24話―帰還、そして…

 ビアトリクを撃破し、依頼達成に必要な数の魔物の討伐を終えたアゼルたちは、帝都へ帰還した。ギルドに戻り、受け付けカウンターにて報告を行う。


「……というわけで、討伐を完了しました。それと、闇霊ダークレイスが襲ってきたので倒しておきました」


「あら、やっぱり出没してたのね、闇霊ダークレイス。じゃあ、討伐証明の素材をここに出して。数が揃ってるか確認するから」


 受け付け嬢の言葉に従い、アゼルはポーチから魔物を討伐した証を取り出す。オークの耳、ジャイアントバットの翼、レッサーデーモンの角を十五個ずつ。


 そして、洞窟の再奥にあったビアトリクの遺体から回収した、いびつな形をした黒色の結晶――魂核ソウルコア。それらをカウンターの上に並べる。


「黒色の魂核ソウルコア……間違いなく闇霊ダークレイスのものね。他の素材も、ちゃんと規定の数が揃ってるわね。うん、これで依頼は達成よ、お疲れ様。ギルドカードを出してね」


「うむ。私たちにかかれば楽な依頼だったぞ」


 腕を組んで誇らしげにふんぞり返るリリンに愛想笑いをしつつ、受け付け嬢は三人のギルドカードを受け取り、魔法の羽根ペンで実績ポイントを刻む。


「はい、返すわね。今回達成した依頼三つと、闇霊ダークレイス討伐ボーナスを合わせて実績ポイントを628ポイント加算しておいたから。これでリリンさんはDランク昇格試験を受けられるようになったけど、すぐ受ける?」


「当然だ。早速試験を受けたい。早くアゼルに追い付きたいからな」


「分かったわ。じゃあ、ここで少し待ってて。試験管を呼んでくるから」


 そう言うと、受け付け嬢は素材を回収し奥の部屋へ消えた。その間に、リリンはアゼルに小声で質問をする。


「なあアゼルよ。先ほどの結晶……魂核ソウルコアと言ったか。あれはどういう代物なのだ?」


「えっとですね、簡単に言うと強大な力を持った魔物を討伐した証のようなものです。闇霊ダークレイスたちは、半分魔物になってしまっているので、撃破すると魂の欠片を残して死んじゃうんですよ」


「ああ。あいつら、何十何百回と魂切り離してるからな。繰り返すうちに魔物になるのさ。見た目は人でも、中身はおぞましいモンスターなんだよ、あいつらは」


「恐ろしい奴らなのだな、闇霊ダークレイスとやらは。そんな奴らがネクロマンサーの一派だとは、にわかには信じがたいものだ」


 闇霊ダークレイス魂核ソウルコアの関係を知り、リリンはそんな感想を口にする。その時、受け付け嬢が戻ってきた。試験の準備が整ったようだ。


「お待たせ。ランク昇格試験の準備が終わったわ。カウンターから右へ真っ直ぐ行ったところにある扉から、中庭に行ってね」


「うむ。では行ってくる」


「はい、試験頑張ってね。最後に、報酬を渡すわね。今回の報酬は、闇霊ダークレイス討伐ボーナスと合わせて金貨十枚と銀貨が七枚よ。お疲れ様」


「ありがとうございます、お姉さん」


 リリンを見送り、報酬を受け取ったアゼルとシャスティは、特にやることもないためギルドを離れ街へ繰り出す。巨額の収入が入り、シャスティはうきうきしていた。


「へっへっへっ、こんだけ金貨がありゃあ好きなだけ酒が飲めるぜ。よし、今日はもう活動終了だ! アゼル、今から酒場に行くぞ! いいとこ知ってんだよ、アタシ」


「こ、こんな時間からですか? まだ日も高いのに……」


「いーのいーの。アタシらは充分働いたんだから、パーッと……」


「見つけましたよぉ、シャスティさぁーん?」


 大通りを進み、酒場へ向かおうとしていたシャスティとアゼルの前に、数人の男たちが現れる。どうやら、全員シャスティと面識があるらしい。


 男たちの顔を見た瞬間にシャスティの表情がひきつったため、アゼルにもすぐ分かった。


「げえっ!? お、お前らは!」


「随分うきうきしてますねぇ、聖女さん? 今日という今日は、ウチの酒場に溜まってるツケを払ってもらいましょーか」


「おう、当然うちの飯屋のツケも払ってもらうぜ」


「ギルドから出てきたところを見るに、たっぷり報酬もらったんだろ? さ、耳を揃えてキッチリ返してもらおうか」


 どうやら、シャスティはかなりツケを溜めていたらしい。男たちに囲まれ、ひきつった笑みを浮かべて何とか逃れようとする。


「許してニャン♥️ ……ダメ?」


「ダメに決まってんだろうがー! おめぇら、連行しろ!」


「シャスティさん、潔く降参してください。そしてツケを精算してきてくださいね」


「わーっ! アゼルまでそんなことをー! あああ、せっかくの金貨がああああ……」


 流石にアゼルも擁護出来ず、銀貨だけ預かった後男たちにシャスティを引き渡した。殺処分される寸前の子猫のような表情を浮かべつつ、シャスティは連行されていった。


「ふう。一人になっちゃった……これからどうしよう。他に行くあてもないし、また黒骨の館に行こうかな」


 リリンはランク昇格試験の真っ最中、シャスティはツケの精算のため連行され、アゼルは一人になってしまった。特にやることもないため、黒骨の館で暇潰しをしようと通りを行く。


