14話―波乱のお披露目式
舞台へ上がったアゼルを、万雷の拍手が出迎える。緊張のあまり顔を強張らせたまま固まっているアゼルに代わり、メルシルが紹介を行う。
「皆様、お待たせいたしました。この子が、かの聖戦の四王が一人……『凍骨の帝』ジェリドの血を受け継ぐ末裔、アゼル・カルカロフくんです」
「あ、アゼルともうしましゅ! よろしくお願いひま……あう、舌噛んじゃった……」
メルシルに促されて自己紹介しようとしたアゼルだったが、しょっぱなから盛大に噛んでしまった。顔を真っ赤にしつつ、目に涙を浮かべリリンの陰に隠れてしまう。
会場が笑いに包まれるなか、改めてアゼルは客たちの前に出て自己紹介をする。その間、ずっとリリンが着ているローブの裾を掴んで恥ずかしそうにしていた。
「……皆さんはじめまして。ぼくはアゼルと申します。聖戦の四王の一人、ジェリド様の末裔……です」
そう言いながら、アゼルは肘まで覆う黒い手袋を着けた左腕を上げ、眼帯を外す。ドクロの模様が刻まれた瞳を見た者たちの間に、どよめきが走る。
「あの瞳……まさか本当に?」
「さあな。これまで何人も王の末裔を名乗る詐欺師が出てきたし、信用ならんよ」
事前の予想通り、半数以上が懐疑的な視線をアゼルに向けてきていた。メルシルはコホンと咳払いをし、会場にいる者たちを静かにさせる。
「確かに、言葉で聞かされただけでは納得も信用もなされないでしょう。それは当然のことです。ですが、我々にはアゼルくんが真なる王の末裔であることを証明する用意があります」
そう言った後、メルシルは手を叩き裏でスタンバイしていた職員を呼び出す。棺を担いだ二人の職員が舞台に上がり、メルシルたちの前に置き帰っていった。
死体安置所から運んできた、冒険者の遺体が棺の中に納められているのだ。何をするつもりなのか理解出来ず、会場にいる者たちは戸惑いを見せる。
「この棺の中に、若くして命を落とした冒険者の遺体が眠っています。アゼルくんは、かのジェリド王より死者を蘇生させる力を受け継ぎました。そこで……」
「ちょっと待った。その棺の中に入っているのは、本当にただの死体なのだろうな? 創命教会の司祭長として、このゼヴァーが確かめさせてもらいますぞ」
メルシルの説明を遮り、でっぷりと太った一人の男が舞台に上がってきた。真っ白な神官の装束に身を包んだ男は、棺の蓋を開けて検分を始める。
リリンが顔をしかめるも、メルシルがとりなす。
「なんだ、この男はいきなり……」
「まあまあ。我々が嘘偽りをしていないことを証明してもらえるのだから、よいではないか」
「ぼくは、構いませんけど……」
そんな話をしている三人を無視し、男は遺体の検分を進める。
「ふん、遺体は女か。どれどれ……。脈はなし、瞳孔も開いている……確かに、これは紛れもない遺体ですな。ですが……メルシル殿、本当にこのちんちくりんがそんな奇跡の御業を使えるのですかな? 怪しいものだ」
「貴様……」
アゼルを見下ろし、ゼヴァーは小バカにしつつせせら笑う。リリンが表情を険しくし一歩踏み出そうとするも、アゼルがそれを止めた。
「大丈夫ですよ、リリンお姉ちゃん。ぼくは、自分の手で証明しなければいけないんです。ジェリド様の血を継ぐ者だということを。それが、今のぼくに与えられた使命ですから」
(……なんだ? この小僧、さっきまでと様子がまるで違うぞ……)
落ち着きを取り戻したアゼルは、ゼヴァーを押し退け棺の前に立つ。そんな彼を見て、教会の司祭長は動揺を隠すことが出来ずにいた。
アゼルはそっとしゃがみ、棺の中に右手を入れる。とうの昔に命を落とし、冷たくなった女性の身体に触れ、そして……。
「未練を抱えさ迷う、哀れな魂よ。今再び、かつての肉体へと戻りなさい。もう一度、生の祝福を受けるために……。ターン・ライフ!」
右手に宿した紫色の炎を、死に装束を纏った女性の身体に流し込む。少しして、ゆっくりと女性のまぶたが開き、徐々に身体を起こす。
奇跡の力により、女性は生き返ったのだ。女性はキョロキョロと周囲を見渡し、戸惑いの声をあげる。
「あ、あれ? アタシ、なんで……。確かに、魔物に殺されたはずなのに……」
「ごめんなさい、お姉さん。安らかな死の眠りを妨げてしまって。お姉さんは……ぼくが、生き返らせたんです。今、ここで」
「え……?」
困惑する女性に、アゼルは申し訳なさそうにそう告げる。最初は何を言われたのか理解出来ずに戸惑っていた女性だったが、少しずつ目に涙が溜まっていく。
「本当に……アタシ、生き返ったのか? まだ……生きられるんだ……」
「……はい。その通りです」
その言葉に、女性は泣き出してしまった。無念の死を遂げ、未だ成仏も出来ずにいた自分が、生き返ることが出来た……起こりうるはずのない、奇跡に歓喜して。
「お、おい……マジかよ。俺、夢見てるんじゃないよな?」
「夢じゃない……。あの子ども、本当に死んだ女を生き返らせたんだ! ジェリド様の末裔って話は、嘘じゃなかったんだ!」
