7話―アゼルたちの秘策

 ベーゼルとの戦いから二時間ほどして、カリフや他の冒険者たちがギルドにやって来た。ギルドマスターの執務室にて、アゼルたち三人は早朝のギルドにて起こった出来事をカリフに報告する。


「そうですか、そんなことが……。これは、警備体制をさらに強化しなければなりませんね。それと、他に牙の手先が潜んでいないかの調査も」


「でも、ガルファランの牙の連中は破壊活動を起こすまで正体を暴くのがほぼ不可能な狡猾な連中ですよ? 何か手があるんですか?」


 ネネットにそう問われ、カリフは難しい表情を浮かべた。ガルファランの牙はあらゆる国家、組織に構成員を送り込んでおり、諜報活動をさせている。


 その全員が熟練の業を持っており、事前に正体を暴き破壊活動を阻止出来た国や組織は、いまだ存在していない。千年近い歴史のある、冒険者ギルドですらも。


「……しらみ潰しに調査をするしかありませんね。今回はアゼルくんたちのおかげで被害が出ずに済みましたが、次もそうだとは限りませんから」


「……カリフさん。それなら一つだけ手があります。ガルファランの牙の目的は、ぼくの持つ死者蘇生の力です。だから、ぼくがこの町を出ていけば、少なくとも他の人たちが巻き込まれることはありません」


 カリフに近寄り、アゼルはそう口にした。敵の目的はすでに判明している。ならば、やるべきことは一つだと。己とリリンの二人だけで戦うつもりでいたアゼルだったが……。


「それはダメですよ、アゼルくん。ガルファランの牙は、この大地に暮らす者全ての敵。君はまだ小さな子ども、全てを背負わせて知らんぷり出来るほど、私は厚顔無恥ではありませんよ」


「カリフさん……」


「安心してください、あなたは私を含めた冒険者ギルドの者たちが必ず守りますから。……そのためには、敵がどう動くかの情報が必要ですが……どうしたものやら」


 頼もしくそうアゼルに告げるカリフだったが、いかんせん敵に関する情報が少ないのが問題であった。アゼルを守ろうにも、牙の手先がどこに潜んでいるか分からない。


 そう思われていた。


「あ、それなら……ベーゼルさんを生き返らせて情報を話してもらう、というのはどうでしょうか? きっと、少しくらいはガルファランの牙について知ってるはずですから。穏便に済むか分かりませんし、誉められた方法じゃないですけど……」


「ああ! 何故その方法に私は気付かなかったのか……そうです、そうすれば問題は解決するじゃありませんか! まあ、倫理の問題はこの際置いておきましょう。今はとにかく、情報を得ることが最優先ですから。問題が起きた時は、私が責任を取ります」


「ほう、流石アゼル。いい方法を思い付くな。もし奴が素直に話さない時は……任せておけ」


 今のアゼルには、死者を蘇らせる力がある。カリフとリリンはアゼルを誉め、早速行動に移ることとなった。


「なんだか実感が湧かないわねぇ。死んだ人を生き返らせるってどういうものなのかしら」


「ネネット、すぐに遺体安置所の職員に連絡を。ベーゼルの遺体を運んできてもらいます。上手く行けばいいのですが……」


 すぐに準備が整い、一時間ほどして布に包まれたベーゼルの遺体が執務室に運び込まれた。リリンたちが見守るなか、アゼルは右手をそっと遺体に乗せる。


「……では、いきます。……ターン・ライフ!」


 紫色の炎が、ベーゼルの遺体に吸い込まれていく。直後、布に包まれた遺体が激しく震え出し、蘇ったベーゼルが咳き込みながら身体を起こした。


「げほっごほっ! な、なんだ……俺は死んだはず……ま、まさか」


「そのまさかですよ、ベーゼル。昨日ぶりですね、生き返った気分はどうです?」


「クソが!」


 何が起きたのかを理解したベーゼルは、おちょくってくるカリフに悪態をつき即座に舌を噛み切って自害した。が、それを見たアゼルは再度ターン・ライフを施し蘇生させる。


「ぐうっ……!」


「ムダです。何度自害しようとも、そのたびにぼくが生き返らせます。ベーゼルさん、あなたの知っていることを全部話してください。そうすれば、もうあなたの眠りを妨げることはしません」


「ハッ、誰が話すかよ。拷問されたって喋るつもりはないぜ。牙への忠誠はぜった……うぐあああ!!」


 反抗的な態度を取るベーゼルに近付き、リリンは無言で雷の杭をゆっくりと叩き込み、たっぷり苦しませてから再度彼を絶命させた。


 肉が焼け焦げる匂いが部屋の中に漂い、ネネットやアゼルが顔をひきつらせている間にも、カリフに促されアゼルはまたベーゼルを蘇生させる。かなり魔力を消耗したらしく、額に脂汗が浮かんでいた。


「ぐ、がは、うぐあ……」


「何か勘違いしていないか? 私たちは拷問などという手ぬるい手段を採る必要などない。貴様が廃人になるまで、こうやって生と死のサイクルを繰り返せるのだぞ? 話すつもりがないなら、また……」