 その途中、前方から人々のざわめきが聞こえてきた。何か事件が起きたらしく、野次馬が集まっているのが見える。


「何かあったのかな? 行ってみよう」


 気になったアゼルが声のする方へ向かうと、とんでもない光景が見えた。通りの中央で、一台の馬車が立ち往生している。どうやら、人をはねてしまったようだ。


 豪奢な服を着た恰幅のいい男が、御者と思わしき人物を泣きながら蹴りつけているのが見える。


「貴様は……貴様は! この大バカ者が! 貴様が馬をよく見ていないせいで、娘が、娘が……」


「申し訳ございません! 申し訳ございません! 旦那様、何とぞ、何とぞお許しを……」


「許せるものか! 貴様のせいで娘が馬にはねられて死んだんだぞ!」


 男の言葉通り、馬車のすぐ近くにはすでに冷たくなった少女が倒れており、買い物袋が散乱していた。馬車に馬は繋がれておらず、留め具が破損していた。


(……そうか、馬車の留め具が壊れて馬が逃げちゃったんだ。それで、運悪くあの女の子が……。よし、ここはぼくがなんとかしないと! それにしても、あの男たちの人、どこかで会ったような……?)


 何が起きたのかを理解したアゼルは、小さな疑問を感じつつ野次馬を掻き分け男の元へ向かう。御者を蹴るのをやめ、娘の遺体にすがりつき泣いている男に声をかける。


「あの、少しよろしいでしょうか?」


「なんだ、関係ない奴はすっこんで……ん? あ、あなたは! ジェリド様の末裔の……」


「何が起きたのかは、だいたい分かりました。ぼくの力で、その子をよみがえらせます。皆さん、少し下がってください。では、いきますよ。ターン・ライフ!」


 娘を喪い、悲しみにむせび泣く男を哀れに思ったアゼルは、娘の遺体を地面に横たえ死者蘇生の力を行使する。紫色の炎が少女の身体に吸い込まれ、再び命を与える。


「う……。あれ? ここは……。わたくし、どうして……」


「おお、おお……! アンジェリカ! 生き返ったのだな、よかった、本当によかった!」


「お父様、痛いですわ。もう少し優しく抱き締めてくださいませ……」


 少女は息を吹き返し、よみがえった。父親は歓喜の涙を流しながら、娘……アンジェリカを抱き締める。


「おお、すげえ!」


「これが末裔様の力か……こんな奇跡が起こせるなんて、本当に神様みたいだ」


 野次馬たちはそう口にしながら、アゼルに尊敬の眼差しを向ける。照れて頬を赤くしつつ、目的を果たしたアゼルはその場を去ろうとする。


「と、とにかく。これで娘さんは生き返りました。御者さん、次からはちゃんと馬車の手入れをしてくださいね? それじゃあ、ぼくはこれで」


「いやいや、そうはいきませんよ! あなたは娘を生き返らせてくれた恩人だ、なんの礼もせず帰すような無礼な真似は出来ません! 我が屋敷へご招待します、夕食を食べていってください」


 男は慌ててアゼルの手を掴み、その場に引き留める。連絡用の魔法石を使い、屋敷から新しい馬車を呼ぶ。馬車が到着するまでの間、問題を起こした御者に男は処分を言い渡す。


「ギオード、貴様はクビにして憲兵のところに突き出すつもりだったが……今回だけは許してやる。次に同じことをしたら、その時は容赦せんからな!」


「ありがとうございます! 旦那様、本当にも申し訳ございません!」


「礼と謝罪ならアゼル様とアンジェリカにしろ。全く、また新しい馬を買わねばならんな……」


 御者を叱ったあと、男はアゼルの方に向き直り穏やかな笑みを浮かべる。礼儀正しくお辞儀をし、自己紹介を行う。


「そういえば、まだ名を名乗っていませんでしたな。私はアシュロン。帝国騎士団『ブラオリッター』を率いる将軍です。以後、お見知りおきを」


「えっ!? 御披露目式に来てた……将軍様だったのですか!?」


 男の名を聞き、アゼルは仰天する。御披露目式では緊張のあまり、来場者の顔を覚える余裕がなかったのだ。


「ええ。ジークガルムからアゼル様の活躍は聞いていますよ」


 娘の頭を撫でつつ、アシュロンはそう答えた。

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