第七話 右か左か

「利璃亜ちゃん、春間、行くよ!」

 二人を連れて急いでそこへ向かった。そんな僕達をいざなうように、少女は

ホーム内へと消えていった。

「待って、待ってよ!」

 しかし、まるで僕の声など耳に届いていないかのように、それっきりその子の姿は見えなくなってしまった。

「クソ、一体どに行きやがった?」

 利璃亜ちゃんがいるからまだましたけど、正直、やはりまだ不安ではある。それは彼女の実力で、果たしてどのような能力なのか? それが解らない限り、まだあまり安心までは出来ないところである。

 ――駅のホームなんて、広さはたかがしれているというのに……、

「改札口?」

 何となく、まさかと思った僕はある場所まで走り出した。


「やっぱりね?」

 気づけばそこは電車の中だった。それもその幅は車両五列分程までに広がった様な広いのか狭いのか解らない具合いのものだった。

 そして、そこにいたのは、

「リリーちゃん、メリーちゃん!」

 そして担い手の女の子の三人だった。どうやら二人はその子ともう既に勝負をして

いたようだ。あの時のように。

 ――恐らくはまたあの時のように何か選択肢を持ちかけてくるに違いない。でも、

今の僕にはこの二人がいる。この二人さえいれば、僕は負けない。

 ――無敵とは言わないけどさ?

「行くよ!」

 合図をかけたが、しかし返答はなかった。故にもう一度二人の名前を呼び、合図を

送ったが、やはり返答はなかった。

「ちょっと、二人共……」

「無駄ですよ? 錬磨さん」

「え?」

 担い手の少女が唐突に声を掛けてきた。そして、「今回の試練は分岐です」と言っ

てきた。それと同時に僕の手の甲が熱くなった。

 ――まさか、

「そう、そのまさかです。あなたのパートナーであるその二人のうちの1人を選び、もうもう一人を――」

 すっと表へ右手を向けた。

「つまりはどういう事だ?」

「殺しなさい」

 空気が一気に凍り付いた。僕の手で、自らのパートナーを殺せと言われて、そんな簡単に出来る訳が、

 ――いや、でも、

 ここでこの試練を放棄すれば、僕は自ら脱落する事になる。

 と、以前にも同じことを口にしたような気がするが、それはまずいい。

 ――いいけど、

「本気で言ってるの? それ」

「当然です」

 ――そんな事、

 ――そんな事、出来ないよ。

「最後の瞬間ザ・ファイナル!」

 発動すれば最後、失敗すればそれ即ち死を意味する禁断の詠唱、それを発動したにも関わらず、二人の返答はやはりなかった。それどころか、僕の紋章は熱く明滅するばかりでその他は何も……、

「……明滅? そんな!」

 あの時の春間のように僕の紋章が明滅している。という事はつまり、下手をすれば

この僕も、

「リリー、メリー……」

 果たして僕にどちらを選べと言うのだろう? 二人のうちの片方を選べだなんて、そんな事、出来るはずがない。

「落ち着いて、錬磨君」

 その場に立ち尽くしていた僕に、利璃亜ちゃんが手を差し伸べてくれた。その瞳の

奥で何を考えているのかは無論理解出来ない。しかし、

「いいこと錬磨君? よく考えてみて。これが一体どういう状況なのかを」

 そう言って、僕の頬に両手を添えた。

「あなたが本当に大切なのは誰か、何故自分がこのような試練を受ける事になったのか、そして――」

「そして?」

「あなたは、死にたいの? それとも、生きたいの?」

「っ!」

 苦しい選択肢だった。とても、とても苦しい選択肢だった。僕は、僕は一体どちらを、どちらを選べば……、

「私を選びなさい」

「……キミ、今何て言った?」

「私を選びなさい。この“、耽美なる漆黒”及び“裏切りの右”である、メリー・アルス

フォン・デュバナを」

「それってつまり、この僕に右腕を捨てろ。と?」

「そうよ?」

 ――そんな……。

「で、でも……」

「お黙りなさいな! ……いいですかマスター? この試練は、いついかなる時でも

気を抜いてはいけない。けれどそれでも、いずれは誰かが命を落とす。そう、例えば

また別の舞台で誰かが命を落としているかもしれない。例えば、誰かがどこかでまた今の春間のように生きているのかもしれない。そして例えば、もし運が良ければ、ま

た誰かと出会えるかもしれない。だから、ね? マスター」

 優しく微笑み、メリーは列車の扉の前まで足を運び、

「リリーの事を、お願いしますね?」

 さようなら。そう言って、その扉から姿を消していった。

「メリー!」

 僕の右腕に激痛が走り、そして右手の甲から紋章が消えていた。つまり僕は半分は


この試練から脱落してしまったことになる。

「メリーちゃん……」

「マスター、来て?」

 リリーが僕を抱き寄せた。大きな胸が顔を包み込む。これまでも何度か抱かれた事はあったが、ここまで苦しいと思ったのは初めてだった。それは多分、現状でこの僕自身がとてもやりきれない気持ちになっていたからに違いない。

「大丈夫、大丈夫だから、泣かないで? 私になら、何をしてもいいから。だから、

ね?」

 まるで駄々をこねるガキをあやす母親よろしく、リリーは僕の頭を撫で、ゆっくりと落ち着かせてくれた。

「もう大丈夫だよね、マスター?」

「……うん、ありがとう。それじゃあ改めて」

 動かなくなった右腕はリリーに託し、僕は再び力いっぱい唱えた。

「最期の瞬間ザ・ファイナル! リリー、僕の力になってくれ!」

「イエス、マイマスター」

「……これで、私も報われる」

 ガタンゴトンと音が鳴る。それはある日の事でございます。いつもの日常は非日常へと変貌し、一人の少女はその身を投じてしまいました。苦しいよ、痛いよ、悲しいよ。助けてよ。けれど誰もそれを無視し続けては私の死にゆく姿を放っていました。

故に少女は誓いました。

「私が復讐すると!」

 舞台が列車の外――普通に天井、と言っていいのだろうか?――に変わっていた。

そして、空はお決まりの闇夜、更には満月が。

「私の名前は御蔵朝霞みくらあさか。あなた達が受けているこの試練、〈命の選択〉を試す者の一人にして、ある日の後悔を担う者です」

そう言って、彼女も本性を表した。

 ――見ててくれメリー。きっと、キミの分まで勝ってみせるから……。

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