第十一話 最初で最後の成仏《デート》

「それじゃあ、次はお兄ちゃんの番だよ?」

「……キミの望みは何だ?」

「私の望み?」

「キミ達担い手は、過去に何かしらの無念などを残し、今に至ってるんだろ? なら

きっと、そんなキミにも何か心残りがあるんだろうと思って。だから……」

「じゃあ……」

 その子は口元だけで笑い、「私とデートしてよ?」と言ってきた。つまり僕にこの

子と遊べ。という事だろう。それに対して、僕は「いいよ」と言い、「まずはどこに

行きたいの?」と言った。すると少女は、「ジェットコースター」と言った。

「解った。それじゃあ――」

 そう言う前に、僕達は既にそこにいた。

 延々と続く空中散歩の中、その子は僕にこう語りかけてきた。

「私はね? ある日初めて家族でここに来たの。家族旅行として、それからその日が

私の誕生日だったっていうのもあって、連れて来て貰ったの」

「……それで?」

「だけどしばらくして、私は知らないうちに迷子になって、とても不安で、係員の人から何度も園内放送をして貰ったのに、お父さんとお母さんは迎えに来てくれなかった」

 その子は握り締めた両手を小刻みに震わせ、「許せなかった」と言った。

「それじゃあ、さっきキミといたあの子は誰だったの?」

「あの人は私を見つけて親切にしてくれた人なの。そしてその時、丁度お腹が空いて

いたから、ご馳走して貰ったの。美味しかったな?」

 その子は今だけはとても嬉しそうな表情でそう語っていた。だがやはり、両親に捨

てられてしまった事が余程つらかったのだろう、頬に一筋の涙を伝わせ、とても悲し

気にこう言った。

「どうして私、捨てられちゃったのかな? こんな所で、死んじゃったのかな?」

 私は何も悪い事はしていないのに。と、その子が大声でそう叫んだ時、あの満月の

夜が再び現れた。

 ――そんな、まさかこんなタイミングで!

「私は何も悪くないもん、何も悪い事なんてしてないもん、何も、何も……」

 僕の手の甲の紋章が明滅している。このままでは拙い。

 ――だけど、一体どうすれば?

 焦り始めた僕にその子はこう訊ねてきた。

「ねぇお兄ちゃん? ひょっとして、お兄ちゃんも私の事、捨てちゃうの?」

 その表情には怒りとも悲しみとも捉えられそうなものが見て取れた。そしてそのままジェットコースターは先の無くなった状態のレーンから真っ逆さまに落ちていき、

「そんな事、ないよね?」

 そっと手を取られ、その明滅も激しくなる。

 死んだ。今度こそ死んだ。そう思った時だった。


「その子を殺してはいけない。それ以上、苦しめてはいけません」


 頭の片隅で誰かの声が響いた。そうだ、確かにその通りだ。僕はこの子を見捨ててはいけない。誓ったはずだ。もう誰も殺しはしないと。

 ――だからこの子は、

 ――僕が助ける!

「最期の瞬間ザ・ファイナル!」

 命を懸けた、その名の通り最後の合い言葉。それを口にして、僕は少女を抱いた。

「目を閉じて、生きる事だけを考えて!」

 どこまでも落下していくジェットコースターから落ちないよう懸命に身体を寄せ、

更に深い夜の世界、暗く何も見えない闇の中で懸命に目を見開き、覚悟を決め、腹を

括った。

 ――来てくれ、リリー!

 最後の望みに賭け、内心でそう願った。

 そしてその望みは、どうやら叶ったらしい。

「わたくしめはここに!」

「リリーちゃん、ありがとう!」

 ――いや、違う、僕の事じゃない。

「この子を助けてくれ。僕の事は二の次だ。これは命令だよ!」

「御意」

「さて、それじゃあ唯ちゃん、帰ろうか?」

「……どうして解ったの?」

「キミが着ている制服の名前の部分に書いてあるからじゃないか……可愛いよ?」

「お兄ちゃん……ありがとう」

「それじゃあ、行こうか」

「うん」


「おい渡良瀬!」

 気が付くと僕は舞台のあるベンチで目を覚ました。そこには和毅君と咲夜ちゃん、

春間、そしてリリーちゃんと利璃亜ちゃんの姿があった。

「……あれ、みんな……そうだ、あの子は? ゆ……あれ? 何だっけ?」

「ゆ? 何だって?」

「僕がここで出会った女の子の名前だよ。この夢の舞台で出会った子で、キミ達には

申し訳ないけど、今回は僕とリリーちゃんで助けた子なんだ。そうだよね?」

「……お言葉ですが錬磨様」

「何?」

「わたくしは、そのような事は存じませんけれども?」

「……何だって? でも……」


「お兄ちゃん」


 ――ゆ……、

 ――唯……ちゃん?


「ありがとう、お兄ちゃん」


 ずっと、見てるからね? そんな優しい声が、今の僕にとっては、鼓膜をつんざく

くらい優しく、そしてとても悲しく聴こえてきた……。

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