5話―愚者たちに訪れる未来

――時は少しさかのぼる。アゼルが地上へ送り届けられ、サッコー一味と戦っていた頃。グリニオ率いるパーティー『翡翠の刃』の面々は、凍骨の迷宮の最下層を目指して進んでいた。


「あークソッ、荷物が重くてしょうがないぜ。アゼルの野郎がいりゃあ、荷物持ちやらせたんだがな」


「あのガキを殺すのは帰りでもよかったかもな。ま、いいじゃねえかダルタス。あと一階層降りれば、目的地に到着だ。そしたら帰りは……ん?」


「どしたのよ、グリニオ。あら? 足音が近付いてくるわよ」


 アゼルを殺そうとしたことを微塵も後悔していないらしく、下劣な会話をしながら歩を進めていたその時。彼の前方から、足音が聞こえてくる。


「おいおい、冗談だろ? まだアンデッドどもがいるのかよ、目的地までもう少しだってのに……お前ら、準備しろ」


 足音を聞き、まだアンデッドが出てくるのかとグリニオは気だるげな物言いで仲間にそう指示する。


 


「ちょっと~、なんでこんなタイミングで来るのよ! めんどくさ~、マジさいあく~」


「ホントだぜ。まあ、この足音じゃたぶん単騎だろうよ。俺ら三人なら楽に終わらぁな」


 リジールとダルタスがそんな会話をしていると、彼らが進もうとしていた方向から、漆黒の鎧とドクロを模した兜を身に付けた人物――ディアナが歩いてきた。


 アゼルと会った時とは違い、ディアナの身体は真っ黒なもやのようなものに包まれ、覗き穴から見える目には紅の光が宿っている。闇の騎士は、口を開き声を発する。


『……なるほど。貴様らか。品性の欠片もない、下劣な顔だな。あの所業をしたことにも納得がいく』


「てめぇ、ナニモンだ? ただのアンデッドじゃなさそうだが……まあいいか。先手必勝だ、食らいな! 戦技、シールドタックル!」


 重々しい声でブツブツ呟くディアナに、真っ先にダルタスが突撃する。荷物を放り投げ、背中に背負ったタワーシールドを構えディアナに体当たりを食らわせるが……。


『なんだ、これは? ブラックモスキートに刺された程度にも感じぬな』


「んなっ!? 俺の突撃を片手で……」


 鎧や盾も含め、総重量二百キロを越えるダルタス自慢の一撃は、あっさりと片手で受け止められた。ワイバーンですら転倒させ、並みの魔物であれば一撃で死ぬ威力がある突進を。


「突進だと? こんなものが、か。なら、本物の突進というものを見せてやる。……突進とは、こうするものだ!」


「なっ……うぎゃあああ!!」


「ダルタス!」


 バックステップで距離を取った直後、目にも止まらぬ速度でディアナは突進しダルタスを吹き飛ばす。頑強なタワーシールドは粉々に砕け、半分肉塊と化したダルタスが地面を転がっていく。


「あ、ぐ……がふっ、があっ……」


『案ずるな、全員殺しはしない。それが命令だからな。さて……次は女、貴様だ』


 血の海に沈み、呻き声を漏らすだけの存在に成り果てたダルタスに目も向けず、ディアナは冷徹な声で言い放つ。それは、リジールにとって死刑宣告に等しいものだった。


「ヒッ……! いやあああ!! 来ないでぇぇぇ!!」


「落ち着け、リジール! 協力して奴を倒すぞ!」


「無茶よ! 今の見てなかったの!? あのダルタスが一撃であんなことになったのよ、あたしたちだけで勝てるわけないじゃない! こうなったら、あたし一人でも逃げるわ!」


