第十七話 呼び声
新たな担い手である黒坂真宵と名乗る少女は、そんなふうに簡単な自己紹介を述べるなり、「それでは、そろそろ春間さんの事はお預かりするとしましょう」と言って、
右掌を春間に翳した。すると、まるで念動力か何かをかけられたかの様にその小さな
身体が起き上がった。そしてその真宵という少女と手を取り合い、「行きますよ?」
という一言と共に、二人の姿が消えていった。
「ま、待てっ!……クソッ!」
また春間かよ。また大切な子が、また、また……、
――何で、どうして僕ばかり。
――僕の大切な人ばかりが、こんなふうに……、
「リリーちゃん、ちょっと抱いてくれ」
「仰せのままに」
彼女の大きな胸に顔を埋め、僕は静かに涙を流した。
しばらくして、「落ち着いた?」と訊ねられた僕は、「うん」と返事をし、やっと
本来の自分に戻れたのを確認したうえで、みんなに「行こう」と言って、真宵の後を
追った。
今回の試練の舞台はそこら中から際限なく線香の香りが漂ってくる。まるでどこも
かしこも誰彼構わず亡くなってしまったかのように。
――こんなのが服に染み付いたら幾ら香りはよくたって状況が状況だから寝覚めが
悪くなっっちゃうよ。
そんなふうに思っていると、どこからか、「お兄ちゃん」と呼ぶ様な声が聴こえてきた。僕は反射的にそちらのほうを向いてみた。するとその場所、墓地には、一人の
女の子が佇んでいた。その顔は蒼白で、まるで、いや、明らかに生きてはいない存在
であるとすぐに認識出来た。しかしそれでも、確かにその少女は僕のほうを見つめ、
何かを言いたげな様子だったので、僕はその子に、「どうかしたの?」と声をかけてみたが、しかし返答はなく、それどころかみんなから、「いきなりどうしたのよ?」や、「向こうに誰かいるのか?」と訊ねられたので、僕は、「だって向こうのほうに
女の子がいるじゃないか」と言ってみた。するとその後、第一声に雄兎ちゃんがこう言った。
「悪いが錬磨、お前には見えたかもしれないその女の子どころか、そもそも墓地事態どこにも見えないんだが?」
お前らもそうだろ? と、雄兎ちゃんはみんなに確認を取った。すると全員が全員
共頷き、「大丈夫か?」と訊ねられてしまった。
「……え」
――嘘だろ?
「だ、だってほら、そこに墓地があって、その中に女の子が……」
いるじゃないか! そう言葉を続けようとした時、「無駄だよ?」と、再び少女の
声が聴こえてきた。
「私の姿と声は、お兄ちゃんにしか聴こえないし見えない。でも安心して? 決して
誰にも害は与えないから。ただ一つ、お願いさえ聞いてくれれば、ね?」
「お願い?」
「どこから願い乞う声が聴こえてきたとしても、決して耳を傾けないで」
「どういう事」
「それを知ってはいけない。知った時点で、あなたは脱落してしまう」
そんな意味深な一言を残して、少女は消えていった。
「……あれ?」
どうやら僕はそのままの状態で立ちっぱなしだったようだ。
――そういえばさっき、誰かが僕に呼びかけていたような?
「っていうか、みんなは?」
そう思った時だった。どこからか、「苦しいよ」と言う声が聴こえてきた。
「お願い、助けて」
明らかにつらそうな声音だったので、思わずそちら側を向こうとした時、『決して
耳を傾けないで』という、何者かの声が頭の中に響いてきた。この声は確か……、
「お願い、助けて、苦しいよ」
「苦しいよ、狂しいよ、来る死いよ、kurusi……」
無限に聴こえてくるその悍ましい声に、僕は思わず何度も振り返りそうになった。
だがそれでも、僕は僕に向けて呼びかける『耳を傾けるな』という言葉だけを信じ、
懸命に、それでこそ逃げるように先を急いだ。
「みんな、どこにいるんだ!? いるなら返事をしてくれ!」
懸命に走り、みんなの姿を探してみた。だが誰一人として僕に応じてくれる気配は
……、
「錬磨、無事だったか」
――この声は、雄兎……、
『耳を傾けないで』
――で、でも、相手は僕の友達の……、
「どうした錬磨? あたし、どこか変な部分でもあったか?」
『決して誰にも耳を傾けないで』
「おい錬磨、どうしたんだよ? あ、まさかあたしの事疑ってるな? ったく、仕方
ねぇな? あたしだよあたし」
『逃げて!』
何者の声かも解らぬその一言に導かれるがまま、僕はいずこへと向かっていた。
「待てって……言ってんだろうがっ!」
何者かの声は、しかし僕の知っている雄兎ちゃんのものではなかった。まるで本当に何者かが化けているかのような……、
――化けて?
