15話―新しい日々の始まり

 お披露目式の翌日。アゼルは正式に冒険者ギルド本部への移籍手続きを完了し、Bランクへと昇格した。悲惨な過去の象徴である眼帯を捨て、アゼルの新たな冒険者ライフが始まる……。


「よーアゼル。一緒に飲みにいこうぜ。アタシが奢ったげるからさぁ~」


「いえ、ぼくまだ子どもなのでお酒は……それに、聖職の人がお酒を飲むのはよくないんじゃ……」


 新たな冒険者ライフが……。


「だいじょぶだいじょぶ。そんくれー問題ないからよ。勿論アゼルにゃジュース飲ませてやっから。イイ酒場知ってんだ、そこでな……」


「貴様ァ! いつまでアゼルとくっついてるつもりだ! さっさと離れろ、この駄牛がぁ!」


「へぐあっ! やりやがったな、このヒョロヒョロ女!」


 ……まだ始まっていなかった。冒険者ギルド本部の一階、大エントランスにて取っ組み合いの大ケンカが繰り広げられていた。何故こうなったのか……時は少しさかのぼる。



◇――――――――――――――――――◇



 朝、まだ冒険者ギルドが活動を始めるよりも少し前。アゼルとリリンが目を覚まし、着替えを済ませた頃、部屋の扉がノックされた。


「む、こんな時間に一体誰だ? アゼルよ、どうする?」


「一応、出てみます。もしかしたら、メルシルさんが何か大切な用事があるのかもしれませんし」


 朝早くの来客を不審に思うリリンにそう告げ、アゼルは部屋の扉を開ける。部屋にやって来たのは、先日蘇生させた女性であった。


 ゆったりした紺色の修道服に身を包んだ女性は、扉が開いた瞬間アゼルをぎゅっと抱き締めた。


「よーっす! 昨日ぶりだな! 相変わらず可愛いなぁ、坊やはよぉ!」


「わあっ!?」


 修道服を着ているせいで一見しただけでは分からなかったが、リリンに勝るとも劣らない大きく柔らかなソレに顔が埋もれ、アゼルは真っ赤になってしまう。


 突然のことに唖然としていたリリンは、我に返り慌ててアゼルを奪い返す。


「貴様……いきなりアゼルを誘惑するとは何様のつもりだ? 死にたいのか?」


「んーだよ、いいじゃねえか。いくら抱き締めたって減るもんじゃねえだろ……っと、まだ名前も名乗ってなかったな。アタシはシャスティ。聖女を兼任してる冒険者さ。よろしくぅ~」


 鋭い視線を向けてくるリリンにも怯まず、女性……シャスティは己の名を告げる。聖女、というワードに、リリンに抱かれたアゼルが反応を示した。


「え? シャスティ……さんって、教会の聖女様なのですか?」


「おうよ。つっても、世俗の情報を伝える下級聖女だけどな。じゃねーと冒険者なんてやれねーのよ。ま、こっちの方が性に合ってるからいいけど」


「フン、まあよい。で、何の用だ。アゼルを愛でに来ただけではあるまい?」


 不機嫌そうにリリンが問うと、シャスティは頷く。


「おう。生き返らせて貰った礼によ、アゼルの仲間になろーと思ってな。こう見えても、Aランクの冒険者だからよ、治癒の魔法も使えるし役に立つぜ?」


「本当ですか? ありがとうございま……わあっ!?」


「へへっ、任せときな。アタシがいりゃ、もう怪我に悩むこともなくな……おふうっ!」


「ええい、その牛みたいにでかい脂肪の塊でアゼルを誘惑するでないわ! この駄牛めが!」


 再度シャスティがアゼルを奪い、豊満な胸にし当てつつ頬擦りする。それを見たリリンがぶちギレ、シャスティの脇腹を殴りつつアゼルを取り戻す。


 その後、二人はにらみ合いをしながらアゼルの争奪戦を繰り返すこととなった。ライバル意識が高まっていった結果、エントランスでのやり取りの末に取っ組み合いとなったのだ。


「あわわわ……二人とも、落ち着いてください! 他の人たちの迷惑になっちゃいますよ!」


「止めるなアゼル! この駄牛には教育をしてやらねばならんのだ!」


「上等だよ、逆に分からせてやるおオラァッ!」


 アゼルの言葉に耳を貸すことなく、二人は取っ組み合いを続ける。周囲にいる冒険者たちは巻き添えを食らうのを恐れ、遠巻きに二人を眺めているだけだ。


「……もう! 流石のぼくも怒りますよ! サモン・拳骨スケルトン!」


 このままでは他の者たちが結構な迷惑を被ると判断し、アゼルは二人にお仕置きをすることを決めた。巨大化した拳を持つスケルトンを創り出し、リリンとシャスティの元へ放つ。


