第十三話 Trick or Treat
「和毅君達、大丈夫かな?」
ふと、僕はポツリとそんな事を呟いた。少し前に彼らと別れてから僕は雄兎ちゃんと合流したばかりなので、今現在、そんな彼らがどこでどのように行動しているかは
解りかねる。故に、多少の不安を覚えた事もあり、僕は気を紛らわす為、今この場に
いるみんなに向けてこう投げ掛けてみた。
「このお菓子、どんな味がするんだろうね?」
――まぁ実質的に食べるなと言われてる様なものだから、今の僕の質問はほとんど
無意味に等しいんだけどさ?
「確かに、あたしも少し気になるな? 一口くれよ……なんて、冗談だよ、冗談」
面白おかしく笑う雄兎ちゃんをジト目で睨みつつ、内心で、「お気楽な子だな?」
などと思いつつ、「冗談でも質が悪いよ? それ」と注意し、「でも、確かに気には
なるよね?」と言って、先程貰ったそれを見つめた。
――まさか特殊な何かが混入されてある。とか言うなよ?
多少冗談を踏まえつつ、僕はそう思った。
「恐らくですが、そのようなものは多少も入ってはいないかと思われます」
リリーちゃんが唐突に口を開いた。どうやら僕の心中を読んだらく、それに対して
僕は何も驚くこともなく、「どうしてそう思うの?」と訊ねてみた。すると彼女は、「もしもそのようなものを貴方様にお渡ししたのであれば、その時点で、最早試練も
何もあったものではないはずだからでございます」と言った。確かに彼女の言う通り
である。ここでその様なものを渡そうものなら、例え先程の少女、華菜ちゃんの忠告
通りに今ここでは口にせずとも、どのみちおじゃんで僕はこの試練から脱落する羽目になってしまう。
――それだけは何をどう間違っても絶対にごめんだね?
そう思いつつ、僕はそれをズボンのポケットにそっと仕舞った。
「トリック・オア・トリート」
誰かがそう口にした。誰だ? こんな夢の中でまで。そう思いつつ、一先ずは声の
聴こえたほうへと向いてみた。すると、そこには一人の小さな子共がいた。まだ幼い
うえに何かの仮装をしている為、男の子か女の子かは解らなかったが、しかしそれでも、その目的は明らかだった。そう、僕の持つ、あのお菓子である。
「ごめんね? これは僕の大切なお友達から貰ったものだから、キミにあげる訳には
いかないんだ」
「……trick or treat」
――何となく、嫌な予感がする。
「お菓子をくれないならその命をよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
いよいよ本性を現したその子供、基、
――ああそうか、なるほど、そういう事ね?
あの女の子が口にしていたその『意味』がハッキリと解った。
――要するに、先程あの子が口にしていた私というのは、自分を示すいわゆる『私』ではなく、あの子が生み出した分身、つまりこの『子供』を指していたのだ。
――参ったな? 流石の僕でも、子供に手を上げるような真似だけは……、
そう思っていた時、
「ホールド」
その一言と共に、
「チェック・メイト」
パチンという指を鳴らす音が聴こえてきた。
――いや、それより、この声は、まさか……、
「なんだ、やっぱりあんたか。久しぶりね? この弱虫」
「……やっぱりお前か。あの時は、よくも春間を!」
「落ち着いてください。いいことマスター、今あなた様がムキになられれば、恐らく彼女の能力で敗北なさるのは間違いなくあなた様の方でございます。確かにあなた様
のお気持ちは充分に理解しております。けれど、それでも立場というものは充分にお
考え下さいませ。あなた様は一体何の為にこの試練に臨んだのか。そして、一体今、
どのような目的があるのか。それさえ考えれば、おのずと、今の貴方様の為すべき事
が見えてくるはずです。故に、失礼ながらもう一度口利きさせて頂きます。貴方様の
目的を見誤らないでくださいませ」
リリーはいつものように僕を抱き、その大きい胸の感触を堪能させつつ、優しい声音で叱りつけてきた。それがリリーのやり方である。あくまでも僕の味方に付き、尚
且つ言いたい事はハッキリと言う。それも正論を。故に僕は言い返そうにも言い返せず、黙って成すがままとなってしまうのである。そのせいで、僕達の背後、向こうにいるあの女からは、「その年で女子に抱かれてるとか、マジでキモいわね?」などと
言われてしまった。
――何とでも言え。
