用意した。後は明後日、好きなように暴れさせてこの国を滅ぼしてくれや」


「手間をかけさせたねぇ、ゾダン。わざわざ呼んで悪かったよ、うんうん」


「ホント、勘弁してくれよな。俺みてぇな闇霊ダークレイスが忍び込んでるなんてバレたら、即聖堂騎士なりレイスハンターを呼ばれて面倒なことになるからよ」


 部屋の中にいたのは、決して帝都に居てはならない人物。悪名高き闇霊ダークレイス、『八つ裂きの騎士』ゾダンであった。返り血で赤黒く錆びた鎧を軋ませ、ゾダンは足を組む。


 扉の角度の都合上、文官の視界にはゾダンと話している者が誰なのか見ることは出来なかった。魔法で声を変えているらしく、甲高い不快な声が響き渡る。


「でも、なかなかいい作戦だろぉ? 建国記念式典を利用して、帝都丸ごと全滅大作戦! いやー、自分の天才っぷりが恐ろしいね!」


「へっ、言ってろヴァシュゴル。確かに、各地に散ってる貴族どもを集めて丸ごと殲滅出来るのは好都合だがよ、あのガキへの対策はしてあるんだろうな? おめぇ、一回負けてるだろ」


「……それ言うのやめろや。思い出すだけでハラワタが煮えくり返るんだよ。ああああもう、ホントムカつく!」


 机を蹴りつける音が響き、金縛りにあったかのように硬直していた文官はようやく我に返った。足音を立てないように慎重に部屋から離れ、遠くへ向かう。


(た、大変なことを聞いてしまった! ヴァシュゴルと言えば、この前末裔様が倒したという牙の幹部じゃないか! それに、悪名高い闇霊ダークレイスまで……早くみんなに知らせにいかないと!)


「よぉ、どこ行くんだ? そっちは行き止まりだぜ? まあ、どこ行っても行き止まりだけどな。人生のよぉ」


「ヒッ!?」


 ある程度距離を稼ぎ、走り出そうとした次の瞬間。目の前に、錆びた鎧の騎士が立っていた。きびすを返して逃げようとするも、すぐに回り込まれてしまう。


「ど、どうして……」


「どうしてだぁ? 残念だったな、俺は魂を分割して分身を作る魔法が使えるんだよ。話を聞かれた以上は、なあ? 死んでもらうほかねえだろよ」


「う、うわああああ!!」


 右手を伸ばしてくるゾダンの脇をすり抜け、文官は恐怖の叫びをあげながら脱兎のごとく逃げ出す。ガルファランの牙の者たちは、各国各組織に構成員を送り込んでいる。


 そんな噂は文官も聞いてはいたが、それが事実だとは夢にも思っていなかった。だが、噂は真実だった。牙の手先が宮廷に入り込み、帝国を滅ぼすべく時を窺っていたのだ。


(知らせなければ! 一刻も早くこのことを! 騎士団に、冒険者たちに、そして……末裔の少年に!)


 そう考えながら、文官は廊下を走る。真実を知ったのは自分しかいない。何があったとしても、帝国に迫る危機を誰かに知らせねばならない。


 死の恐怖を使命感で無理矢理抑え込みながら、文官は走る。途中、ブツブツと小さな声で魔法を詠唱しながら進んでいくが……。


「俺の知らねー魔法だな。どんな魔法なのか教えてくれよ。イモムシみてえに寝っ転がってさ」


「え?」


 追いかけてくる素振りすら見せていなかったゾダンが、いつの間にか真後ろにいる。その事実に気付いた時には、すでに文官は床に転がっていた。


 手足は根元から切断され、鮮血と共に床に落ち転がる。四肢を失ったことに気が付いた時には、もう手遅れとなっていた。


「あ……あああああ!! て、手が……足がああ!!」


「どうだ、俺の八つ裂きの腕は。素晴らしいだろ? もう天に昇るくらい惚れ惚れしちまうだろよ。まあ、もうすぐ本当に昇天しちまうがな! ヒッハッハッハッハッ!!」


 心底愉快そうに、ゾダンは笑う。笑い声に合わせて鎧が軋み、地獄にひしめく亡者の嘆きに似た音を出す。血を大量に失い、文官の意識が消えていく。


「う、あ、あ……」


「ありゃ。ちと張り切り過ぎたな。これじゃ、どんな魔法使ったのか聞き出せねえや。まあいいか、何をしようがこの国の滅亡は誰にも止められねえ。あのガキでも、な」


 そう呟くと、ゾダンは床に広がり、カーペットに染み込んでいく血溜まりに手を伸ばす。すると、カーペットに染みた血も含めて、全てが鎧に吸い込まれていった。


「んー、やっぱり新鮮な血は美味いな! 残りの肉は……あれ? イモムシくんがいねえぞ?」


 ゾダンが顔をあげると、手足を残し文官が消えていた。死の直前、あらかじめ詠唱しておいた転移魔法が発動したのだ。


「……逃がしたか。まあいいや、俺の武器にゃヴァシュゴルが開発しま魂を滅する呪いが込められてるし。まだ試作段階だが、死者蘇生を封じるくらいは出来んだろ」


 どうせすぐ死ぬしな、と呟き、ゾダンは闇に溶けるように消えていく。いつまでも帝都に滞在し、狩られる危険を犯すつもりはさらさらなかった。


「あのガキが計画を知るかどうか、俺にゃ関係ねぇこった。ま、今回は高みの見物とさせてもらうぜ、ヴァシュゴルさんよ」


 そう口にし、ゾダンは消えた。帝国を揺るがす巨大な災いが迫っていることを、アゼルはまだ……知らない。

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