第十九話 第六の試練
「錬磨、リリー!」
新たな舞台、及び第六の試練と思しきその場所へと足を運んだ僕達二人を出迎えてくれたのは見憶えのある数人のうちの一人である妹尾雄兎ちゃんで、更にもう一人、
背の低い可愛い女の子がそこにいた。女の子は僕達と目が合うなり、視線をそらし、
「はじめまして。
いいが、
――極度の人見知りなんだな? この子。
こちらの様子を窺いつつ、「あなたが渡良瀬錬磨さん、ですか?」と訊ねてきたの
で、僕は「そうだよ?」と返答してみた。すると飛鳥ちゃんは、「この人が私と同じ
「……?」
――そういえば、
「ねぇ飛鳥ちゃん、今、『私と同じ』って言ったよね?」
「え? あ、はい。それが、何か?」
「もう一人、確か美琴……ちゃんがいたはずだけど、その子は?」
「……」
沈黙。何かとても嫌な予感がする。
――まさか、嘘だろ?
「もしかして……冗談、だよね? みんな」
「冗談なんかじゃねぇよ。あいつは……美琴はやられたよ。担い手のその手でな?」
「そんな……」
――いや、違う、
「……どんなふうに殺されたの?」
「簡単な話だ。あいつの能力をそのまま真似されたんだ。要は自分の能力をそのまま
食らっておじゃんってこった」
「……」
正直様ぁ見ろと思いたいところだったが、それでも、一先ずは僕達と同じ十五人の
選ばれし者として、出来れば一緒に生きて帰りたかった。
――これで、僕が知っている限りの脱落者は四人……、
「いいえ、これで五人目でございます」
「な、何で解るの?」
「わたくし達禁忌の
事が可能でございます」
「訊いてないんだけど?」
「申し遅れていました。お許しくださいませ」
「まぁいいけど」
――いや、よくはない。ううん、よくないよ。よくないに決まってるよ。
――アリス。
やっぱり全部あいつが悪いんだ。あいつのせいで次々と仲間が、友達が、みんなが
……、
「殺す」
「こ、殺すって、まさか私を、ですか?」
「へ? そ、そんな訳ないじゃん、変な事言わないでよ」
思わず内心で思っていたことが口に出てしまったようだ。拙いな、変な不安をいだかせてしまったのなら、それ相応に誤解を解かなくては。
「別に僕はそういう意味で言ったんじゃないんだ。だた、僕にはどうしても許せない
奴がいるんだ。そいつは……」
僕がその名を口にしようとした途端、どこからか、「私の事ですよね?」という、
一番耳にしたくなかった声が聴こえてきた。
――アリス!
「久しぶりですね? 錬磨さん、そして皆さんも」
「そうだなアリスちゃん。元気にしてたか?」
僕は沸き上がる怒りをこれでもかというほど露わにさせながらそう訊ねた。無論、
それに対して奴はにこやかに返答し、「また、会えましたね?」と、何やら意味深な
笑みを浮かべてきた。その笑みが不気味で、何よりそれ以上に腹立たしく、僕はこの
少女をいち早く殺してしまいたいという衝動に駆られていた。
――こいつのせいで、僕達の全てが狂ってしまったんだ。
――こいつのせいで、こいつのせいで……、
「アリス!」
「どうしたのですか? そんな恐い顔をして。私が何か気に障る事でも?」
「とぼけるな。僕達の仲間が五人、どうなったのか、お前なら解るよな? アリス」
「敗北したのでしょ? 弱い者は皆さんそうです。夢の中で死に、強い者だけが次の朝日を迎える。この世の
アリスは一切悪びれるふうもなく言葉を紡いでいる。それがあまりにも耳障りで、
目障りで、頭にきた。
――だけど、
今はまだその時ではない。まだ僕は死ぬ訳にはいかない。ここで無駄死にすれば、
今まで命を落としていった仲間に頭が上がらなくなる。そんなふうに、僅かな理性が
働いたお陰で、僕は辛うじて自分を維持出来ている状態である。
――何より今はリリーちゃんがいてくれているし、そして春間がいる。だから、
「おい」
「何でしょうか?」
「次の舞台は、ここでいいんだよな? アリスちゃん」
「無論です」
「ならいい……アリス」
「何でしょう?」
「絶対に許さないからな? お前の事」
「……お好きにどうぞ」
それではこれで。そう言って、奴は静かに姿を消した。
――チッ!