そういえば、僕は今一体どこへ向かっているのだろう? 更にもっと言えば本当に
みんなはどこへ消えてしまったのだろう? もっと言えば、今僕に語り掛けている二つの声、それ自体が……、
その時、僕の左手の甲が激しい痛みに襲われ、それと同時に紋章が微弱ながら明滅
し始めていた。
「そんな、まさか!?」
原因不明の明滅に意味不明且つ正体不明の現象の前に、今現在の僕は成す術もない
ままであり、もしも本当にこの事態が進行していくというのであれば、下手をすれば
僕は……、
――いや、落ち着け。
こういう時こそ焦ってはいけない。原因が解らないのであれば探ればいい。確かに
当てはないし、僕への『呼び声』に従うしかないようだ。従うしかない様だが……、
――本当にそれでいいのか?
もしかしたらどちらもフェイクなのかもしれない。だとすれば、
――賭けてみよう。
もしも僕の考えが正しければ、
「最期の
――頼む、来てくれ、
「リリーちゃん!」
「仰せのままに!」
――リリーちゃん……、
「……なんて、そう都合よくいくはずないでしょ?」
「え」
リリーちゃんの姿が徐々に変貌していった。その姿の主は黒坂真宵のものであり、
しかし先程のような上品な容姿ではなく、まるで以前から死んでいたとでもいうかの
ような乾ききった肌を持つ、美しいというには余りにも程遠いものだった。
「真宵ちゃん……それじゃあつまり僕は……」
「ご想像にお任せしましょう。しかし残念ですね? まさか高生存を期待されている
明滅が激しくなっていく。マジかよ。僕は今度こそ、ここで、ここで……、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
リリー、雄兎、和毅、美琴、誰でもいい、誰でもいいから早く僕を助けに来てくれ!頼むから……お願いだから……、
「誰か……誰か……」
「なんて醜くて無様なのかしら? こんな男が、よくもまぁあの担い手達を倒せたものね? まぁ所詮は人間、誰かに頼らなければならず、たった一人では何も出来ない存在。この夢に選ばれたこと自体が、悪運の尽きだったようですね?」
毒づかれているのは解っている。でも僕は命が惜しく、ただただ助かることのみを考えていた。こうしている間にも進行状態は悪化し、腕の痛みはピークに達しようと
していた。いや、最早達していた。というのが正しいのだろうか?
「……はっ」
――終わった。
膝から崩れ、いつの間にか満月の夜と化していた空を呆然と見上げていた。
「リリー……ちゃん……」
「お呼びですか? マスター」
「……っ! リリーちゃん?」
僕の背中に当たる大きく柔らかな二つの感触。間違いない。この胸は……、
「……ありがとう、リリーちゃん」
「遅くなってごめんなさい。お詫びに、後で何でも好きなことをしてあげるわね?」
リリーちゃんが溜め口になった時は僕をからかっている時を省けばこんなふうに超
大マジの時である。要するに、今現在の僕の状態は……、
――死ぬかと思った。
そんな状況を、僕より少し向こうのほうで窺っていた黒坂真宵は、「本当に悪運の
強い人」と僕を罵っていた。どうやら僕がくたばりかけてた様子を面白おかしく観察
していたらしく、ある意味で当てが外れたらしい。
――いや、それより、
「リリーちゃん、一言いい?」
「何でしょうか?」
僕は安堵と恐怖、その他諸々のなんやかんやをゲロった。
「恐かったよ〜!」
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