13話―お披露目に向けて

 アゼルとリリンが冒険者ギルド本部に移籍してから、三日が経過した。その間、メルシル主導の元アゼルお披露目のための準備が着々と進められていた。


 アゼルの存在は秘匿され、ギルド上層部の中でも限られた者たちにのみ存在が明かされ、お披露目式に向けた打ち合わせが連日行われていたのだが……。


「やっぱり、やめましょう? いくらぼくがジェリド様の子孫であることを式に来た人たちに証明するためだからって、メルシルさんが死ぬのは心苦しいです」


「しかし、それ以外に方法がないのです。実際に死者蘇生の力を見せ付ければ、皆嫌でも納得しますし……」


 打ち合わせの主題は、どうやってアゼルがジェリドの末裔であることを他の者たちに示すか、である。魔法を用いれば、見た目だけなら左目のドクロを偽造出来ることが最大の問題だった。


 冒険者や騎士の中にも、そうした魔法を使ってジェリドを含めた王の末裔を詐称する者たちが過去、たびたび現れた。そのせいで、各国各組織の上層部は王の末裔という存在に懐疑的なのだ。


「それは、そうなのでしょうけれど……。そのためだけに、何の罪もない人が自ら命を絶つなんて、そんなの嫌です」


 そこで、話し合いの末ギルドの上層部はとんでもない作戦を考案した。まず、あらかじめ仕込んでおいた職員が、式の途中でアゼルに難癖をつける。


 それを聞いたメルシルが反論したあと自らの首をはね、パニックに陥ったふりをしたアゼルが蘇生させることで、真なるジェリドの末裔であることを知らしめる……つもりでいた。


「うむ。アゼルの言う通りだ。そんなことをしてまで、アゼルは己の証明をしたいとは思っておらんだろう。それに、私もそんな案は承服しかねる」


「そう言われましてもですね、それ以外方法がないんですよ。式はもう明日ですし……」


 当然、そんなめちゃくちゃな作戦をアゼルが受け入れられるわけなどない。いくら生き返らせられるからとはいえ、命を粗末にすることは許容出来ない……それがアゼルのスタンスだ。


 しかし、すでに式の日程は組まれており、各国各組織への通達もとうの昔に終わっている。今さらお披露目式を取り止めることなど不可能であった。


「ふむ……どうしたものか。この案がダメとなると、アゼルくんの血統を証明する方法がほとんどないのう……」


 幹部の言葉を突っぱねるリリンを横目に、幹部の一人が頭を抱える。他の幹部たちも頭を悩ませ、アゼルが申し訳なさそうに縮こまってしまっていると……。


「おお、そうだ。それなら、すでに亡くなった者を蘇らせればよい。ここ数日、命を落とした冒険者たちが何人かおる。彼らから一人選び、お披露目式で生き返らせれば皆納得しよう」


「そう、ですね。ぼくも、それなら……」


 それまで様子見に徹していたメルシルが代替案を出した。誰かが無理に死ぬよりは、あらかじめ遺体を用意しておく方が遥かに楽だろう。


 最初からそれを理解していたメルシルは、そこに思考が至らなかった部下たちに呆れたような視線を送る。


「全く……黙って聞いていれば無茶苦茶なことばかり言いおる。少しは頭を使ったらどうだ? 嘆かわしいことよ」


「申し訳ありません、グランドマスター……」


 ため息をつくメルシルに、打ち合わせに参加していた幹部八人は申し訳なさそうに頭を下げる。そんな幹部たちを見て、リリンは小声で呟く。


「……こやつら、実はアホなのか?」


「リリンお姉ちゃん、さすがにそれは失礼ですよ……」


「まあ、頭が固いだけだと思っておくか……」


 メルシルが幹部たちを叱っている間、リリンはアゼルとそんなことを話していた。何はともあれ、式の段取りはまとまり、あとは死体安置所から一月以内に亡くなった者の遺体を選ぶだけだ。


