25話―アシュロンとの出会い

 アシュロンが呼んだ新しい迎えの馬車に乗り、アゼルは彼が住むお屋敷へ向かう。貴族たちが住まう区画へ進む間、アシュロンとアゼルは談笑をしていた。


「……ということを、ジークガルムが感謝していてな。いや、私も感動したよ。君の戦いぶりを、この目で見ることが出来なくて残念だ」


「いえ、あの時はぼくだけでなく皆がいたからこそ勝てた戦いでしたから。ぼくの方こそ、ジークガルムさんには感謝してます」


 馬車に揺られながら、アゼルたちは先日の霊獣の森での出来事について語り合う。そんななか、アシュロンの隣に座っているアンジェリカは、じっとアゼルを見つめていた。


「ん? どうした、アンジェリカ。彼のことが気になるのか?」


「……」


「アンジェリカ? どうした、ボーッとして」


「あ、い、いえなんでもありませんわお父様。決して、アゼル様は可愛いなぁだとか、そういうことを思っているわけではございませんことよ」


 顔を真っ赤にしつつ、アンジェリカはそんなことを口走る。全くもって、本音を隠せていなかった。


 面と向かって可愛いと言われ、アゼルも照れて顔を赤くし、視線を背けてしまう。


「か、可愛いって……一応、男の子なのに……」


「ハッハ、済まんなアゼル殿。娘は昔から嘘をついたり隠し事をするのがへったくそでな。ついでに可愛いものも大好き……おぐふっ!?」


「もおおお、お父様のバカバカバカバカ! そんなことまでバラさないでくださいませー!」


 涙目になりつつ、アンジェリカは父の脇腹へエルボーのラッシュを叩き込む。武人である父に似て、かなり力が強いらしくアシュロンはあっさり轟沈した。


「あの、その、アゼル様……先ほどのお父様の言葉は忘れていただけると助かりますわ」


「わ、分かりました……」


 父親を沈黙させたあと、アンジェリカは恥ずかしそうにうつむきながらそう口にする。エルボーのラッシュを目の当たりにしたアゼルは、おとなしく従うのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「と、到着しましたぞ……。ここが、我が屋敷です」


 それから数十分後、馬車は帝都の北部にある貴族たちが住まう区画へ到着した。立派な門構えの屋敷を見て、アゼルは感嘆の声をあげる。


「わあ……大きいですね。ペネッタじゃ、こんな大きなお屋敷見たことないです」


「遠慮せず入ってくれたまえ。君は娘の……文字通り命の恩人だからね。盛大にもてなさせてもらうよ。さ、行こうか」


 馬車から降り、アシュロンは先頭に立って屋敷の正門をくぐり中に入る。園丁が中庭の剪定をしているのを眺めつつ、アゼルは豪勢な屋敷へ足を踏み入れた。


 玄関ホールに入ると、執事らしき男が現れアシュロンとアンジェリカに丁寧に一礼する。


「お帰りなさいませ、旦那様にお嬢様。街での買い物は楽しめましたでしょうか」


「うむ。危うく最悪な一日になるところだったが、彼が我々を救ってくれてな。紹介しよう、セバス、ここにいる少年が例の末裔の子、アゼルだ」


「どうも、こんにちは」


 アゼルは失礼にならないようフードを脱ぎ、ペコッとお辞儀をする。セバスは目を丸くした後、主の言う最悪の一日の意味を理解し、笑みを浮かべた。


「ああ、なるほど。あなたが旦那様たちをお助けくださったのですね。わたくしからもお礼を言わせてください。アゼル様、ありがとうございます」


「いえ、気にしないでください。ぼくにしか出来ないことをやっただけですから」


 そうやり取りしたあと、一行は食堂へ向かう。窓の外から見える空は、夕焼けのオレンジに染まりつつあった。アシュロンは食堂に着くと、呼び鈴を鳴らしコックを呼ぶ。


「はいはい、何のご用でしょう、旦那様」


「急で済まないが、娘の恩人を招いてな。腕によりをかけたご馳走を作ってもらいたい。彼をもてなさねばならないのでな」


「かしこまりました。それじゃ、いっちょ気合い入れてお作りします!」


 コックが厨房へ去ったあと、アゼルたちは席に座り料理が出来上がるのを待つ。セバスはアシュロンの妻を呼びに屋敷の二階へ向かい、三人が残った。


 しばらく談笑をしていると、質素な白いドレスを着たアシュロンの妻がやって来た。アゼルを見て目を丸くした後、ニヤニヤしながらアンジェリカに話しかける。


「あらあら! アンジェちゃん、どこでこんな可愛い男の子捕まえてきちゃったの! お母さん、羨ましいわぁ~」


「ちょぉぉっと、何を言い出しますのお母様!? わたくしとアゼル様は、そういう仲では……まあ、いずれそうなりたいとは思って……って、わたくしは何を言っていますのー!」


