8話―リリンの想い

 アゼルたちが一階に降りると、いつものようにギルドは冒険者たちで賑わっていた。まずは明日を生きるためのお金を稼がねばと、アゼルは改めて受け付けカウンターで依頼を受注する。


「はい、ペネッタベリーの採取とスライム十五匹の討伐ね。じゃあ、このかごがいっぱいになるように、ペネッタベリーを採ってきてね。じゃあ、気を付けていってらっしゃい」


「はい、行ってきます」


 ネネットとは別の受け付け嬢に手続きをしてもらい、かごを受け取ったアゼルはリリンと共に外へ出る。途中、二階から降りてきたネネットに会い、彼女にカリフからの伝言を聞かされた。


「あら、起きたのねアゼルくん。ギルドマスターから伝言よ。ガルファランの牙の手先たちのことはギルドで対処するから、進展があるまではこれまで通り冒険者の活動を頑張って、って言ってたわ」


「そうですか……。でも、任せっきりっていうのも……」


「いいのいいの、気にしないで。アゼルくんはまだ子どもなんだから、こういう時は大人を頼りなさいな。じゃあ、気を付けてね」


 ポンポンとアゼルの頭を撫でた後、ネネットは受け付けカウンターの奥へと消えていった。少々釈然としないものはあったが、今は依頼の達成が最優先。


 アゼルたちはペネッタの町を出て、北にある『ラームルリーフの森』へ向かう。目的であるペネッタベリーが群生しており、危険な魔物もほぼいないルーキー向けのダンジョンだ。


「ふむ、なかなか静かな森だな。日光浴をするのにちょうどよさそうだ」


「まずは、ペネッタベリーの採取から済ませちゃいましょうか。こんな感じの、赤い果実を集めるんですが……今回は、スケルトンたちにお願いしちゃいます。広範囲に散らばってることがほとんどなので」


 そう言うと、アゼルはスケルトンを十体呼び出し散会させる。彼らにペネッタベリーの採取をしてもらっている間に、二人はもう一つの依頼を達成するため森の中を進む。


「なあ、アゼルよ。一つ気になっているのだが……どうして左腕を見せぬのだ? その膨らみ、ちゃんと腕があるのだろう? ギルドで見た記憶では、腕を切り落とされていたはずだが」


「そ、それは……」


 なんだかんだ、これまで騒動の連続で誰も疑問を抱かなかったところを突かれ、アゼルは狼狽えてしまう。骨になっている腕など見せたら、また昔のように迫害される。


 そう考えていたアゼルは、絶対に左腕を人目に晒さないようにしようと決意していた。そんなアゼルの気持ちを知ってか知らずか、リリンは優しく声をかける。


「……ああ、私が腕を見て嫌悪しないか気にしているのか? ふふふ、顔を見れば何を考えているか分かるさ。安心するといい、アゼル。何を見ても、私のそなたへの感情は変わりはしないよ」


「リリンさん……」


 彼女の言葉を聞き、アゼルは意を決して左腕をローブから出してリリンに見せる。肘から先が白骨となったソレを見て、はじめこそ目を丸くしていたリリンだったが、すぐに微笑みを浮かべる。


「もっと酷い傷跡があったりするのかと思っていたが、そうでもなかったか。骨というのもよいではないか、アゼル。そなたがジェリド公の正統な末裔である証の一つだと思えばよいさ」


