6話―ガルファランの牙

「……報告致します、大教祖様。ペネッタ侵攻の一手として送り込んだエルダーリッチが、ネクロマンサーの子どもに倒されました」


「何だと?」


 寂れた礼拝堂にて、二人の男が会話を行っていた。片方は高い段の上に座っており、全身を真っ白な布で覆っているため顔を見ることは出来ない。


 もう片方の男も、しわがれた老婆の顔を模した仮面を身に付けているため素顔を知ることは出来ない状態だ。仮面の男はひざまずき、報告を続ける。


「町に潜入させていた者からの報告では、例のネクロマンサーはかつての王ジェリドが用いた死者蘇生の技を用いた、とあります」


「……ああ、なるほど。そうか、ついに王の力を持つ者が現れたのか。ククク……これで、ようやく我ら『ガルファランの牙』の悲願が果たせるというもの」


 仮面の男の報告を危機、白布の男は嬉しそうにそう口にする。


「牙の三神官が一人ヴァシュゴルよ、汝に命じる。例のネクロマンサーを抹殺し、死者蘇生の力を奪うのだ。手段は問わぬ。邪魔する者も全て殺せ!」


「かしこまりました。全ては、我らが牙の主のために……」


 ヴァシュゴルと呼ばれた仮面の男は、一礼した後溶けるように消えていった。月の光が射し込むなか、白布の男は盛大に高笑いをする。


「クッフフフフ……クハハハハハハ!! ついに、ついにこの時が来た! 忌まわしき四王を討ち滅ぼし、真なる王にこの大地を還す時が! ネクロマンサーの子よ、貴様は逃れられぬ。我らの毒牙からは決して、な!」


 アゼルが知らぬ間に、邪悪な意思を持つ者たちが動き出そうとしていた。



◇――――――――――――――――――◇



 翌日の朝、アゼルとリリンは早い時間から冒険者ギルドへ来ていた。宿賃とリリンの服代で持ち金がすっからかんになってしまったため、お金を稼ぐ必要があったのだ。


 さらに言えば、アゼルと一緒に活動するためにはリリンの冒険者登録も済ませなければならない。


「失礼します……」


「あら、アゼルくん。おはよう、こんな早くにどうしたの?」


「あ、ネネットさん。えっと……」


 ギルドの開店時間直後ということもあり、アゼルとリリン以外に冒険者の姿は見当たらず、受け付け嬢もネネットと呼ばれた女性一人だけだった。


「ふんふん、なるほど。そっちの女の人の冒険者登録と、依頼の受注をしたい、と。分かったわ。登録はこっちで済ませておくから、アゼルくんは先に依頼ボードを見てていいわよ」


「ありがとうございます、ネネットさん。終わったら呼んでください」


 アゼルと離れることになり一瞬不満そうな顔をするも、リリンはカウンターで登録作業を行う。その間、アゼルはギルド内に併設された酒場へ行く。


 依頼書が貼られたボードを眺め、どれを受注しようか考え始める。


「うーん……まだぼくはEランクだから……受注出来そうなのはこれとこれかなぁ……」


 そう呟き、アゼルはスライムの討伐とペネッタベリー採取の依頼書を剥がし、カウンターに持っていこうとした……その時。


「ぬおっ!? なんだ、水晶が破裂したぞ」


「きゃあっ!? ちょ、どれだけ魔力があるんですか! 魔力測定用の水晶が破裂するなんて、聞いたこともありませんよ!」


 カウンターの方から、リリンとネネットの声が聞こえてくる。どうやら、何かトラブルがあったらしい。慌ててアゼルが戻ると、何故かリリンが誇らしそうに腕を組んでいた。


「おお、アゼル。聞いて驚け、魔力を測ったら、どうやら私はAランク相当の実力があるらしいぞ。いやー、エルダーリッチの依り代にされるだけあるな! わっはっは」


「笑い事じゃありませんよ! 危うく怪我するところだったじゃないですか! まったくもう……まあ、とりあえず登録は済んだので、あとはギルドカードを発行するだけですね」