「わひゃっ!?」


 母親にからかわれ、思わず本音を漏らしてしまったアンジェリカは、恥ずかしさが限界を突破し食堂から走り去ってしまった。一部始終を見て、アゼルは唖然としてしまう。


「あらあら、ちょっとからかっただけなのに。もう、ほんと可愛い娘ねぇ」


「エリシア、あまりからかうもんではないぞ? 後始末大変だからな。……っと、お前にも今日の出来事を話しておいた方がよいな。実はな……」


 クスクス笑う妻エリシアを咎めつつ、アシュロンは街で起きた出来事を話して聞かせる。アンジェリカが落命し、アゼルに救われたということを聞き、エリシアは驚愕する。


「えええっ!? 私がお留守番してる間に、そんなことがあったの!?」


「ああ。ここにいるアゼル殿の尽力がなければ、アンジェリカはあのまま死に……我らは悲しみに沈むことになっていただろう」


「そうだったの……。ありがとうね、アゼルくん。あなたは私たち全員の恩人だわ」


 エリシアはそう口にし、アゼルに向かって頭を下げる。アゼルは照れ臭そうに頬を掻きつつ、二人に言葉を返す。


「いえ……本当に、アンジェリカさんを無事生き返らせることが出来てホッとしています。ぼくが受け継いだ力が、他の誰かの助けになる……それが、とても嬉しいです」


「いや、本当に感謝しているよ。先の霊獣の森での件もそうだ。君のおかげで、我が騎士たちは一人も欠けることなく帰還することが出来た。それも、同行してくれた君のおかげだよ」


 そこまで言うと、アシュロンは咳払いをする。そして、真剣な表情を浮かべてアゼルに問いかけた。


「なあ、アゼル殿……いや、アゼルくん。もし君さえよければ、だが。うちの婿養子にならないか?」


「え?」


 料理が運ばれてくるなか、アシュロンはそんな問いかけを発する。彼の言葉を理解するまで、アゼルは三分ほど固まってしまった。


「む、むむむ婿養子!? そ、それって……」


「そうだ。アンジェリカの婿となり、我がフリンド家の養子にならないかね? アンジェリカも、君のことを気に入っているようだし。どうだろうか?」


「あら~、それはいいわね。私は賛成よ~」


 ニコニコ笑いながら、エリシアは夫の提案に賛成の意思を示した。一方、アゼルの方は戸惑いを隠せず、オロオロしてしまう。


「そ、そう言われても……」


「まあ、そうすぐに決めずともよいさ。アンジェリカ本人がいないところで決まる話でもないからな。決めるのはしばらく考えて、交流を深めてからでいい。さ、まずは食事にしようか」


 アシュロンの命令でアンジェリカが連れ戻され、晩餐が始まった。もっとも、アシュロンの提案のことで頭がいっぱいになっているアゼルに、料理を味わう余裕はなかったが。



◇――――――――――――――――――◇



「……おやおや。ビアトリクのやつ、られちまったみてぇだな。ヤツが勝ってたら上前ハネてぶっ殺してやろうと思ってたが、つまんねぇ結末になったぜ」


 陽が落ち、夜の闇に支配されたロランティマ洞窟の最下層に一人の男がいた。返り血で赤黒く錆び付いた鎧兜を軋ませながら、そう吐き捨てる。


「ま、いいか。すでにガルファランの牙の連中には必要なモンは届けたしな。後はあいつらに任せりゃいいだろ。指名手配されてるうちは、帝都に近付きたくねえし」


 ビアトリクの相棒だった男は、そう呟きながら洞窟の上層へ向かう。襲いかかってくる魔物たちを、八つ裂きにしながら。


「だが、あのガキが帝都から離れたら……俺が直々にバラしてやるのもいいな。ま、あと数日を生き延びられたら、の話だけどな」


 返り血をものともせず、男は洞窟の出口へ到着する。両手に構えた大鉈とトマホークに付着した血を滴らせながら、月を見上げ呟く。


「牙の連中も思いきったことするぜ。帝都にスタンピードをぶつけるなんてよ。こりゃ、明後日が楽しみだ! ヒッハッハッハッハッ!!」


 アゼルたちの知らないところで、帝都に危機が訪れようとしていた。

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