「あっ、待て!」


 パニックに陥ったリジールは、グリニオを振り払い逃走しようと試みる。が、それを許すディアナではない。滑るように地面を移動し、リジールの前に立ちはだかる。


『私から逃げ切れるとでも?』


「いやあっ! 来ないで、来ないでったらあああああ!!」


 さらにパニックになったリジールは、めちゃくちゃに魔法を乱発する。炎や電撃、冷気の矢が一斉にディアナに襲いかかるも、全て彼女の身体を透過してしまう。


「な、なんで当たんないの……」


『簡単ですよ。相手が私だからです』


 そう言うと、ディアナは手を伸ばしリジールの顔面を鷲掴みにする。そして、相手。身体を持ち上げ、万力のようにゆっくりと力を込めて顔を砕いていく。


「いああああ!! はな、はなじてぇぇぇぁぁあ!!」


『その言葉は聞きません。あなた方は、罪のない子を一方的に嘲笑い、侮辱し、殺そうとした。これはその罰なのですよ』


 バキャッ、というおぞましい音が響いた後、リジールの身体から力が抜けぶらんと垂れ下がる。無造作にリジールを投げ捨てつつ、おもむろに左手を後ろに回す。


 背後から不意打ちで斬りかかってきたグリニオの剣を掴み、攻撃を阻止したのだ。


『フン、愚者だけあってやることも愚劣ですね。反吐が出る』


「てめぇ……一体ナニモンだ? なんでオレたちにこんなことをする!」


『決まっているでしょう? あなたたちは、この先におわす偉大なる王の末裔を辱しめた。だから、制裁を下しに来たのです。この私……聖堂の騎士ディアナが、ね』


「う……おわあっ!?」


 掴んだ剣ごとグリニオを投げ飛ばし、ディアナは右手を真横に伸ばす。濃い闇が集まり、先端に巨大な鉄球が付いた大鎚へと姿を変える。


「末裔? 誰が? まさか、アゼルがか? はっ、バカバカしいな。あの骨を操るしか能のないガキがそんなわけ……」


『黙れ! それ以上、アゼル様を侮辱するでないわ!』


 ディアナに一喝され、グリニオは怯んでしまう。怒りに燃える闇の騎士は、宙に浮かぶ大鎚を手に取り肩に担ぐ。


『気が変わった。他の者どものように一撃で戦闘不能にしてやろうと思ったが……貴様の尊厳の全てを、ここで粉微塵に砕いてやろう』


「やってみろ、このクソアマが! 戦技、ツインスラッシュ!」


 やられる前にやるしかない。そう判断し、グリニオはディアナの懐に飛び込み連続で斬撃を放つ。鋼鉄のゴーレムをも切り裂いたことがある、必殺の一撃だったが……。


『遅い。一挙手一投足の全てが止まって見える』


「!? いつの間に背後に……クソッ! 戦技、ストライク・トック!」


 蔑みの言葉と共に、アッサリと攻撃を避けられたグリニオは振り返り渾身の突きを放つ。が、漆黒の鎧を貫くことはなく、刀身が粉々に砕け散ってしまった。


「嘘だろ!? ドラゴンの鱗すら切り裂くオレの剣が……」


『それで終わりですか、では次は私の番ですね。戦技……イドゥン・スマッシュ』


「がはっ!」


 ディアナは己の身の丈ほどもある重い大鎚を片手で難なく振り回し、グリニオを壁に叩き付ける。全身の骨が砕け、血を吐きながらグリニオは倒れ込む。


「ぐ、うう……。なんでだ、オレはAランクの実力者なんだぞ……こんな、得体の知れない奴に負けるなんて、有り得……ぐあっ!」


『うるさいですね。少しお黙りなさい?』


「うがあああ! 腕が、腕がああ!!」


 しぶとく立ち上がろうとするグリニオの右腕に、ディアナは大鎚をひっくり返し鉄球を叩き落とす。メキメキという音が響き、グリニオの腕は粉砕された。


「ぐあああ! やめろ、やめてくれ! それ以上やられたら、もう剣を持てなくなっちまう!」


『随分と都合のいいことを。自分はアゼル様の片腕を切り落としておきながら、赦しを乞うとは。どこまで自分勝手なのでしょうね、この屑は』


 呆れ気味にそう言うと、ディアナはダメ押しとばかりにもう一度大鎚で押し潰す。傷が完治しても、グリニオの右腕はまともに動くことはもうないだろう。


「あ……あ……オレの、オレの腕……」


『無様ですね。腕に覚えがあるようですが、三百年ジェリド様にお仕えした私からすれば赤子と同レベル。雑魚でしかありませんよ』


 無慈悲にそう言い放たれ、グリニオの心は完全にへし折れた。これまで培ってきた自尊心を完膚なきまでに砕かれたグリニオは、もう生きている意味がないと舌を噛み切ろうとするが……。


「むぐ、むごっ!?」


『自害など許しませんよ。まだ我が王の裁きが下されていませんからね。お仲間共々、さらなる苦しみを味わいなさい』


 闇のロープを作り出してグリニオの口に突っ込んだ後、ディアナは倒れているダルタスとリジールをも覆うほどの濃い闇の霧を放つ。


 少しして霧が晴れると、全員が消えていた。愚者たちは遥かな地の底で、己の犯した罪を償い続けるのだ。永劫なる苦痛によって。

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