第十八話 黒坂真宵 

「真宵ちゃん、だっけ? 春間をどこに連れて行ったの?」

「それをあなたが知る必要はないわ? 何故ならあなたはここで……死ぬのだから」

 そう言うと、真宵はあの時と同様に右手を翳し、「来なさい」と呟いた。すると、

その闇夜の中から一人、また一人と、見るも無残な少女達の死体が姿を現した。言うまでもなく、春間のように皮膚が剥がれた者や片腕を失った者、そして、

「酷い……」

 中には下半身と片腕を失いながらも這ってこちらへ向かってくる者もいた。流石の

僕でもそればかりは見るに堪えず、やはり目を逸らしそうになった。だが、今ここで

目を逸らすという事は、それ即ち春間をも拒絶する事に値する為、故に僕は、そんな

少女達から目を背ける事なくそちらのほうへと向き直った。

「真宵ちゃんがどうしてそんな特異な力を有してしまったのか、せめてそれだけでもいい、どうか教えてくれ」

 死にたくはない。だが、むしろだからこそ僕はそう頼み込んだ。教えて貰えれば、

恐らくはきっと、彼女の事も救う事が出来るはずだと思ったからである。

「頼む、真宵ちゃん」

「……」

 リリーちゃんと手を取り合い、迫りくる少女の死体と対峙しつつ、僕は真宵が次に

何を口にするかを待った。

 ――あわよくば、どうか……、

 だが、彼女から次に発せられた一言は、僕が期待していたものとは大きく異なって

いた。

「……あんな事さえなければ、あんな家にさえ生まれなければ、私は、私は……!」

「あんな事? どんな事なんだ?」

「私の家は代々継がれている、いわゆる葬儀屋だった。そして我が家は酷い事にこの私の年でも火葬を任された。だから私は、葬儀がおこなわれる度に、火葬も任され、そして……」

 今相手にしているのは仮にも少女であるが故に、僕達は、少なくとも僕は、可能な

限り手荒にならないように倒していった。その間、真宵が次にどのような行動に移る

のかを見極め、決して視線を放さないように注意した。

「死して尚、こんな事をしなければならないなんて!」

 両手を左右に広げ、眼を見開き、恐ろしい形相を見せた。そして、「だから私は」

と言って瞼を閉じ、こう言った。

「私にこんな役目を課せた両親に対して復讐する為の意味も込めて、〈命の選択〉

に参加しているあなた達を倒さなければならない。だから怨むのなら私達ではなく、

そういった切っ掛けを与えた者達を怨みなさい」

 確かにその部分に関しては彼女の言う通りである。だがそれとこれとは話が別だ。

僕は生き残っているみんなで、或いはせめて、春間も含めた僕の友達みんなで、この

夢から脱出したい。いや、しなければならない。だから、

「それは出来ない!」

 そう言って、僕はリリーちゃんに命令を下した。

「リリーちゃん、今こそ真の姿を示せ!」

「仰せのままに!」

 決して私を嫌わないでください。そう言って、リリーちゃんは本来の姿に覚醒し、

その美しくも醜い姿を露わにした。

 ――リリーちゃんの本当の姿。やっぱり恐いよ。

 紋章が輝きを帯び、痛みと共に熱さが僕の身体を襲った。これがパートナーと主の関係性を確かめさせられる行為、だと思う。まだ二回目なので確信はないが、恐らくそのはずである。

「黒坂真宵様、今宵あなた様のそのお役目を、このリリー・アルスフォン・デュバナ

が終わらせて差し上げます」

 ご容赦を! そう言って、リリーちゃんは真宵の元まで一直線に向かって行き、壁となる少女達を一人、また一人とその右手で薙ぎ払っていった。そして、

「あなた様ご自身が成仏し、ゆっくりとお眠りなさい!」

 果たしていかに彼女にとどめを刺すつもりなのか? そう思いながら僕は見守り、

真宵は反射的に瞼を閉じた。そんな彼女をリリーちゃんは優しく抱擁しつつ、「心配

しないで?」と言い、「もう、何も恐くないから」と、優しく語り掛けた。

「つらかったわね? 苦しかったわね? 悲しかったわね? そして何より」

 真宵の小さな頭を撫で、「ごめんね」と、何故かリリーちゃんが謝罪の言葉を口に

した。

「こんな形でしかあなた達を救ってあげる事が出来なくて、本当に、ごめんね」

 真宵は……真宵ちゃんはリリーちゃんになされるがままとなり、「ごめんなさい」と言って泣きじゃくり、その言葉を何度も何度も繰り返した。

「真宵ちゃん、こんな場面でまた訊ねるのは卑怯極まりないかもしれないけど、もう

一度だけ訊くよ? ……春間はどこなの?」

「あの子なら大丈夫。きっと、次の試練で再会出来るはずだから……でも」

「でも?」

「あの子にはもう時間は残されていないみたい。これは私も想定外の事だったから。

だから、それだけは許して」

「……それはつまり、あの子はもうすぐ死ぬ。って事?」

 真宵ちゃんは無言だった。恐らくは肯定の意味だろう。そう受け取った僕は、これ以上は何も言わずに、素直に「解った」と言って、「ありがとう」とお礼を述べた。

「それじゃあ真宵ちゃん、僕達はそろそろ……」

「待って」

「何?」

 僕がそう訊ねると、真宵ちゃんはリリーちゃんから離れ、僕のほうまで歩み寄り、

「黒坂真宵は、今宵をもちまして、葬儀屋を畳ませて頂きます」

と言って、

「さようなら」

 静かに、深い闇夜の中へと姿を消していった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る