「このっ、ムダにタフな……あぐっ!」


「いい加減降さ……うぎっ!」


「拳骨スケルトン、二人を寝室へ連れてっちゃいなさい」


 二人の脳天に拳骨を落とし、一撃で気絶させたスケルトンはアゼルの指示に従いリリンたちを寝室へ連行していった。アゼルが冒険者たちに謝罪して回っていると、メルシルがやって来る。


「おお、ここにいたかアゼルくん。君に話があるんだ、済まないがついてきてほしい」


「はい、分かりました」


 メルシルに従い、アゼルは上の階へ行く。小さな部屋に入ると、早速本題が切り出された。


「実はな、昨日お披露目式に潜入していた男を尋問した結果、ガルファランの牙の拠点の一つがある場所を吐いてね。帝国騎士団と共同で攻撃を仕掛けることになったんだ。君にも加わってほしい。頼めるかな」


「……分かりました。ぼくの力が必要なら、喜んで参加します」


「ありがたい。騎士団からは精鋭部隊が派遣される。彼らも、君が力を貸してくれるとあればきっと喜ぶだろう。昼には出立することになるから、準備してきておくれ」


「はい!」


 アゼルは二つ返事で承諾し、寝室へ戻る。すでに目を覚ましていたリリンとシャスティに事情を説明し、準備を整えエントランスへ向かう。


 メルシルと共に、帝国騎士団『ブラオリッター』の精鋭部隊が待機している基地へ行く……はずだったのだが。一つ問題が発生してしまった。


「なに? 私は行けないだと?」


「申し訳ない。今回はあくまで騎士団からの依頼という形での作戦なんだ。向こうの要求で、B以上のランクを持つ冒険者しか参加出来ないんだよ」


 Eランクであるリリンが、同行するための条件を満たせなかったのだ。メルシルはカリフからリリンの実力を聞かされてはいたが、規則を破るわけにはいかない。


 いくら王の末裔たるアゼルとその仲間といえど、定められたルールを好き放題に破っていい権限はないのだ。仕方なく、リリンはシャスティにアゼルを託し、引き下がることになった。


「……癪ではあるが、今回アゼルはお前に託す。怪我でもさせてみろ、恐ろしい制裁を下してやるぞ」


「へっ、安心しなって。命の恩人をムダ死にさせるようなヘマはしねえよ。アタシに任せて、部屋で高いびきでもかいときな」


 凄むリリンにそう答え、シャスティは余裕の笑みを浮かべた。ポンポンとアゼルの頭を撫でた後、メルシルに問いかける。


「んで、アタシら以外の冒険者は誰が参加すんだ? まさか二人だけなんてこたぁねえだろ?」


「うむ。すでに三人ほど先行し、情報を集めてもらっている。現地で集合する予定だ。では、行こうか」


 昼まではまだ時間があるが、冒険者ギルド本部と騎士団の拠点はかなり距離があり、おまけに不法侵入防止のため転移石テレポストーンが使えない。馬車を使っても時間がかかるため、即座に出発することとなった。


「アゼル、気を付けるのだぞ。何かあったら、迷わず逃げよ。命あっての物種だからな。……と言っても、死者蘇生があれば問題はないか」


「あはは……。あんまり過信せずに頑張ってきます。メルシルさん、行きましょう」


 メルシルやシャスティと共に、アゼルは騎士団の元へ向かった。



◇――――――――――――――――――◇



「ふっふふふ。今頃、帝国の連中はここを攻め落とす準備をしてるんだろうなぁ。バカだねぇ、全部こっちのだとも知らないで」


 密林の奥深く、ガルファランの牙が所有する研究所の一室にて、牙の三神官が一人ヴァシュゴルがほくそ笑んでいた。今回のことは、全て彼の計画だったのだ。


「バカな奴らだよ。我ら牙が、簡単に情報を漏らすことが何を意味するのかも知らないんだから。邪魔者を一網打尽にするためにわざと流させたってこと、分からないかねぇ~」


 そもそも、ヴァシュゴルはお披露目式での皆殺しがせいこうするとはハナから思っていなかった。全ては、アゼルを含めた牙に反逆する者たちを始末するための作戦の一環に過ぎない。


 数多の罠を張り巡らせたダミーの拠点に誘い込み、騎士団の精鋭と実力派ある冒険者たちを殲滅する計画を立てていたのである。


「さて、これから忙しくなるぞぉ。例の魔法がどれだけ実用的になったか、試さなくちゃいけないし。楽しみだねぇ……くっくくくくく!」


 鋭く研ぎ澄まされたガルファランの牙が、アゼルたちに襲いかかろうとしていた。

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