 自慢げに高笑いするリリンに抗議しつつ、ネネットは小さな長方形のカードとまち針を取り出す。


「このカードの上に血を垂らしてください。そうすれば、リリンさんの冒険者としての情報が登録されます。通常、Gランクでの登録になりますが……今回は特例で、Eランクでの登録になります」


「なんだ、最初からAランクにはなれんのか?」


「それは無理ですよ、リリンさん。ギルドの規約で、どんな実力者でも最初の登録段階では最高でもEランクからのスタートになるんです」


 不満そうなリリンに、アゼルがそう説明する。規約であれば仕方ないと納得し、リリンは針で指を刺してカードに血を垂らす。


 すると、カードの表面にバストアップになったリリンの顔と名前及びランク、登録をしたギルドの名称が刻印された。


「はい、これで登録は終わりね」


「じゃあ、次は……」


 無事リリンの冒険者登録が終わり、アゼルが依頼書を提出しようとしたその時。入り口の扉が開き、一人の男が入ってくる。エルダーリッチ事件の際、アゼルとやり取りをした冒険者だ。


「よぉ、アゼル。早いなぁ、もう依頼受けに来たのか? 熱心なも……」


「止まれ。それ以上アゼルに近付くな」


 にこやかに笑いながらアゼルに歩み寄る男の背後に、リリンが一瞬で回り込みつつそう告げる。その声には、ゾッとするような冷たさがあった。


「おいおい、怖いなぁ。一体なんだって……あぐっ!」


「上手く隠しているつもりのようだが……これはなんだ? ん? ご丁寧に、隠密の魔法でを持ち込むとは」


 リリンが手に力を込めると、握られていた男の左手が開き、魔法によって透明にされていた、手のひらに収まるサイズの短剣がカランと音を立て床に落ちる。


「見たところ、猛毒が刃に塗られているようだな。これで、油断しているアゼルを一突き……といったところか?」


「……へっ。バレちまったか。ただの記憶喪失女かと思ってたが、一筋縄じゃいかねえか!」


 男はそう口にすると、逆にリリンの腕を掴みカウンターの方へ投げ飛ばす。突然の事態に、ネネットは慌てふためく。


「ちょ、ちょっと! 何をやってるのベーゼル! 冒険者同士の揉め事はご法度だってことは知ってるでしょ!?」


「ああ、よーく知ってるぜ? でもな、それはもう関係ないのさ。ちっと手間だが……ま、全員殺せばいいか!」


 悪意に満ちた笑みを浮かべながら、男――ベーゼルは腰に下げた剣を抜く。何か良くないことが起こる……アゼルはそう感じ、ネネットを守るため前に立つ。


「ベーゼルさん、一体どうしたんですか? 昨日までは、あんなに優しかったのに……」


「ああ、俺はな? だが今は違う。偉大なるガルファランの牙の一員としての俺はなぁ!」


「!? ガルファランの、牙……」


 ベーゼルの言葉に、アゼルとネネットは驚愕する。いまいち理解していないリリンは、立ち上がりつつベーゼルに問いかける。


「なんだ、そのガルファランの牙とやらは」


「ああ、お前は記憶喪失だから知らねえよなぁ。いいぜ、冥土の土産に教えてやる。俺たちはな、この大地を真の王……単眼の蛇竜ラ・グー様へ還すため活動している聖なる戦士たちさ! ヒャハハハ!」


――ガルファランの牙。三百年前から存在する、邪悪な思想を掲げる武装集団。数多の国々に構成員を送り込み、時に武力を、時に謀略を用いて破壊活動を行う恐るべき者たちだ。


