第十五話 Treat or Trick

「私は気に入らなかった。知りたかった。何故あの時私があのような目に遭ってしま

ったのか、一体何が原因だったのか、そして何より」

 歪めた顔を僕達に向け、「何故この私から、子供たちの笑顔を奪ったのかを!」と

言って、僕にこう訊ねてきた。

「渡良瀬さん、もしもです。もしもあなたが何者かの手によって大切な人を奪われた場合、果たしてどうしますか?」

「殺す」

 即答した。無論である。そのような質問、返答など考えるまでもない。殺されたら

殺し返す。せっかく夢の世界に迷い込んでしまったのなら、せめてそれくらいは許されるはずだ。

 ――そうだよね? メリーちゃん。

 そして、

 ――アリス。

 僕はお前を、必ずこの手で、

「殺す!」

「最期の瞬間ザ・ファイナル!」

 誰とは言わず、僕が託された最後の切り札、僕の左腕に力を込め、そう唱えた。

「華菜ちゃん、キミの望みを言ってみて欲しい。今宵は、もっと言えば、この試練の

テーマは死の大舞台サーカスだ。そして合い言葉は」

「trick or treat」

 僕と彼女の声が重なった。どうやら思っていた事は同じようだった。であれば話は

早い。そうでなくては、説得のし甲斐がないというものだ。

 ――それじゃあ早速、

「リリーちゃん、みんな、行くよ!」

 その手で胸を押さえつけ、彼女達に号令をかけた。

「それでは開園のお時間です。どちら様も命のご準備を……おいで、みんな」

 華菜ちゃんがそう呟いた時、どこからか、「お客さん」や、「お菓子欲しいな?」という声が聴こえてきた。

 そしてその声は、予想通りの形として具現化された。

「……『その子達』が、キミの武器、なんだね?」

 或いは血まみれ、或いは欠損した部分に包帯を巻き、或いは――

 余りにも見るに堪えないその仮装姿に、僕は目を背けそうになった。

「錬磨さん、あなたに一つ、訊ねたい事があります。いいですか?」

「……何?」

 ゆっくりとした足取りで、しかし確かな歩調でこちらへ近付き、「あなたはこんな

私達を、受け入れてくれますか?」と言った。

「それがキミの望みなんだね?」

僕からのその質問に、しかし彼女は応えず、 「trick or treat !」と、僕達に向かって

華菜ちゃん達は今度こそ攻撃を仕掛けてきた。果たして彼女は何を求めていたのか?

正直理解に苦しむが、しかしそれが、或いは何かの宣告、または警告及び忠告なのであれば、それを受けたこの僕自身がそれに応えなくてはならない。

「春間、ちょっとの間、そこでお利口にしててね? ……リリーちゃん、キミは僕の

手を取って。雄兎ちゃん達は僕達の援護に回って。いいね!」

 本当は子供に手を上げるのは嫌だけど、これが試練だと言うのであれば仕方ない。


「錬磨さん」

 戦闘の最中、華菜ちゃんが僕に呼びかけた。

「あなたは一体、何の為にこの試練に臨んでいるのですか?」

 何となく、何度も同じような事を訊ねられたような気分だが、しかしそれでも僕の

応えは変わらない。僕は即断即決に、「アリスを殺す為だ」と返答した。だがそんな

僕の応えに対して、華菜ちゃんは、「それは恐らく、いいえ、絶対に今のあなたでは

不可能です」

と言ってきた。

「……何でだよ?」

「何故なら、それは――」

 その時、心臓が大きく脈を打ち、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。

 ――何だ? 今のは。

「――それは、あなたの覚悟が未だに定まり切っていないからです」

「な、何言ってるのさ!? 僕は当の昔にあいつをこの手で……」

「ではもう一つ、あなたにとって、最も大切な存在は果たしてどなたですか?」

「そ、それは……」

 脳裏に映るのは今まで僕を支えてきてくれた仲間達、いや、友達の姿だった。確かにみんな優しい子ばかりだし、僕はみんなが大好きだから、一人に絞るのはとてもではないけれど難しい。

 ――でも、今はそれどころのじゃない。誰か一人を選んでいる場合じゃないんだ!