「……どうして、ですか? どうしてリリンさんは、そんなにもぼくのことを受け入れてくれるんです?」


 アッサリと異形の腕を受け入れたばかりか、慈愛に満ちた声でそう言うリリンに、アゼルは疑問をぶつける。彼には分からなかった。


 何故リリンが、ここまで自分を好いてくれるのかを。


「決まってるだろう。そなたが私を救ってくれたからさ。エルダーリッチの依り代にされ、望まぬ運命を辿るはずだった不甲斐ない私をな。それに……」


「あ……」


 リリンはそっとアゼルに近付き、優しく抱き締める。命の温もりを感じ、アゼルは思わず声を漏らす。


「そなたを放っておけないんだ。あんな手酷い裏切りを受け、心に傷を負っただろうそなたを。私は、恩返しをしたい。今度は、アゼルを救いたいんだよ」


 ギルドにて、アゼルの記憶を見たリリンはそう決意していた。グリニオたちに裏切られ、命を落としかけた哀れな少年の支えになりたい。


 己の名と魔法の知識以外の記憶を失ってしまったリリンにとって、それだけが生きる目的となっていたのである。


「リリン、さん……。うう……うあああぁぁん!!」


 彼女の言葉に、アゼルは泣いた。両親の死後、自分にここまで優しくしてくれた者は数えるほどもいない。精々がピーターとその妻、ネネットくらいのものだ。


 だからこそ、アゼルは嬉しかった。無償の愛を示してくれる、リリンの存在が。


「よしよし。辛かったろう、苦しかったろう。だが、もう問題はない。大地の全てが敵になろうと、私だけはアゼルの味方でい続けるから」


「ひっく、ひっく……」


 ベーゼルへ見せた修羅の如き冷徹さや残虐さは微塵もなく、聖母のような微笑みを浮かべ、リリンはアゼルが泣き止むまでずっと彼を抱き締めていた。


 しばらくして、アゼルの涙が止まった頃……ペネッタベリーの採取を終えたスケルトンたちが主の元に帰ってくる。残すは、スライムの討伐だけだ。


「ぐすん……。ごめんなさい、リリンさん。情けない姿を見せちゃって」


「気にするな、アゼル。どんなアゼルも、私は好きだ。遠慮なく甘えてくれて構わんのだぞ。それと、そろそろ他人行儀な呼び方はやめておくれ。仲間なのだから」


「えっと、じゃあ……リリン、お姉ちゃん……」


 潤んだ目でリリンを見上げながら、アゼルはぎこちなくそう口にする。結果、何かがクリティカルヒットしたらしく、リリンはイイ顔をしながらぶっ倒れた。


「お姉ちゃん……そうか、お姉ちゃんか……。ふふふふ、素敵な響きだ……こんな可愛い子に呼ばれたら、もうたまらん……」


「お姉ちゃん!? しっかりして、お姉ちゃーん!」


 アゼルの懸命な呼び掛けの結果、リリンはなんとか二度目の死を免れた。その後、ペネッタベリーの採取を終えたスケルトンたちを連れ、二人はスライムの討伐を行った。


 夕方になった頃、規定の数のスライムを狩り終えた二人は、ペネッタの町へ帰還する。討伐完了の証であるスライムのコアを両手で抱え、ギルドへ戻った。


「ただいま戻りました~……」


「あら、お帰りなさいアゼルくん。その顔だと、成果は上々、ってとこかしら?」


「はい。スライムのコア十五個と、かごいっぱいのペネッタベリーを採ってきました」


 カウンターの上に依頼された品を乗せ、依頼完了の手続きを行う。とくに問題なく手続きは終わり、アゼルに報酬として銀貨が二枚と銅貨が八枚支払われた。


「あれ? ネネットさん、銀貨が一枚多いですよ? この依頼だと、そんなに報酬は……」


「いいのいいの。アゼルくんいつも頑張ってくれてるから、今回は私のへそくりからこっそり上乗せしとくわ。他のみんなには内緒よ? リリンさんと一緒に、美味しいものでも食べてね」


「そんな、悪いですよ」


 最初は受け取りを拒否しようとしたアゼルであったが、ネネットに銀貨を押し付けられ、お礼を述べ受け取った。とにもかくにも、これで宿代は確保出来た。


「じゃあ、宿に行こうか、アゼル。ネネットだったか、ありがとうよ」


「本当にありがとうございます、ネネットさん。それじゃあ、また明日……」


「ええ。また明日ね~」


 ギルドを出た二人は、近くにある宿に泊まり身体を休める。食事や風呂を終えたアゼルは、寝間着に着替えてベッドに横たわり、ボケーっとしながら今後のことについて考えを巡らす。


(とりあえず、明日は……ネクロマンサーとして行かなくちゃならないところがあるから、まずはそこに行こう。その後は……また、冒険者ギルドに行かなくちゃ)


「アゼル、そろそろ寝ようか。疲れただろうからな」


 考えごとをしていたアゼルに、同じく寝間着に着替えたリリンがそう声をかける。


「はい、分かりました……リリン、お姉ちゃん」


「ん~! 本当にアゼルは可愛いな! まったくこやつめ!」


「わわっ! あ、あんまりドタバタするとベッドから落ちちゃいますよ~!」


 二人仲良くベッドに寝転がり、しばらくスキンシップをした後眠りについた。慌ただしかった一日が終わり、ようやく……アゼルの元に平穏が訪れたのだった。

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