16話―破天荒聖女シャスティ!

 馬車に乗り、アゼルたちは帝都の中心部近くにある騎士団の宿舎へ向かう。皇帝が住まう宮殿の守護も兼ねているため、宿舎へ近付くにつれ警備が厳重になっていく。


「凄いな。三年くらい前に布教に来た時より、だいぶ要塞化が進んでるな」


「ええ。ここ最近、皇帝陛下を狙ったガルファランの牙による暗殺未遂事件が多発していてな。守りを固めるために改装をしておるのだよ」


「……まるで、迷路みたいですね」


 複雑に張り巡らされた通路を眺めながら、アゼルは感想を漏らす。そうしている間に、帝国が誇る騎士団……『ブラオリッター』の拠点に到着した。


「着いたね、降りるとしようか。出迎えの騎士も、来てくれているようだ」


「……あの雪ダルマみてえな奴か?」


「まんまる、ですね。足元見えづらくないんでしょうか……?」


 迎えにやって来た騎士を馬車の窓から見たシャスティとアゼルは、思わずそんなことを口走る。何しろ、やって来たのは雪ダルマのように丸い鎧を着た、風変わりな騎士だったからだ。


「おお、これはこれは! お久しぶりですな、メルシル総帥。壮健そうで、某ほっとしましたぞ!」


「久しぶりだの、ジークガルム。そっちも元気そうでよかった」


 ジークガルムと呼ばれた騎士とメルシルは、どうやら知り合いらしい。騎士が被っている滴型の兜の覗き穴からは、温和そうな目がひょっこり見えている。


「おや? もしやそちらにおられるのは、先日アシュロン将軍が話していた例の……」


「は、はい。アゼルと言います。えっと……よろしくお願いします」


「おお、そうかそうか! いやー、アゼル殿が加わってくれるのであれば、百人力……いや千人力といって過言ではあるまい! ガーッハッハッハッ!」


 アゼルの肩を軽く叩きながら、ジークガルムは愉快そうに大笑いする。そんな彼を見て、シャスティはげんなりしていた。


「うあー……アタシがニガテなタイプだわ、こいつ。やかましいのは嫌いなんだよね……」


「おお? そなたはアゼル殿のお仲間か。そんなつれないことを言わないで、仲良くやろうではないか! ガーッハッハッハッ!」


 そんなやり取りをした後、アゼルたちはジークガルムに連れられ騎士団の指令部へ入る。すでに待機していた騎士団の精鋭部隊と合流し、作戦について説明を受ける。


「……さて、改めて作戦を確認する。先行してくれている冒険者たちからの情報によれば、ガルファランの牙は帝都の南西にある『霊獣の森』の深部に拠点を構えているらしい。そこを、我ら連合部隊で叩く」


