17話―牙の逆襲

「いきますよ……ターン・ライフ!」


「う……ごほっ、酷い目にあった……。ありがとう、アゼル殿」


 森を進んでいたアゼルたちは、途中で険しい崖沿いの道を進むことになった。地盤が緩んでいるらしく、騎士の一人が落ちてきた岩に潰されて死んでしまう。


 このままでは進軍が困難になるため、一度安全地帯に避難し落命した騎士を蘇生させた。初めてアゼルが死者蘇生するところを見たジークガルムは、感嘆の声をあげる。


「いやはや、素晴らしいものですな。あんなに酷く潰れていた部下の身体が、傷一つ残らず元通りとは」


「いえ、このくらいならお安いご用です。目の前で誰かが死んでしまうのは……辛いですし」


 悲しそうな表情を浮かべながら、アゼルはそう答える。騎士の蘇生も終わり、改めて崖沿いの道を進み、霊獣の森の奥地へと向かう。


「……しっかし、変なことばっかりだな。ガルファランの牙どもが森に住み着くわ、そいつら小飼のモンスターどもがうろつくわ……霊獣は縄張り荒らされてるっつーのに、怒らねえのかねぇ」


「もしかしたら、霊獣に何かあったのかもしれませんね……シャスティさん、危ない! サモン・スケルトンアーチャー!」


 森の異変を不審に思いそう呟くシャスティ目掛けて、上から大きな岩が落ちてきた。アゼルは素早く骨の弓兵を創り出し、岩を射ち抜き破壊させる。


 砕け散った岩の破片が崖下へ落ちていくなか、上空から羽ばたきの音が近付いてくる。グリフォンに跨がり現れたのは、先日お披露目式に潜入していた牙に属する男だった。


「ハハハハハ! 久しぶりだな、ジェリドの末裔!」


「お前は、あの時の! どうしてここに!?」


「ハッ、決まってるだろ? 内通してる奴の手引きで逃げ出したのさ。あの時の借りを返してやるためにな。このオーグル様が、てめぇらを地獄に叩き落としてやるよ! 戦技、スピアーシュート!」


 刺客として再び姿を現したオーグルは、無数の風の槍を作り出しアゼルたちへ投てきしてくる。騎士たちは盾を、シャスティはハンマーを構え攻撃を防ぐ。


 アゼルはスケルトンアーチャーを操作し、飛んでくる槍を次々と矢で射ち落とし攻撃を避ける。しかし、守ってばかりでは敵を倒すことは出来ない。


「ハハハッ! どうしたどうした、勇猛さで知られたブラオリッターも、攻撃が届かなきゃただのでくの坊だなぁ!」


「ぐぬぬ……攻撃さえ届けば、あんな木っ端など一太刀で斬り伏せてやれるというのに!」


 オーグルはグリフォンを駈り、スケルトンアーチャーの矢がギリギリ届かない距離をキープしつつ槍投げを繰り返す。地盤が緩く、崩落の危険もあり下手に動くことも出来ない。


 ボーンビーではグリフォンのスピードに追い付けず、かといってボーンバードを創り出しても、オーグルの元にたどり着く前に槍で串刺しにされてしまうだろう。


「おいおい、やべーぞこれ……。あいつが足場を攻撃してきたら、最悪落盤起こして皆谷底行きだぜ」


「……こうなったら、この方法しかありません。サモン・スケルトンガーディアン&ボーンアーチ!」


 一計を案じ、アゼルは大盾を持った骨の守護者と投石機を創り出す。骨の投石機はがっちりと崖に食い込み、崩落を起こさないよう地盤を強化する。


「これでよし! スケルトンガーディアン、体当たりでグリフォンを谷底に叩き落として! それっ!」


「んなっ!? あのガキ、マジかよ!? 逃げろグリフォン……クソッ、ハチが!」


 投石機にスケルトンガーディアンを乗せ、アゼルはオーグル目掛けて発射する。意表を突かれたオーグルはグリフォンを駈り逃げようとするも、そう簡単にはいかない。


 一瞬グリフォンの動きが止まった隙に、ようやく追い付いたボーンビーが一斉攻撃を仕掛けたのだ。いかにグリフォンといえどもたまったものではなく、動きが完全に止まる。


「いっけー!」


「やべっ……ぐあっ!」


「ギュアアア!!」


 スケルトンガーディアンが見事命中し、グリフォンから叩き落とされたオーグルは谷底へ落下していく。これにてアゼルたちの勝利かと思われたが……。


「このままやられてたまるか! てめぇも道連れだ! 戦技、スパイラルソルテュード!」


「しまった、足場が……!」


「アゼル! 掴まれぇ!」


 最後の抵抗とばかりに、オーグルは巨大な風の槍を投げつけボーンアーチごとアゼルがいる崖を破壊した。足場が崩れ、落下していくアゼルの手を掴もうとしたシャスティだが、僅かに届かない。