「さてと。アゼルくん、後のことは我々がやっておくから先に部屋に戻っていて大丈夫だ。お披露目式は二日後……それまで、コンディションを整えておくんだよ」


「分かりました、メルシルさん。では、先に失礼します。行きましょう、リリンお姉ちゃん」


「うむ。そうしようか」


 残りの打ち合わせはアゼルたちがいなくても問題ない内容のため、二人は先に部屋に戻ることになった。十五階にある会議室から、八階にある寝室へ戻る。


 機密を知らされていない職員たちと鉢合わせしないよう慎重に寝室へ戻り、疲れたアゼルはベッドに寝転がる。お披露目式が近付くにつれ、アゼルは緊張が高まり眠れずにいた。


「うう……たくさんの人の前に出るなんて、やっぱり怖いです……」


「案ずるな、アゼル。常に私が側にいてやる。怖くなったら、私の後ろに隠れて顔を出していればいい」


 今回のお披露目式には、ギルドに所属する冒険者たち以外にも多くのお偉いさんたちがやって来る。大舞台で何事もなくいられるか、アゼルには自信がなかった。


「それに……ガルファランの牙が何か仕掛けてこないか、とっても心配です……」


「……確かに、な」


 そして、アゼルにはもう一つ心配の種があった。ここ数日何の動きも見せていないガルファランの牙が、攻撃を仕掛けてこないか……というものだ。


 たまにギルドの幹部たちに牙の動向を尋ねてみるも、ここ数日は不気味なほど活動を目撃されていないと返事されたことも、アゼルの不安を煽っていた。


「まあ、気にしていても仕方あるまい。仕掛けてきた時は返り討ちにしてやればよいのだ」


「それもそう、ですね。でも……やっぱり、自分たちで出来る備えはしておいた方がいいと思うんです。サモン・ボーンラット」


 ニヤリと笑うリリンにそう答えつつ、アゼルは右手の上に手のひらサイズの骨のネズミを創り出す。人型のスケルトンとは違い、意思を持っているらしくキューキュー鳴いている。


「骨のネズミ? それをどうするのだ、アゼルよ」


「この子たちをたくさん創って、会場のあちこちに忍ばせておきます。何か不穏な気配を感じたら、タリスマンを光らせて教えてくれますよ。ただ、この見た目だと目立つのでこうします。ミミックスキン!」


 左手の人差し指をネズミに当てながら、アゼルは屍魔法を唱える。すると、ネズミが魔力で出来た皮と毛に覆われ、本物とほば変わらない見た目に変化した。


「ほう、これは凄い! スケルトンとは思えぬな、本物そっくりだ。ネクロマンサーの使う魔法か……興味深いものだな」


「今使ったのは、ぼくたち操骨派のネクロマンサーたちがよく用いる初級の魔法です。こうやって皮を被せて、スケルトンを擬態させるのに使うんですよ」


「たいしたものだな、アゼルは。感心したぞ」


 そう言いつつ、リリンはアゼルが被っているフードを脱がし頭を撫でる。肩までかかる長い灰色の髪をわしゃわしゃされ、アゼルは照れ笑いを浮かべる。


「えへへ……。リリンお姉ちゃんに誉めてもらえて、とっても嬉しいです」


「くぅっ……! 全く、可愛いやつだなぁアゼルは! そんな笑顔を見せられたら、もう我慢出来なくなるだろう!」


「へ? わあ~っ!?」


 へにゃっとしたアゼルの笑みを見たリリンは、耐え難い衝動に襲われたようだ。アゼルを抱き抱えてベッドにダイブし、心ゆくまでぎゅーっと抱き締めていた。


 そのすぐ後、アゼルの手の中から這い出してきたネズミに鼻を噛まれ悶絶することとなったが。


◇――――――――――――――――――◇



 二日後、とうとうお披露目式の日がやって来た。ギルド本部の五階にある大ホールに、式に招待された者たちが集まっている。


 リリンやメルシルとともに、舞台袖からホールを見ていたアゼルは緊張して固まってしまっていた。


「うう、あんなに人がいっぱい……」


「安心するといい、アゼルくん。何かあったら我々が上手くフォローするから。さ、時間だ。行こう」


「は、はい……」


 メルシルに促され、リリンと共にアゼルは舞台へ出る。あらかじめ会場内に潜ませた十四匹のネズミたちの気配を感じ取りつつ、アゼルは大勢の人々の前へ立つのだった。

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