舌打ちをし、僕はこのやりきれない怒りを果たしてどうしてやろうかと思ったが、
残念な事に僕の友達に八つ当たりする訳にはいかない為、どうの仕様もなく、それが逆にストレスになってしまっていた。
「仰せのままに」
僕の心中を読み取ったであろうリリーちゃんがそう言い、
「ごめん」
彼女を呼び、再び(以下略)。
「お前、ただ単にリリーにそうして貰いたいだけだろ?」
雄兎ちゃんが僕にそう訊ねてきた。僕はごまかすことなく「バレた?」と応えた。
すると彼女は、「この変態が」と言って呆れたような表情になっていた。しかしそれ
でも、「ま、それはそれでお前のストレス解消になるなら仕方ないよな?」と言ってその場はスルーしてくれた。
「ところでお前、ここの担い手、探さなくていいのかよ?」
「そうだった。それじゃあリリーちゃん、ありがとう」
「礼には及びません。わたくしでよければ、いつでもどうぞ?」
――さて、
「行くか」
リリーちゃんと手を取り合い、僕はみんなを引き連れた。
今回の舞台は、見たところどこにでもあるような普通の街並みだった。無論、前回
の様な商店街などではなく、雲一つない晴天が見上げられる、ごく普通の街だった。
強いて言うのであれば、
「にゃあ」
一匹の黒猫が喉を鳴らしながら僕にまとわりついていた。その首には金色の綺麗な鈴が付いた赤い革の首輪を巻いていた。要するに誰かの飼い猫らしい。それでもどう
いう訳だか初対面である僕に懐いてくれたらしく……いや、或いは元から人懐っこい
のかもしれない。そう思い、僕はその猫を抱き上げ、「どこから来たんだ?」と話しかけてみた。だが無論、返答などあるはずが……、
「にゃあ」
再び喉を鳴らし、尻尾を上下に振り、そしてその小さな手で僕の手を叩いてきた。
その行動が、まるで地面に下ろしてくれと言われているような意味に取れた為、僕は
その猫をそこに下ろしてやった。
するとその猫は一旦背を向けてからこちらを振り返り、どこかへと向かって行った。その姿が、まるで僕達に対して「一緒に来い」と言っている様な気がしたので、僕は
みんなに、「付いて行ってみよう」と言い、後を追う事にした。
「やっぱり、来てくれたんだ?」
僕達がその猫によって連れて来られたのはとある浜辺だった。そこには当然ながら
広く大きな海が一面に広がっており、一切のゴミなどがなく、とても青く澄んだもの
で、どこかのテレビ番組でも見たかのような、一切の汚れのない、とても美しいもの
だった。
――いや、それより、
「こんにちは。僕は渡良瀬錬磨。そしてこの子達は僕の友達の、春間、雄兎ちゃん、
和毅君、咲夜ちゃん、飛鳥ちゃん、そして、」
「リリー・アルスフォン・デュバナでございます。以後、お見知り置きを」
一通りの自己紹介を終えたのを確認してから、その少女は「青井海」と名乗った。
その子は鮮やかな青色の髪と真っ白な肌、そして王道の薄手の白いワンピースに身を
纏っていた。
「漢字は文字通りだから細かいところは気にしなくていいよ? それよりキミって、
渡良瀬錬磨君、て言ったよね?」
「そうだけど?」
するとその、海ちゃんと名乗った少女はこちらに向かって歩みを進め、「ようこそ
〈命の選択〉の折り返し地点へ」と前置きし、「ここを乗り越えればあと少しだ」と
言ってきた。
「それってつまり、もうすぐであいつを殺せるって事、だよね?」
「まぁそうだね。でも……あまり油断はしないほうがいいと思うよ?」
「それ、どういう意味?」
丁度僕のすぐ傍まで来ていた海ちゃんに、僕はそう訊ねてみた。すると海ちゃんは
僕の顔を窺うなり、「キミはこの僕を倒すことが出来るかな?」と訊ねてきた。その
言葉の意味自体は解っているが、しかしこんな聞き分けのいい子と一戦交えるなて、
正直、可能であれば僕はごめんだ。だから僕はそうならないように海ちゃんに交渉を
「悪いけど、無理だね?」
だった。やはりそうだよな? 内心では確かに理解していた。けれどここまで話を解
ってくれる担い手の子は正直、いや、ハッキリ言ってこの子だけだった。だから僕は
かなり残念だった。願わくば、或いは友達になりたいとすら思ったからである。だが
それはあまりに単純すぎる考えだったらしい。だから僕は覚悟を決め、海ちゃんに、
いや、この第六の試練の担い手である、青井海に挑む事にした。
「解った。それじゃあ、その試練、早速受けさせて貰うよ」
「いいよ? それでこそ、この十三の試練と……アリス様に選ばれただけの事はある
というものだ」
――僕が奴に選ばれただって?
「ちょっと待ってよ、それってどういう意味さ?」
「おっと、こいつは少しばかり口が過ぎ手しまったようだね? でもいいさ、どうせ
今更隠すようなことでもないしね?」
「だからどういう事さ?」
「それじゃあ教えてあげる。錬磨君、キミはね、アリス様から生かされているんだ。
要するに、キミがこれまでの試練を勝ち続ける事が出来たのは、全てアリス様からの
ご加護があったからこそのものなんだ。解るかい?」
「……何だって?」
冗談はやめてくれ。そう言いたかったが、しかしよく考えてみれば確かにその辺に
心当たりがない訳ではなかった。何故なら――
『あなたの死は、この私が許しません』
――まさかあの時僕を救ってくれたのは……。
――嘘だろ?
「どうやら思い当たる節があるようだね?」
「……まぁね? でも、仮にそうだとして、じゃあ何で、あいつは敵である僕に加担
してくれたんだよ?」
「そこまでは解らないよ。でも、もしも可能性があるとすれば……」
ニヤリと笑いつつ、「キミでは恐らく、アリス様を倒す事は不可能だろうね?」と
言って僕を挑発してきた。
――やっぱりこの子も担い手かよ。
担い手、それはつまり極限まで相手を追い込み、そして試練と称して相手を苦しめつつ、その意志を確かめる存在。今までの子達もそうだった。それぞれの試練の内容は、今に思えば確かに心身に応えるものばかりだった。いつどこで僕達が息絶えるか解らない中、とうとう脱落者が五人も現れてしまい、この僕自身にも王手が掛かってしまっている。僕には実質右腕が存在しない状態だ。しかし、それは辛うじて唯一のパートナーであるリリーちゃんの手によって補われている。故に当然ながら、もしもリリーちゃんを失ってしまったら、僕も僕でジ・エンド。という訳である。
「それで、今回の試練は一体何さ?」
「そう恐い顔をしないでくれよ。なに、時間はたっぷりある。それにキミにはアリス
様が付いていてくているから、そう焦る必要もないよ。でも、キミがそのつもりだと
いうのであれば仕方がない。それじゃあ説明させて貰う。今回の試練の内容をね?」
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