 砕けた骨の欠片や岩盤ごと、谷底へ落ちていった。


「アゼルぅぅぅ! クソッ……あとちょっとだったのに、手が……届かなかった……」


「シャスティ殿……」


 アゼルを助けられず、落ち込むシャスティにどう声をかけていいか分からず、ジークガルムたちはその場に立ち尽くす。一方……崖から転落したアゼルは、必死に助かろうと足掻いていた。


「こんなところで、まだ死ねません……! サモン・スケルトンポヨン! 上手く、着地出来れば……」


 ゴムまりのように柔らかく弾む特殊なスケルトンを創り出し、アゼルは谷底に軟着陸しようと試みる。大きく手足を広げたスケルトンポヨンが下にくるよう、なんとか位置を調整する。


 その甲斐あって、スケルトンポヨンをクッション代わりにすることで転落死を免れることに成功した。


「ああ、よかった……。でも、崖の上までかなり距離があるなぁ……ボーンバードが入れる広さもないし、上に戻れなさそう……」


 一難去ってまた一難とばかりに、新たな問題が浮上した。谷底の幅が狭く、ボーンバードを創り出してシャスティたちの元まで運んでもらうことが出来ないのだ。


「しょうがない、このまま進もう……。とりあえず、ボーンビーを呼んで……ぼくが無事だってこと、シャスティさんたちに知らせてもらわなくちゃ」


 シャスティたちと合流するのは困難だと考え、アゼルは一旦ボーンビー以外のスケルトンたちを虚空へ還し、ハチたちを呼び寄せる。


 そのうち六匹をシャスティたちの元に向かわせ、自分が生きていることを伝えてくれるように頼む。残り二匹は、自分の護衛兼索敵要員として同行させることにした。


「みんな、頼んだよー。さてと、落っこちたのはここで、方角がこうだから……あっちに進めばいいのかな」


 事前にジークガルムに見せてもらった森の地図の内容を思い出しつつ、アゼルは谷底の道を進んでいく。途中でオーグルの死体を発見しながらも、先へ向かうと……。


「この匂い、腐臭……? もしかして、誰かがこの先で死んでるのかな……もしそうだとしたら、急いで向かわなきゃ!」


 強い腐臭が漂ってくることに気付き、もしかしたら崖に落ちて死んでしまった者がいるかもと、アゼルは急ぎ先へ進む。谷底の道の終わりで、少年を待っていたのは……。


「お、狼の、亡骸だ……。しかも、とってもおっきい……。よく見ると小さいのもある……きっと、親子だったのかな?」


 最奥部にてアゼルを待っていたのは、死後数日が経過し腐敗してしまった狼の親子の亡骸だった。おそらく子どもであろう狼の遺骨ですら、アゼルとほぼ同じ大きさがある。


 親のソレは、ちょっとした小山かと思うほど巨大だった。


「他に遺体は……なさそうだね。腐臭の元はこの……!? こ、このシンボルマーク……ガルファランの牙の!? もしかして、この狼って……」


 裏手に回りつつ遺体のチェックをしていたアゼルは、親狼の死体に隠れて正面からは見えなかった奥の壁に、何かが刻まれていることに気付く。


 壁には、ガルファランの牙が用いるシンボルマークが、まるで勝利の証であるかのように刻まれていた。それを見たアゼルは、ある仮説を立てる。


「……きっと、自分たちの活動の邪魔になる霊獣を牙の奴らが殺したんだ。縄張りを荒らされて、霊獣が怒らないわけがないもの。許せない……子どもの狼まで殺すなんて!」


 森の主たる霊獣……と思われる狼の死体を前に、アゼルは怒りを燃やす。幸い、霊獣親子の死体は多く見積もっても死後十日も経っていないだろう。


 何の問題もなく、ターン・ライフで生き返らせることが可能であった。


「牙の思い通りになんてさせない。霊獣は、ぼくがよみがえらせる……ターン・ライフ!」


 前方に突き出されたアゼルの両手から、紫色の炎が勢いよくほとばしる。炎は三つの亡骸に吸い込まれ、腐肉と骨だけになった哀れな親子を、かつての姿へ戻していく。


「これで、大丈夫なはず……。でも、これで……魔力が、ほとんどなくなっちゃった……」


『……そなたは、何者だ? 無念を抱え大地をさ迷う我の魂に、再び生を与えてくれたのは……何故?』


「へ? 今の声、どこから……」


 魔力を使いきったアゼルが座り込んだ、次の瞬間。蘇生した親狼のまぶたが開くのと同時に、どこからか凛とした女性の声がアゼルの頭の中に響いた。


『ここだよ、少年。我……森の番狼、ムルが語りかけているのだ』


 森を守る霊獣……銀毛の大狼が、アゼルに問いかけてきたのだ。

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