第十二話 第四の試練
一先ず四つ目の舞台までは到達出来たが、果たしてあと幾つ残っているのだろう?
そんな事を思いつつ、僕はまた、みんなと共に新たな担い手を探していた。
今度の舞台はどうやら普通の街のようで、老若男女、犬猫など、余り変わり映えの
ない風景が広がっていた。こんな穏やかでにぎやかな街なんかが舞台だなんて、果たしてどんな相手が担い手なのだろう? と思っていた時、僕達のすぐ向こう、目の前
に、子供に風船やお菓子を配っている、まるで道化師の様な衣装に身を纏った一人の
女の子がいた。
しかしそんな彼女の表情に笑みなどはなく、まるでそれは事務的な動作にしか見えなかった。
――もしかして、あの子が今回の担い手かな?
直感ではありながら、僕は何となくそんな事を思った。
「それにしても」
いくら舞台が夢の中だからって、まさかこれ程までににぎやかになるとは。そんな
ふうに思う反面、でもだからこそ、そのほうが面白いよな。と思ったりもしていた。
そうこう思っているうちにその子の目の前を素通りする形になってしまった僕達は
僕以外がその子に気づく事もなく、これからどうしようかという話し合いになった。
「――で、俺からの提案なんだが、今回は二手に分かれて探してみたいと思う」
和毅君がそんなふうに提案し、僕達はそれに賛同した。そしてその組み合わせは、
「……まぁ、これが必然的だよな?」
僕とリリーちゃんと春間、和毅君と咲夜ちゃんと利璃亜ちゃんの二組だった。
「それじゃあみんな、覚悟はいいな?」
和毅君からの一言に、僕達は頷いた。
――いつでもきやがれってんだ。
「それじゃあ解散だ」
「ねぇリリーちゃん」
「何でしょう?」
僕は先程目にした道化師の服装に身を纏った女の子について話した。それに対して
リリーちゃんは、「なるほど」と、何か意味深な反応を見せ、「それはどこです?」
と訊ねてきた。それに対して僕はこの舞台に来て初めて足を運んだ場所、つまり先程
の街だ。と説明した。するとリリーちゃんは、「恐らく貴方様のおっしゃる通りかと
思われます」と言った。やはりリリーちゃんもそう思うか。内心でそう思いながら、
そういえば先程から春間を放っておきっぱなしだったなと思い、和毅君達と別れてからすぐ、「元気だった?」と訊ねてみた。
「うん! ……でも、お兄ちゃんがいなかった間は、ちょっとだけ寂しかったかも」
「ごめんね? でも、今度は一緒だから」
そう、この子の事は絶対に切り捨ててはいけないんだ。前の舞台のあの子と同じ、この子もつらい思いをしてきた。だから、僕達に構ってほしくて、あんな真似をした
んだ。と、僕は思っている。
――そういえば、初めて僕に声をかけてくれたあの女の子名前は確か……、
「せのお……」
「妹尾雄兎だ」
「そうそう。妹尾雄兎ちゃん……って、え?」
くるりと背後を振り返ると、そこには見憶えのある気の強そうな女の子がいた。
「よっ! 久しぶりだな? 錬磨」
「雄兎ちゃん……よかった。キミも無事だったんだね?」
僕が余りにもバカみたいな顔をしていたからだろう。雄兎ちゃんは一拍の間を置いた後、ぷっと吹き出した。
「な、何さ?」
「いや、ごめん。あんたがあんまりガチな面してるから、ついおかしくなって」
でもよ? と言ってこちらをちらりと窺い、「やっぱり、あんただったら生き残る
と思ってたよ?」と言って、「よく春間を守り抜いてくれたな?」と、僕を抱き締め
てくれた。だけど……、
「……ごめんね? 雄兎ちゃん。僕、一時的にこの子から目を放してたんだ。その、
一つ前の舞台で……」
視線を合わせる事が出来ず、区切り区切りに言葉を紡ぐ僕から、しかし彼女は視線を外すことなく黙って耳を傾けてくれていた。
「……それで?」
「もしも僕があの舞台で脱落していたらと思うと、すごく恐くて、どうしようもなくて。だから、リリーちゃんに頼ったんだけど、でも、この子はそれを憶えてないって
言って、僕、本当にどうすればいいか解らなくて……」
