18話―鎮守の獣ムル

「ひゃああ!? お、狼さんが喋ってるの!?」


『そうだ、少年よ。なに、そう驚くことはない。そなたは我らの恩人だ。取って食うような無礼な真似はしないさ』


 突如、頭の中に直接話しかけてきた霊獣……ムルを前に、アゼルは驚きのあまりひっくり返ってしまう。そんな彼に、ムルの娘たちが飛びかかる。


「きゅうん、きゅうん」


「へ? わっ、く、くすぐったいよぉ! 舐めちゃや……あはははは!」


 ムルの娘たる二頭の子狼たちは、言葉こそ話せないもののアゼルが恩人だと理解はしているようで、彼にじゃれつき友愛と感謝の気持ちを込めて全身を舐め回す。


『こらこら。娘たちよ、離れなさい。我は、この少年と話をせねばならぬのだから。……少年よ、失礼した。大丈夫か?』


「な、なんとか……」


『申し訳ない。娘たちはまだ分別が出来ぬでな。……さて、いくつか聞きたいことがある。済まぬが答えてもらえるとありがたい』


 全身唾液まみれになったアゼルに詫びた後、ムルはいくつかの質問を投げ掛ける。何の目的で森に足を踏み入れたのか、自分たちをよみがえらせたのか。


 それに対し、アゼルは自己紹介した後ガルファランの牙の拠点を攻撃するため森に入ったこと、無慈悲な牙への憤りと親子への同情から蘇生を敢行したことを説明する。


『……なるほど、話は理解した。そうか……あの不届き者どもは、ガルファランの牙という組織に属しているのか』


「やっぱり、ムルさんたちを殺したのは牙の連中だったんですね?」


『そうだ。数日前、数人の人間どもが突然このねぐらに現れ……攻撃を仕掛けてきた。我が子を人質にし、抵抗出来ぬようにした上で我らをなぶり殺しにしたのだ!』


 怒りに震えるムルは、唸り声をあげつつそう吐き捨てる。子狼たちも牙の者たちにされた仕打ちを思い出したらしく、寄り添って震えていた。


「そんな酷いことを……」


『少年……いや、アゼルよ。頼みがある。我らに、そなたの手助けをさせてはもらえまいか? この森の主として、不届き者をのさばらせてはおけぬ。それに……そなたに、恩を返したいのだ』


「本当ですか? ムルさんが手助けしてくれるなら、とても心強いです。ありがとうございます!」


『うむ、任せておけ。霊獣ムルの怒り……かの者らに思い知らせてくれようぞ! ムー、ルー、お前たちもそうだろう?』


 ムルの言葉に、二頭の子狼は遠吠えで答える。彼女らもまた、母と同じ思いなのだ。恐怖と屈辱にまみれた死を、今度は牙の者たちに味わわせる番だ。


『アゼル、我が背に乗るがよい。奴らの匂いは覚えた。我らの爪牙で、愚か者どもを八つ裂きにしてくれる!』


「はい! 行きましょう!」


 座り込んでいるムルの身体をよじ登り、アゼルは背中に跨がり体毛を掴む。霊獣は立ち上がり、ほぼ垂直にそびえる崖を我が子と共に駆け登っていく。


 アゼルとムルによる、共闘が始まった。



◇――――――――――――――――――◇



「……見えてきたな。あれがガルファランの牙の拠点だ」


「やっと着いたか。へっ、腕が鳴るぜ」


 その頃、崖を抜けたジークガルム隊は森の奥にあるガルファランの牙のアジトへ到着していた。落ち込んでいたシャスティはアゼルの生存を知り、気力を取り戻している。


 他の部隊はすでに突入しているのか、アジト周辺に姿は見えない。ジークガルムは部下を引き連れ、慎重に歩を進めていく。


「罠が仕掛けられているかもしれぬ。全員、ゆるりと進軍せよ」


「問題ねぇだろ、おっさん。こっちにゃアゼルが残してったホネハチがいるんだ、何かあったら教えてくれ……おいおい、早速何か来るみたいだぜ」


 シャスティが気楽な発言をした直後、六匹のボーンビーが何かを知らせるように八の字飛行を始めた。次の瞬間、木々の間から漆黒のフード付きローブを身に付けた男たちが現れる。


 総勢十四人の男たちは全員が弓で武装しており、ジークガルムたちに矢を向けながら包囲してくる。ジークガルムたちが武器を構えるなか、神経を逆撫でする耳障りな声が聞こえてきた。


「やぁやぁ、よく来たね。歓迎するよ、帝国のワンちゃんたち」


「貴様……なるほど、ここの拠点を束ねる司令官だな?」


「ぴんぽ~ん。どうせみんなここで死ぬから、ご褒美に教えてあげるよ。私はヴァシュゴル。ガルファランの牙の最高幹部の一人さぁ」


 配下たちの後ろから、老婆の仮面を身に付けた男……ヴァシュゴルが姿を現す。ジークガルムたちを順に眺め、アゼルがいないことを確認し愉快そうに笑う。


「ふっふふふ、あの子どもは引き剥がせたようだねぇ。流石オーグル、キッチリ仕事をしてから死んでくれたね。これで……死者蘇生を気にせず、全力でお前たちを殺せるよ! やれ、牙の同志たちよ!」