「ふむふむ……」


 熱心に説明を聞いているアゼルとは対照的に、シャスティは終始だらけていた。しまいには居眠りしてしまう始末であり、騎士たちから冷ややかな目を向けられてしまう。


「シャスティさん、起きてください。みんな呆れてますよ」


「んあ……わりぃわりぃ、退屈だから寝ちまったわ」


「……コホン。我々は六人ずつ三つの部隊に別れ、三方面から襲撃を仕掛ける。アゼル殿たちは正面ルートを攻める部隊Aと共に行動してもらいたい。では、出撃する!」


 説明が終わり、アゼルたちは馬車に乗り込み霊獣の森へと向かう。一時間ほど経った頃、一行は鬱蒼とした木々が生い茂った森へ到着した。


「着きましたな。ここが霊獣の森ですぞ。アゼル殿たちは某が率いる部隊Aと共にこのまま進みます」


「分かりました。じゃあ、索敵は任せてください。サモン・ボーンビー!」


 アゼルは右手を突き出し、総勢八匹の骨のハチを創り出す。ハチを先行させ、危険なものが潜んでいないか探らせる。


「ほう、便利なものですな。こういう時に一人ネクロマンサーがいると、安全に進軍出来て大助かりだ」


「いえ、それほどでも……じゃあ、行きましょう」


 ジークガルムを先頭に、アゼルとシャスティをしんがりにして部隊は森の中へ入っていく。が、ほどなくして魔物の群れによる手荒い歓迎を受けることになる。


 鎧のように強靭な体毛に覆われたゴリラ、アーマードエイプの集団が襲いかかってきたのだ。幸い、ボーンビーのおかげで不意打ちは阻止され、真正面からの戦いが始まった。


「グルラアアアア!!」


「全員、二人一組になって迎撃せよ! 森の中では奴らの方が有利だ、背後を取られぬよう立ち回れ!」


「ハッ!」


 ジークガルムが素早く指示を下し、アーマードエイプたちに立ち向かう。アゼルはスケルトンナイトを五体創り出し、その内の三体を騎士たちに加勢させる。


「スケルトンナイト、騎士さんたちを守って! ボーンビー、アーマードエイプの目を狙って針を!」


「やるじゃんよ、アゼル。んじゃ、アタシもやります……か! ウェポンサモン!」


 シャスティは武器召喚の魔法を唱え、空間の狭間から得物を取り出す。聖職者らしく、メイスを取り出すものだと思っていたアゼルだったが……。


「あよいしょ、っと」


「あの、シャスティさん? その武器って……」


「おう、見事なもんだろ? このハンマー。アタシのお気に入りなんだぜ」


 現れたのは、鋼鉄製のハンマーだった。それもただのハンマーではない。とんでもなくデカイのだ。鎚頭の大きさは、ゆうにアゼルの頭四つ分はあるだろう。


 そんなデカイ得物を、シャスティは片手でひょいと持ち上げ、そして……。


「オラッ! ぶっ飛べ鎧ゴリラァッ!」


「フゴグッ!?」


 剛撃一閃。華奢で清廉な聖女のイメージを覆す、気合いのこもった一撃がアーマードエイプの顎を叩き砕いた。騎士たちの剣をものともしない強靭な体毛も、打撃には弱いのだ。


 アーマードエイプを瞬殺したシャスティは、修道服の懐から取り出した平べったい水筒を開け、中の液体を飲む。ツンと鼻をつく匂いから、アゼルは液体の正体が酒であることに気付く。


「かぁ~っ! 戦いの中でやる一杯はいいねぇ! さぁて、残りのクソゴリラどももぶっ潰してやるかぁ!」


「す、すごい……アーマードエイプが宙を舞ってる……」


 酒によるブーストがかかり、絶好調になったシャスティは自分の受け持ったアーマードエイプはおろか、ジークガルムたちが相手にしている個体をも仕留めていく。


 危機から一転、シャスティの無双劇となった戦場にて、騎士の一人がポツリと呟いた。


「……噂通りすげえな、あの破天荒聖女サマは。初めて見たが凄まじいもんだ」


「噂……ですか?」


「ああ。創命教会一の暴れん坊、戒律は破るわ酒は飲むわでやりたい放題。そのくせ冒険者として一流の実力者……『破戒聖女』の異名で知られてるのさ、あの女は」


「そ、そうなんですか……」


 アゼルは同士討ちを防ぐためスケルトンを避難させつつ、騎士の言葉に顔をひきつらせる。瞬く間にアーマードエイプを全滅させ、シャスティは再度酒をあおる。


「くぅ~、戦いの後の一杯は最高だな! このゴリラども、てんで歯応えがねえな。楽勝楽勝」


「済まんな、助かったぞ。しかし妙だな……この森にはアーマードエイプは生息していないはずだが」


「! ジークガルムさん、この魔物たちの首筋を見てください」


 アーマードエイプの死体を観察していたアゼルは、首筋に大きく口を開けた蛇の横顔を模した模様が刻まれていることに気が付いた。


 以前戦ったワイバーンに浮かび上がったものとは少し違うが、間違いなくガルファランの牙が用いるシンボルマークだ。


「これは……なるほど。どうやら、向こうも我々を歓迎してくれているようだ。慎重に進むとしよう」


「そうですね……ぼくもボーンビーの数を増やします。シャスティさん、行きましょ……わぷっ!?」


「へっへっへ~、んじゃこーやって抱っこしてやるよ。地面がデコボコしてて歩きにくいだろ? 転んで顔でも打ったら大変だからな~」


 ほろ酔い状態のシャスティは、アゼルを抱えあげお姫様抱っこの体勢になる。あまりにも恥ずかしい体勢にされたアゼルは降ろしてもらおうと暴れるも、全く意味はなかった。


「ほらほら、暴れると落ちるぞ~? ……ん? なんだお前ら、怪我してるじゃねーか。ほれ、ヒールライト!」


「おお、傷が癒えていく……」


「これでいいだろ。あとはツバでもつけときゃ治るからな。んじゃ、さっさと進もうぜ~」


 シャスティは負傷した騎士たちを治癒魔法で雑に治療し、申し訳程度に聖女としての存在感を見せる。騎士たちはやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、彼女を追いかける。


「シャスティさん、降ろしてください~! は、恥ずかしいですよ~!」


「いーからいーから。子どもは楽しときゃいーの! 全く、可愛いやつめ!」


 そるからしばらくの間、アゼルはずっとシャスティに抱き抱えられたまま先へ進む羽目になってしまうのであった。

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