 噂では、様々な組織の上層部に入り込み、自分たちの都合のいいように大地の情勢をコントロールしている……とも言われている。


「アゼル、お前を殺して死者蘇生の力を貰い受けるぜ。その力がありゃ、俺たちの野望、ラ・グー様の再臨の達成に……何十歩、いや何百歩も近付くんだからなぁ!」


「そうはさせません! サモン・スケルトンナイト!」


 そう叫ぶと、ベーゼルは目にも止まらぬ速度でアゼルへ切りかかっていく。が、アゼルが召喚したスケルトンナイトに阻まれる。


「この力は、ジェリド様から授かった大切なものなんです! それを、あなたのような邪悪な人に渡すわけにはいきません!」


「だからよぉ、てめぇを殺して奪うんだよ! その力を……うごあっ!?」


「愚か者が。そのようなこと、私が許すと思うてか」


 スケルトンナイトを真っ二つにし、アゼルに再度攻撃を仕掛けようとしたベーゼルの顔面に、青く輝く魔法のムチが叩き込まれた。ベーゼルがよろよろと後ずさるなか、リリンが立ちふさがる。


「アゼル、ここは私に任せよ。私の実力を見せてやろう」


「は、はい!」


「このクソアマぁ……! よくもやりやがったな!」


 リリンの言葉に従い、アゼルはネネットを守るため後ろへ下がる。一方、ベーゼルは左手で顔を押さえ、憎悪をあらわにしながらリリンを睨む。


「フン、顔を粉砕されなかっただけ幸運と思え。もっとも、幸運は二度続かんがな」


「黙れ! まずはてめえから血祭りにあげてやらぁ! 戦技、ツインスラッ……なんだ? 足が動か……な、なんじゃこりゃ!?」


 怒りに燃えるベーゼルは、リリンに斬りかかろうとする。が、足が動かないことに気付き、足元を見下ろす。いつの間にか、両足に床から生えた黒い鎖が巻き付いていたのだ。


「気付かなかったか? 貴様が悶えている間に、拘束魔法……バイドチェーンを発動させてもらった。たかが剣士如き、動きを封じれば恐るるに足らん」


「ちょっと……バイドチェーンって、かなり高度な魔法じゃない。それを無詠唱で使えるなんて……リリンさんって、何者なの?」


 カウンターの向こうから様子を見ていたネネットは、唖然としながらそう呟く。一方、ベーゼルは鎖から抜け出そうと必死に身体を揺らす。


「うぐぐ……! クソッ、こんな鎖ごときぃ……」


「ムダだ。その鎖から逃れることは出来ん。では……死んでもらおうか」


「ま、待て! 待っ…」


「雷魔法……サンダラル・バンカー!」


 ベーゼルの言葉に耳を貸すことなく、リリンは床に垂らしたムチを右腕に巻き付け、雷の杭へ変化させる。そして、一切の慈悲なく、相手へ叩き付けた。


「うぐあああああ!! ……あがっ」


「終わったな。身の程知らずめ」


 雷に焼かれたベーゼルは、黒焦げになって倒れ込む。冷徹な目で見下ろしつつ、リリンはそう言い放つ。


「アゼル、もう大丈夫だぞ。これで脅威は排除……」


「すごいすごい! リリンさん、とってもかっこいいです!」


「むおっ!?」


 圧倒的な実力差でベーゼルを葬ってみせたリリンを見て、アゼルはいたく感動したようだ。目をキラキラ輝かせ、リリンに抱き着く。


「すごいです! あんな難しい魔法をパパッと使えちゃうなんて!」


「ん……ふふ、そうだろうそうだろう。もっと誉めてくれてもいいんだぞ?」


 対するリリンもまんざらではないようで、頬を朱に染めながらもそう口にする。その時……息絶えたはずのベーゼルが、最期の言葉を発した。


「く、ははっ……。これで、終わりだと思うなよ。一つの牙が砕かれても、より鋭く強靭な牙がまた生えてくる……アゼル、もう……お前に、安住の地はねぇ……ぜ……」


 そう言い残し、ベーゼルは今度こそ息絶えた。


「……望むところです。ぼくは、ガルファランの牙なんかに絶対屈しません。ジェリド様のためにも、ぼく自身のためにも……悪いやつらは、みんなやっつけてやります!」


「ふっ、なら私も共に行こう。この身果てるまで、な」


 大いなる戦いの始まりを感じ取ったアゼルは、拳を握りそう宣言する。リリンも同調し、優しく頭を撫でる。こうして、アゼルたちとガルファランの牙の、長きに渡る戦いの幕が上がった。

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