「一人に絞る事は出来ない。でも、ただ一つ言える事は、みんなが僕の大切な友達で

あるという事だ!」

「……やっぱり、そうきましたか」

 まるで期待を裏切られたとでも言いたげな表情をつくり、「では一つ、忠告をして

おきましょう」と言った。

「私が何を担っているか、何を試す為の存在か、そして、果たしてどのような過去に

縛られた存在か。それを教えしましょう」

 さぁさぁご覧あれ、今宵も開園となります私共の大演目。どなた様もご遠慮なさらずお越しくださいませ。一度目の当たりにした以上、必ずや魅入られるでしょうこの

素晴らしき我らが、

「命の大舞台を!」

「っ!」

 詠唱、しかも二つ目のそれが終了した途端、僕達が今いるこの闇夜の空間は真っ赤に染まっていた。それはどこぞのナントカゲームでもあるかのような血のような赤の

夜空で、更にそこに浮かぶ大きな丸い月はそれよりも鮮やかな紅色に染まっていた。

それを目の当たりにした僕は、思わず吐き気を覚え、余程恐怖心が芽生えていたのだろう、無意識的に身体が震えていた。

「知ってましたか? 十三人の私達担い手の中にはごく稀に、私のように複数の詠唱

を唱える権利を有する者が存在します。しかしそれにはある条件が存在し、その条件

は一言で言えば、二度以上の輪廻を繰り返した者にのみ許される。という事。そして

私はその条件を満たし、現在に至ったうえで担い手となりました。それはもうとても


苦しく、切なく、そして……」

 いつの間にか、彼女のその真っ白な両手が僕の頬に触れていた。

「あなた達を殺す為に。特に、あなたのような、何を受け入れる訳でもない、誰かを

守るつもりでもないような、そんな中途半端な人間を殺す為に」

「trick or treat !」

「うっ!」

 僕の中で何かが砕けるような音がした。それと同時に、まるでチョコレートのよう

な甘い香りが鼻腔をくすぐった。これは、まさか……、

「私があなたにあげたお菓子は返してもらいます……言い忘れていましたが、これを奪われた以上、あなたはもう、試練を受ける権利を剥奪されたに等しいと思ってください」

 同時に、僕の左手の紋章が明滅しはじめた。このままでは拙い。意識的には解って

いるのに、身体はあの時のように言う事を聞いてくれない。

 ――クソ、動きやがれこの野郎!

 一向に明滅は治まらない。それどころか激しさを増していくばかりだった。僕は今度という今度こそ、「まさか本当に?」や、「こんなところで?」といった恐怖心に

駆られていた。涙が溢れてくる。こんな事ならもう少しまともに生きてくればよかったとすら思いはじめていた。

「……ごめんなさい……お母さん……」

 何もかもを諦めかけたその時だった。

『許しません』

 頭の中で、誰かの声が聴こえてきた。

『あなたの死は、この私が許しません』

 長く美しい黒髪をもつ白い影に覆われた顔の一人の少女が僕を抱擁した……ような

感覚があった。

『諦めないで。私があなたを愛してあげるから』

 だから。その一言のせいだろうか? 身体の奥から力が漲ってきた。同時に明滅は

治まり、そして、

「まだだ!」

 膨大な純白のオーラが僕の身体から溢れ出してきた。

「ごめんね華菜ちゃん? 悪いけど、やっぱり負ける訳にはいかない。だから……」

 彼女の方へと視線を向け、鋭く言い放った。

「僕はここで、キミを……キミ達を殺す!」

「 I’ll trick you or treat me 《イタズラはしない。だからお菓子をあげるよ》」

 無論、そのような英語は存在しない。だが、その言葉の意味の逆の発想といえば、

或いはこの場でのみ、意味は通じるはずである。

「アンチ・マジック……なるほど、そういう事ですか」

 華菜ちゃんも僕の意図を察したらしく、小さく溜息を吐いた。        

「trick or treat 、それの本来の意味は、『我らをもてなせ。さもなくば災いが訪れるであろう』。という殺し文句。つまりあなたは、どのタイミングでかは解らないけれど、その言葉がとっさに浮かんだ。というのですね?」

「そうかもね? だから……」

「あなたのこれを奪い取った時点で、私達の敗北が決した。という訳ですね?」

「そうだね。でも……」

「happy Halloween」

 そう言って、僕は華菜ちゃんを抱きしめた。

「これで、少しは報われるといいね? 華菜ちゃん」

「……っ!」

 僕の胸の中が何か温かなもの濡れたのを感じた後、

「はい」

 華菜ちゃんは淡い光に包まれた。そして、

「これにて今宵の大道芸はお開きとさせて頂きます。どなた様もお忘れ物のなきよう

お願い申し上げます。それから……」

 僕のほうを見上げ、

「『私達』をもてなしてくれて、本当に、ありがとう」

 私の名は楠城華菜、たった一人の大道芸を担う者にして、真心を試す者。そして、

「trick or treat」と言って、光の砂となって暗い闇夜へと消えて行った。

「……はぁ」

 気が緩んだ途端、勢いよく腰から力が抜け、その場に倒れてしまった。一応今回も

僕達が勝てたようだが、まさかあのような事になるなんて、正直思いもしなかった。

そう思いながら、僕は今宵も美しいこの夜空を眺めていた。

「お疲れ様です、マスター」

「うん、ありがとう。リリーちゃん」

「しっかし驚いたぜ。あのガキ共、あたしの攻撃全部避けやがるんだからよ。お陰でこっちのほうが防戦一方だったっつうの!」

「まぁまぁ。それより、ごめんね春間……春間?」

 そこに春間の姿は見当たらなかった。まさか、また美琴が?

「おい美琴、お前、春間の事知らないか?」

「え、何で、私に訊くのよ?」

「いいから応えろ!」

「その子だったら、次の試練でお返し致しますわ?」

 何者かの声に導かれるように僕達はそちらへと視線を向けた。僕達のすぐ向こう、

正面にいたのは、やはり一人の少女だった。その少女は両手を腿の前で丁寧に重ね、

まるで全てを見透かすかのような大きな黒い目でこちらを見つめていた。

「春間さんでしたら、ほら、こちらに」

 少女の傍にいたのは、或いは何事もないかのように気持ちよさげに眠っている春間

本人の姿だった……。

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