「わ、分かった! 話す、俺の知ってることは全部話すから! だからもうやめてくれぇぇぇ!!」


 アゼルを害する者に一切容赦などしない冷徹なリリンの声を聞き、ベーゼルはようやく悟った。アゼルが持つ、死者蘇生という能力の恐ろしい一面を。


 通常、死は一度しか訪れない。どれだけの苦痛を与えられたとしても、死ねばそこで解放される。が、アゼルがいる限り、死は終わりではない。


 いや、正確に言えばベーゼルが蘇生を拒絶すれば終わる。だが、肝心のベーゼル本人がそれを知らない。例え拒絶しても、蘇生されると思い込んでいるのだ。


 それ故に、アゼルは何度も、何度でも……死の恐怖を味わわせることが出来るのだ。


「では、洗いざらい話してもらいましょうか。嘘をついたりすれば……どうなるか分かりますね? ベーゼル」


「い、言わねえ! 嘘なんてぜってぇ言わねえよ! またあんな殺し方されるのなんて、まっぴらごめんだ!」


 二度に渡ってリリンに惨殺されたのがトラウマになったらしく、ベーゼルは自分の知っていることをカリフに告げた。ペネッタに潜伏している仲間についての情報を、洗いざらい全て。


「なるほど。まだギルドにも手先が……」


「俺は一番の下っ端だ、同じ下っ端の情報しか知らねえ。もういいだろ、早く俺を楽にしてくれ!」


「おっと、ここで殺しはしませんよ。あなたのことはアゼルくんについての報告と一緒に、帝都にあるギルド本部へ伝えさせてもらいます。その後、しかるべき裁きを受けなさい」


 安楽死を望むベーゼルにそう言い放ち、カリフは口笛を吹く。すると、執務室の扉が開き、屈強な憲兵が数人入ってくる。


 力なくうなだれるベーゼルを両脇からガッチリ掴み、罪人を収監する牢獄へ護送していった。これで、もうアゼルに手は出せないだろう。


「アゼルくん、何度も力を使ってもらってありがとうございました。これで、こちらから先手を打ってペネッタに潜んでいる牙の連中をあぶり出せます」


「よか、った……。ひとまずは、あんしん、です……」


「アゼル? どうした、しっかり!」


 礼を言うカリフにそう答えたアゼルは、そのまま倒れてしまった。何度も死者蘇生の力を使ったため、魔力が底をついてしまったのだ。


「大変! リリンさん、執務室を出て左手に曲がると医務室があるわ。そこにアゼルくんを寝かせてあげて」


「済まぬな、恩に着る」


 ネネットにお礼を言うと、リリンはアゼルを抱え上げ執務室を出ていく。その様子を、天井の隅から小指サイズの単眼のトカゲがジッと見つめていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……さてさて、これは困ったね。死者蘇生……例の力を、少し侮っていたようだ。こんな使い方をされては、たまったもんじゃあない」


 ガルファランの牙の隠れ家の一つにて、老婆の顔を模した仮面を着けた男がそう呟く。彼の前にある机の上には単眼のトカゲが座っており、執務室での一部始終を空中に投影していた。


 最高幹部である『牙の三神官』の一人、ヴァシュゴルは布に覆われた頭をポリポリと掻き、おどけた動きでやれやれと肩を竦めてみせる。


「ペネッタに潜伏させた連中はまあ……幸い誰も牙の機密を知らないから後で始末すればいいけど……問題は死者蘇生だなぁ。アレをやられても生き返らないようにする魔術を開発しなくちゃあ、おちおち動けないね」


 まいったなぁと呟くヴァシュゴルだったが、その言葉とは裏腹に、仮面の下では余裕の笑みを浮かべていた。


 自分の顔や本名を含めた機密情報は牙の上級構成員しか知っていない。彼らを一時退却させれば、誰も自分の正体に気付くことはないのだ。


「まあいいさ。しばらくは、代わりにモンスターどもを使えばいい。うちにゃ掃いて捨てるほどいるからねぇ……クックックッ。その間に、魔術を完成させればいいや」


 単眼トカゲを摘まみ上げ、肩に乗せたヴァシュゴルは立ち上がり、地下室へと向かう。狂気に満ちた笑い声を発しながら。


「どのみち、もう逃げられないからねぇ、アゼルくん? 蛇竜の毒牙からはね……クッハッハッハッハッハッ! クーッハハハハハハ!」



◇―――――――――――――――――――――◇



「むにゃ……。あっ、いけない……ぼく、寝ちゃって……って、わああ!? り、リリンさん!?」


「起きたか、アゼル。ふふ、可愛いやつめ。添い寝してたくらいでそこまで驚くとは、うぶよのう」


 正午を少し過ぎた頃、アゼルは目を覚ました。リリンが添い寝していたらしく、目の前にある彼女のニヤケ顔を見て、アゼルは恥ずかしさと驚きで顔を赤くしてしまう。


「ど、どうしてリリンさんが同じベッドで寝てるんですか!」


「いやなに、私も少し疲れてな。どうせなら添い寝しようと思ってな? 可愛い寝顔だったぞ、アゼル」


「もう……! は、早く起きましょう。これから依頼を受けないといけませんから!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、アゼルはササッとベッドから抜け出て医務室を後にする。そんなアゼルの後ろ姿を見ながら、リリンも起き上がるのだった。

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