第十話 命懸けの鬼ごっこ

 それからしばらくの間、ずっとその担い手の子供を探していた僕達だったのだが、

中々見つかる気配はなく、少しだけてこずっていた。何しろ手掛かりが何一つ見つか

らないうえに、その担い手と思しき子すらも見つからないからである。

 ――まさかもう誰かが倒したとか?

 そう思っていると、リリーちゃんが、「それはあり得ません」と断言した。

「どうして解るの?」

「簡単な事です。もしその担い手が倒されているのであれば、わたくし達はこの舞台にはおりませんから」

「なるほど」

 ――まぁ確かにそれもそうか。

 リリーちゃんからの淡々とした説明は、しかし説得力があり、和毅君も和毅君で当たり前だろと言いつつも、それ以上何か言い加える事なく、その代わり、辺りを見渡して、「慎重にな?」と言った。

「そうだね。ところでさ?」

「あ?」

 僕は先程から後方側のベンチに座ってこちらをじっと見つめている一人の女の子が

気になっており、その子について訊ねてみた。すると、「おい渡良瀬」と言って、「あいつが今回の担い手だ」と言った。

「あの子が、担い手?」

 どこかの裕福な学校に通うお嬢様――紺色の制服にミニスカート――のような見た

目の女の子で、片手にはアイスクリームを持っていた。いくら夢とは言え、何となく

子供一人でというのは心配になってしまう。

 ――いや、それは違うかもね?

 もし本当にあの子が担い手なのであれば、果たして今回の試練で僕達にどのような

事を要求してくるのだろう? そう思っていると、

「て、あれ? みんなは?」

 気づけば僕一人が先程までいた場所にいて、他のみんなは誰もいなくなっていた。

「待って、ちょっとそれ、恐くない?」

 辺りには誰一人……いや、僕以外唯一ひとりを残してその場にはいない。というのが適当だろうか?

 一体何を言おうとしているか。それは、

「キミって、さっきの子、だよね?」

 僕のすぐ背後に、その子がいた。少女は笑う事も怒る事もなく、ただ無表情のまま

こちらを見つめていた。そして、睨み合いが続いてしばらくしてから、「お兄ちゃん

が、今度の試練の人?」と訊ねてきた。故に僕はその質問に対して冷静さを装い、

「そうだよ?」と応えた。すると、その子は「じゃあ、私と鬼ごっこしようよ?」と

言ってきた。

「捕まったら、そこでお仕舞い。もうこの夢からは出られなくなる。そんな鬼ごっこ

をね?」

 その時初めて少女は笑い、「1000数えたらお兄ちゃんを探しに行くから好きな

場所に逃げてね?」と言い、カウントが聴こえてきた。僕は「こいつはマジだな?」

と思い、急いでその場を後にした。

 1000秒、つまり約16分後、僕は再びどこかも解らない場所にいた。というの

は言葉の綾で、実際は解っている。今僕がいるのはこのテーマパークの中央で、見た

限り観覧車やジェットコースターなどがある。そして僕はその場所を彷徨っていた。

 ――そろそろあの子が現れるはずだが……、

 緊張感が走り、うろうろと辺りを見回していた。すると、

「ねぇお姉ちゃん、私、あれが食べたい!」

 向こうのほうに見える、どうやらクレープ屋に、二人組の女の子がいた。そして、

片方の妹と思しき幼い女の子がもう一方の女の子にそれをねだっていた。

 ――姉妹? 僕の夢に?

 いくらなんでも見知らぬ相手が夢に出てくるのは不自然過ぎないだろうか? そう

思ったが、やはり夢の中だから何でもありなのだろうか?

「え?」

 そこにいた幼いほうの女の子が僕に気づいたらしく、視線を僕に向け、小さく手を

振ってきた。

「こっちで一緒に食べようよ?」

 そう言われた途端、頭の中が真っ白になり、ゆっくりと一歩ずつ、僕の足がそちら

へと向かって行った。

「そう、それでいいの。ゆっくり、ゆっくり、私達の元へ、足を運んで……」

 言われるがまま、僕は徐々にその子達のほうへと近付いていき、

「それでいいの、それで……」

 少女達が僕の手に触れるその寸前、


「駄目」


 ――っ!

 コンマ数秒、僕は我に返り、見事なバク転で彼女達との距離を取った。

「……どうかしたの? お兄ちゃん」

「ごめんね? 何となくだけど、どうやら『キミ達』とは一緒にはいられないみたい

なんだ。だから」

 パートナーであるリリーちゃんがいない今、僕に出来る事はその場から逃げ出す事

だけだった。

「キミがこの舞台の担い手である事は知っている。でも、今僕にはパートナーであるリリーちゃんはいない。だから、今はトンズラさせてもらうよ!」

 必死こいてひいこらいいつつ行く当ても決めずに走り続け、そこらにあるベンチに腰を落ち着け、ほんの束の間の休息を取っていると、

「キミもこの試練の生き残りかい?」

 唐突に誰かから声を掛けられ、身構えながらそちらの方へと顔を向けると、そこに

いたのは薄緑色の髪に小さな眼鏡を掛け、そこそこ大きな胸が特徴的な一人の可愛い

女の子だった。その子は後ろ手に腕を組み、やや前屈みになった状態で僕を見つめて

いた。「そうだよ?」と返答すると、その子は安心した表情になり、次のように挨拶

をしてくれた。

「僕の名前は端場和沙はしばかずさ。キミ達と同じく、この夢の試練、〈命の選択〉の生き残りの一人だよ?」

 和沙ちゃんと名乗るその女の子は僕の隣に座ると落ち着いた表情で僕を見つめ、

「誰かに追われてたの?」と訊ねてきた。

「う、うん。実はそうなんだ。それで……」

「それでここまで逃げてきたのか。」

「そう、だね……」

 何故この子はここまで冷静でいられるのか? こんな夢の中で、何故ここまで穏や

かでいられるのか? 僕は不思議で堪らなかった。

「……ねぇ、和沙ちゃん?」

「何だい?」

「キミ、恐くないの? もしかしたら、もうここから出られなくなるかもしれないん

だよ?」

 そう訊ねてみると、「それはそれでいいんじゃない?」と応え、「僕は別に、もう

どうなってもいいからね?」と言ってきた。

「キミは違うのかい? 錬磨」

「え」

 ――それって、どういう……、

 そう思っていた時、

「ここにいたんだね?」

 担い手の子供が僕達に向けてそう言ってきた。拙い。そう思い、逃げようとした。

だが、何故だろう? 身体が動かない。このままでは、

 ――死ぬ。

「一緒に行こう? お兄ちゃん」

 僕の手に、少女の手が触れる。終わった。そう思った時、

「ごめんね? そのお兄ちゃんは少し疲れてしまったみたいなんだよ。だからね?

よかったら、代わりにお姉ちゃんと遊ぼうよ?」

 そう言いつつ、和沙ちゃんは少女の小さな手を取り、

「生き延びるんだよ。錬磨」

 そう言って、姿を消していった。

「和沙ちゃん!」

 そう言ってぼくは左手を手を伸ばした。しかし届くことはなく、淡い光に包まれつつ、和沙ちゃんはその姿を消した。

「……」

 ――和沙ちゃん。

 何故自ら脱落――死――を選んだのか? 何故生き延びようとしなかったのか? 何故、何故……、

「どうしてだよ!」

 その場から立ち上がり、再び途方もない逃走を図り、そして、

「……」

 胸が痛くなった僕は、こう誓った。

 ――あいつを、

「アリスを……」

 ――殺す……っ!

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