「……ありがとうリリーちゃん。危うくもうすぐでおじゃんになるところだったよ」
冗談半分にそう言いつつ、すぐさま真面目な態度に戻り、「キミも生きていたんだね?」と質問してみた。するとその子は、「当たり前でしょ?」と強気な態度を取りつつ、「私は負ける訳にはいかないの。少なくとも、あんた達みたいに『お友達ごっこ』をしているような相手には」と言ってきた。それを聞いた僕は再びキレそうにな
ったが、しかしリリーちゃんに抱かれている以上下手に暴れる訳にはいかない。故に
僕は彼女に向けてこう言った。
「だったらどうしてこっちに来たのさ? 僕達みたいに馴れ合うのが嫌いだっていうなら、別に無視したってよかったんじゃない?」
「……黙って聞いてれば好き勝手言って。あんた、一体誰に向かって口利いてるのか
解ってる? 私はね? この夢の試練、〈命の選択〉に選ばれた十五人のうち、最も
生存率が高いと期待されている
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」
先程僕にキレたのとは別で雄兎ちゃんが怒りを露わにし、彼女は奴のほうまで歩み
を刻み、胸倉を掴んでその小柄な身体を引き寄せた。
「好き勝手言ってんのはテメェのほうなんだよ美琴。何が私に逆らうなだよ笑わせん
じゃねぇ! いいか? 確かにあいつは気弱でひ弱で一人じゃなんにも出来ねぇ。
だがな? それでもあいつは仲間や友達の事は絶対に見捨てねぇ。そうだよな、え?
渡良瀬君よぉ!」
胸が痛くなった。当たり前である。何せ僕は、実質僕自身でもう一人のパートナーでもあったメリーちゃんを切り捨てている。それが例え彼女自身の望みだったとしても、それに言い訳をする事は出来ず、尚且つそのせいで、僕は半分程脱落しているよ
うなものなのだ。けれどそれでも雄兎ちゃんは僕に協力してくれているうえ、多少違
うかもしれないが、今のようにある意味で僕を庇うように呼び掛けてくれたのだ。
――ごめん、雄兎ちゃん。
「……そうだよ美琴ちゃん。確かに僕は気弱で女の子にしか手を上げる事が出来ない
最低なクズ野郎だ。でもね? それでも、そんな僕には仲間が、いや、友達がいるん
だよ。キミには解らないかもしれないけどね?」
もういいよ? とリリーに向けて言い、一旦身体を放して貰い、雄兎ちゃんと美琴
の場所まで向かい、「だから、キミに対しての応えは」と、そこで言葉を区切り、「これだ!」と、拳を振り上げた。美琴は一瞬目を見開き、そしてすぐに強く閉じ、
顔を背けた。そんな彼女に向けて、僕はこう言った。
「……痛いんだよ? こういうのって。だから、もう僕の友達を傷つけるのはやめてくれ」
「……あんた」
「キミにもう用はない。行きたいならどこにでも好きな所に行ってくれ。僕はキミに興味はないし、そもそもその前にキミの事は嫌いだから、同行なんてこっちからご免
だよ……キミがこれ以上嫌だって言うならね?」
行こうみんな。そう言ってその場を後にしようとした時、「待ちなさいよ」と言いながら、美琴が僕の服の袖を摘まんできた。
「何さ? 気持ち悪いからさっさと放してよ?」
「待ちなさいって言ってるでしょ?」
「だから何さ!」
思わず怒り任せにその手を振り解いてしまったせいで美琴はバランスを崩し、その
場に倒れてしまった。
「あ……」
「……やっぱり最低ね? あんたって。本当に手を上げるなんて」
「テメェ、まだやる気かよ!」
雄兎ちゃんが美琴に向かってくるのを左手で制しつつ、「今のは僕が悪かった」と
謝罪し、「それじゃあけっきょく、キミはこれからどうしたいの?」と訊ねてみた。
それに対する美琴の応えはこうだった。
「あんたについて行くわ?」
「僕に、じゃなくて、この子達に。でしょ?」
「何であんたは二の次なのよ?」
「いいんだよそんな事は。それより、じゃあそれでいいんだね?」
「……」
「もう一度言うけど、嫌なら別にいいんだよ?」
「……い」
「い?」
「……もういいわよそれで!」
「何か気分が悪いけど、、まぁそういう事みたいだね?」
果たしてどういう事なのか? 言った本人である僕自身も正直余り解ってはいない
けれど、まぁ別にどうにでもなるだろうと思いつつ、それでこそ、僕自身半ば不本意
ではありながら、新たな仲間として美琴を加え、新しく、この第四の試練を再開した
……。
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