グダグダと泣き言を口にする僕に対して、痺れを切らしたらしい雄兎ちゃんは、「言いてぇ事はそれだけか?」と言うと、その綺麗な右手で僕の頬をぶん殴った。
「寝言言ってんじゃねぇぞ? 何が脱落してたらだよ、何がどう仕様もなくてだよ、
何がどうすればいいか解らなくてだよ……ふざけんじゃねぇ!」
僕の胸倉を掴み、「そんな事を言われたそいつと、お前らが『助けた』っつうその
子が喜ぶと思ってんのかよ?」と言ってきた。そんなふうに言われてしまった僕は、
しかし何も反論が出来ず、その代わり、僕は彼女の名を呼び、「これはけじめだ」と
言って、「もう一度、思い切りこの醜い横っ面を引っ叩いてくれ!」と言った。
「……へっ!」
歯を食いしばり、ぎゅっと目を瞑った。
「よく言った、渡良瀬錬磨!」
数秒後、僕の右頬に強烈な一撃と共に馬鹿みたいな激痛が走り、或いは頭が持っていかれてしまったのではないかという錯覚に襲われた。
――でも、これでいいんだ。これで迷いは晴れたんだから。
「ありがとう、雄兎ちゃん」
「どうって事ないさ。あんたがそのつもりなら、またいつでもぶん殴ってやるから」
「ごめん、それはもういいや」
冗談交じりにそう言って、僕は「さて」と呟いた。そして自分にも言い聞かせるように「行くか」と言った。
先程僕が見かけたあの女の子の姿は既に見えなくなっており、ついでに子供達の姿
も消えていた。
「ところで、ねぇ、雄兎ちゃん?」
「ん?」
「キミって、現実世界ではどういう生活を送っていたの?」
「あたしか? あたしは、そうだな、まぁ、おいおい解るだろうよ?」
「それはつまり、今は言いにくい。って事だよね?」
「まぁ、そういう事だわな?」
「解った。じゃあ、今は訊かないでおくよ」
雄兎ちゃんは、「悪いな」と言って薄く微笑んだ。
この世界には時計というものは存在しないらしい。最も大前提として、ここが夢の
世界なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。そんな事を思っていると、
「マスター」
リリーちゃんが声をかけてきた。「どうしたの?」と返事をすると、彼女は右手を
向こうへと伸ばし、「あちらをご覧ください」と言ってきたので、言われた方向へと
視線を向けてみると、そこには先程の女の子、基担い手の少女がいた。彼女はとある
店の前のベンチに腰を落ち着かせており、その表情にはどこか憂いの様なものが感じ
られた。
「やっぱり、キミも気になるの?」
「はい」
「だよね?」
何しろ見た目はあんなに可愛いのに、どういう事情にしろ、こんなくだらない、
基、悲しい夢の担い手として甦らせられてしまうなんて、アリスの……奴の頭の中は
絶対にどうかしている。そんな事を思いながら、その子の傍まで歩み寄ってみた。
「こんにちは」
挨拶をし、その子に向けて笑いかけてみた。するとその子は、「誰?」と言って、
僕達のほうへと視線を向けた。僕達は一人ずつ自己紹介も兼ねて改めて挨拶をした。
「――そう、あなた達が、この試練、〈命の選択〉に選ばれたメンバーの一部なの。
でも……本当に、あなた達はこの私を救う事が出来るのかしら?」
意味深な言葉を口にした少女は、「華菜」と名乗った。
「
二つ名を持つ存在です」
お近付きの印にと、華菜ちゃんはあるお菓子をくれた。それはこの子の名の通り、
ピエロの顔を模したもので、彼女はそれを渡した後で、僕達に向けて、「これをどう
するかによって、あなた達の《運命》は変わってくるでしょう」と言った。
「もしかしたら、あなたにそれを食べるように私が仕向けるかもしれない。だけど、
あなたはそれを食べてはいけない。だけどそれでも、あなたはそれを食べるかもしれない。でもそれでも――」
言葉が幾度かループしたところで、「私が言いたい事はただ一つ」と言った。
「そのお菓子は、『私達』と一緒に食べてほしいの。だから、お願い」
そう言って、華菜ちゃんは立ち上がり、その場を後にした……。
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