「来るぞ! 総員迎撃準備!」


 一斉に矢が放たれ、シャスティたちに飛来する。ジークガルムの号令の元、騎士たちはシャスティを守るため円陣を組み盾を構え攻撃を防ぐ。


 いざ反撃に出ようとしたその時、騎士たちはヴァシュゴルが消えたことに気付く。


「なんだ? あの仮面野郎どこに……うぐっ!」


「私はここだよぉ? ほぉら、一人残らず……仕留めてあげようねぇ!」


「まずい、全員守りを固めよ!」


 ヴァシュゴルは地中に潜り、足元から騎士たちへ奇襲を仕掛けてきた。土くれを跳ね上げて目眩ましをしつつ、円陣を崩すべく攻撃を行う。


 陣が崩れかけたところに、好機とばかりに弓を捨て剣に持ち変えた牙のメンバーも雪崩れ込み乱戦が始まった。しかし、味方は七人、敵は十五人。二倍の戦力差があった。


「ぐああっ!」


「リベル! くっ、このっ!」


「あっはははは! ムダだよぉ? 一人ずつ……じわじわ殺してあげるからねぇ! ほぉら、受けてごらん。暗黒魔法……ペイン・コール!」


 部下をけしかけつつ、ヴァシュゴルは騎士たちへ魔法を放つ。突如襲いかかる激痛によって動きが鈍ったところに、牙の戦士たちの凶刃が叩き込まれる。


 ボーンビーたちはジークガルムやシャスティを守ろうと、ヴァシュゴルへ突撃し針による攻撃を行おうとする。が、ヴァシュゴルの手で纏めて握り潰されてしまう。


「ナマイキなんだよ、骨の分際で。同志よ、もう飽きたしさっさと終わらせちゃって。他の騎士たちみたいに、好きにバラしていいからさ」


「他の騎士……? 貴様、まさか他の部隊を……」


「うん、とっくに殺したよ? そもそも……オーグルに拠点のことをゲロらせたのだって、お前たちを誘き寄せるための罠だもん。そりゃ皆殺しにする準備してるさ! あっはは……おっと!」


「黙りな! てめぇはもう、それ以上きたねぇ声を出すんじゃねえ!」


 愉快そうに嘲笑うヴァシュゴルに、シャスティがハンマーを振り下ろす。しかし、片手で受け止められてしまったばかりか、そのまま押し返されてしまう。


「うっさいな。人がいい気分になってるのに邪魔するなよ。同志たち! このナマイキな女の手足をぶった斬って達磨にしろ! 生まれてきたことを後悔させてやれ!」


「ハッ、舐めたこと抜かすんじゃねえ! 戦技、トルネイドハンマー!」


「がっ……」


「ぐあっ!」


 気分を害されたヴァシュゴルに命令され、戦士たちは一斉にシャスティに襲いかかる。しかし、凄まじい重量を誇るハンマーの攻撃を受け、半数以上が即死させられることとなった。


「いいぞ、破天荒聖女!」


「へっ、ざまぁねえな。アタシを達磨にするだぁ? やれるもんならやってみろよ」


「いいよ? なら、見せてあげようかな。私の……ネクロマンサーとしての力を! 屍操術……ネクロファンタズマ!」


 シャスティの反撃により、勝利への道が見えてきた……その場にいた全員が、そう思っていた。ヴァシュゴルが牙の戦士、そして騎士たちの遺体を操り、立ち上がらせるまでは。


「なん、だと……!? この禍々しい魔力……貴様、まさか!」


「そうさ。私はネクロマンサー三派閥の一つ……『屍肉派』に属する者なのさ。私がいる限り、数の差が縮まることはない。いや、むしろ差が増えるんだ。騎士どもの死体も! 私の支配下だからねぇ!」


「……おいおい、マジかよ。こりゃ、ホントにやべぇぞ」


 マリオネットのような動きで、死者たちはゆっくりと……されど確実に、生き残っている者たちを包囲していく。どれだけ死体を攻撃し倒しても、何度でも立ち上がる。


 ヴァシュゴルを倒さない限り、手足が千切れようが頭がもげようが、戦いは終わらないのだ。


「まずい……こちらの生き残りは四人……。このままでは、なぶり殺しにされてしまう……」


「ジークガルム隊長、どうすれば……」


「あっはははは! もう観念しな。お前たちはここで死ぬ。そして、私のコレクションに加わるのだぁ! 行け、死体ども! そして我が同志たちよ!」


 牙の凶刃がシャスティたちの命を奪おうとした、その刹那。風を切る音と共に、アゼルの声と狼の遠吠えが近付いてくる。


「見つけた! もう、それ以上好き勝手にはさせないぞ!」


『その通り。霊獣ムルとその友、アゼルの怒り……思い知らせてくれようぞ』


 希望の光が、シャスティたちの元へもたらされた。

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