同時に、会場にいた者たちの間に衝撃が走る。目の前で、本当に奇跡が起きたのだ。死者が蘇り、生の喜びを味わっている様を見て、確信する。
アゼルこそ、ジェリドの力を受け継ぐ真の末裔なのだと。直後、会場内に歓声が響き渡る。多くの者が憧れた王の再来に、皆喜びをあらわにしていた。
……ただ一人、会場の壁際で佇む男を除いて。
「……はい。確認しました。例の子どもは帝都にいます。……分かりました。ただちに……この会場もろとも自爆し、全員抹殺します」
『頼んだよぉ~? まだ例の魔法は完成してないからね、とっ捕まる前にみんな殺してね。いや~、ずっとあのガキを監視しててよかったよ』
手のひらの中に隠した連絡用の魔法石を使い、男はヴァシュゴルからの命令を受ける。ヴァシュゴルはアゼルがペネッタを去ったことに気付き、すでに裏で動いていたのだ。
お披露目式の途中、アゼルが力を披露し全員の視線が釘付けになるその瞬間を狙い、体内に仕掛けた爆発魔法を発動して会場内にいる者たちを道連れにする作戦を仕掛けていた。
(ここから舞台までは七、八メートル……問題なく爆発に巻き込める範囲だ。冒険者どもだけじゃなく、帝国騎士団の将軍に教会の司祭長、他国の大使……殺しといて損のない連中がうじゃうじゃいるぜ)
使い捨ての駒として送り込まれた牙に属する男は、ニヤリと笑い懐から禍々しい黒色をした魔法石を取り出す。この石を握り砕くことで、自爆魔法が炸裂するのだ。
会場にいる全員がアゼルを見ており、誰も自分に注目などしておらず邪魔されることはない……はずだった。
「キキッ、キキュー!」
「いてっ!? なんだ、このネズミは! 離れろ!」
その時、アゼルが会場に放っていたネズミのうちの一匹が、男の不審な動きに気付いて足に噛み付いた。直後、アゼルが胸につけていたタリスマンが光を放つ。
「! タリスマンが光った……そこの人、何をしようとしているんですか!」
「こいつ、自爆用の魔法石を持ってるぞ! 使われる前に取り押さえろ!」
「まずい、気付かれた! クソッタレ……だがもう遅い! 全員死ね!」
ネズミからの合図を受け、アゼルは男の存在に気付き大声を張り上げる。結果、会場にいた者たち全員が男へ目を向け、何か攻撃をしようとしていることに気付いた。
男は鎮圧しようと飛びかかってくる冒険者たちを蹴り飛ばし、自爆しようとするが……。
「させぬわ! バイドチェーン!」
「ぐっ、なんだこの鎖は!」
そうはさせまいと、すかさずリリンが拘束魔法を発動し男の身体を縛り付ける。身動きが取れなくなった隙を突き、アゼルはネズミたちを操り自爆用の魔法石を取り上げた。
「ネズミたち、その人から魔法石を奪って!」
「キキュキュー!」
「このクソネズミども、返しや……うがっ!」
「観念しろ! もう逃げられないぞ!」
頼みの魔法石を失い、男は冒険者たちに取り押さえられた。見事自爆を阻止したアゼルは、会場にいる者たちから称賛の拍手を送られる。
「いいぞー、流石王の末裔だ!」
「死者蘇生出来るだけじゃなくて、ネクロマンサーの魔法も使えるのか! こいつはすげぇや!」
「あ、えっと、あの、その……。お姉ちゃん、こんな時どうしたら……」
大勢の人々に称賛されることに慣れていないアゼルは、どう応えていいか分からずオロオロしてしまう。そんなアゼルに、リリンは誇らしげに答える。
「胸を張ってやればよい。自分はこんなに凄いことをしたのだと、態度で示してやればよいのだ。なぁ? グランドマスター」
「うむ。見事だったぞ、アゼルくん。君が事前にネズミを放っていなかったら、未曾有の大惨事を招くところだった。本当に申し訳ない」
「いえ、いいんです。みんな無事でしたし」
警備の不手際を詫びるメルシルに、アゼルはそう答える。その時、ゼヴァーがすっと近寄り、頭を下げた。
「……少年。いや、アゼル殿。先ほどは失礼なことをのたまい誠に申し訳ない。このゼヴァー、創命教会の代表として、そなたの功績を必ず法王様にお伝えしますぞ。それと……命を救ってくれて、ありがとう」
「いえ、気にしないでください。ぼくは自分に出来ることをしただけですから」
ゼヴァーは非礼を詫び、感謝の言葉を口にする。予想外の波乱はあったが、こうして無事お披露目式は幕を閉じた。が……。
「ふへへっ。よく見ると可愛いなぁ、坊や。アタシ、気に入っちゃったぜ!」
「へ? わっ!?」
生き返った女性が、突然アゼルに抱き着いたのだ。リリンは一瞬面食らうも、すぐ我に返る。
「貴様、アゼルから離れろ! こら、離れろと言うのが聞こえんのかーっ!」
「へっへっへっ~。や~だね、離さないも~んだ!」
「く、くるし……」
ガルファランの牙の襲撃とはまた違う、修羅場に襲われるのであった。
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