第三話 条件

「一人脱落、ですか。まぁ無理もありませんわね? 美しくもないものに、勝利など

あり得ませんもの」

 そう口にしたのは“耽美なる漆黒”ことメリーだった。僕はちょっと待てよと彼女の発言を遮り、彼女の思う理想の美しさの何とやらについて訊ねてみた。すると奴は

主人である僕に向けて次のような暴言を吐いてきた。

「あなた様もあなた様でございます。あのような薄汚い子供を助けようとするなんて

わたくしはそのような汚らわしい相手を主人に選んだ憶えはありません」

「何だと?」

 その時、僕の中でついに堪忍袋の緒が切れるのが解った。

「……おいメリー」

「何でしょう?」

「この子に謝れ」

「……聴こえませんね。一体何とおっしゃったのかしら?」

「この子に謝れっつったんだよ!」

 確かに相手はもう死んでいる。だがそれでも、この子はまだ子供だ。それなのに、この試練というものは何だ? いくら夢の中とは言え、あっていい事と悪い事があるはずだ。それにも関わらず、あいつは、あの女は……、

 ――いた。

「お前の事だよ……そこのお前の事だよ!」

 怒りで我を忘れた僕は、奴を見つけるなりすぐさまその胸倉を掴み上げ、「あの時

何でこの子を殺したんだよ?」と、先程僕の背中におぶさり、そこでじっと動かない

その子の姿を無理矢理見せつけた。すると奴は、「それじゃああなたは私から本当に

殺されても、或いは殺してもよかったというの?」と訊ねてきた。それに関しては、

ぐっと口ごもってしまい、「ほらね?」と奴は言い、「あまり私に逆らわないでよ」

と言って、「そろそろよ時間よ?」と僕に言った。奴の言う通り、アリスが僕達の前に現れ、こう挨拶を交わしてきた。

「皆さんごきげんよう。そしてようこそ、あなた方が試練、〈命の選択〉へ」

 ――いよいよ始まるのか。僕達の試練が。

 果たしてどのような内容かは解らない。しかしもう後戻りは出来ない。だから僕は

決めたんだ。先程までの弱気な僕は捨てるのだと。この子の為に、生きてこの試練を

勝ち残るのだと。

「それでは、この試練の敗北条件、及び勝利条件を説明します」

 ――え、それだけ?

「ちょっと待てよ、まずはルールからとか……」

「そのようなものは一切ありません。あるのは勝利条件と敗北条件の二つのみです」

「……何だよ?」

「皆さんにはそれぞれ決められた夢の世界へ入って頂き、無事に脱出出来れば成功。

しかし、途中で命を落とした場合は脱落、つまりは失敗です。簡単でしょ?」

 ――要するに手段は問わない。と、そんなところか。

「それじゃあアリスちゃん、最後に一つだけ確認させてくれ……負けた子達は、一体

どうなるんだ?」

「基本は切り捨てる事になります。本来であれば、その子もね?」

 そう言って、彼女は僕の背におぶさられているその子に向けて掌を向けた。そして更にこう告げた。

「だから、あなたにはペナルティーを与えます」

「ペナルティー?」

 何だよそれ? そう訊ねようとした瞬間、僕の両手に不快な痛みが走った。それは言葉には表しきれないもので、強いて言うのであれば、まるで焼け付くような、や、

或いは骨がじわりじわりと砕かれるような、など、そういった表現が相応しいような

気もした。

「今その力によって、あなたとその二人、リリー、メリーは一心同体となりました。

つまりあなたもこれで正式に試練を受けるマスター、人形遣いとして選ばれました。

故に、もう後戻りは許されません……本来であれば、あなたには私と同じく審判とし

て彼ら、彼女らを傍観して頂きたかったのですがね?」

「……けっ」

「お返事は?」

「上等だ、こいつら遣って勝ってやるよ!」

「よろしい……という訳で皆さん」


「おやすみなさい」


その一言を合図に、僕達全員は文字通り眠りに落ちていった。


「……ここは?」

 気が付くと、そこはどこかの夕焼けに照らされた学校の校門だった。そして、僕は

今、リリーとメリー、先程から背中におぶさっている女の子、更に、

「アリスちゃん」

 彼女の五人でそこにいた。

 だが、何故彼女がいるだけでもある意味驚くべきなのに、僕の夢の舞台がここなのか、まずはそれを知りたいところである。そう訊ねてみると、アリスは僕に、「先程私はあなた達にこの試練は〈命の選択〉だと説明したはずです」と言った。

「……それで?」

「無論、審判は必要です。であればこの私が必要だという事。故に今私がここに存在

しているのは、あなた達に対する最後のご挨拶だと思ってっください」

 それではご健闘を。その一言を残して、アリスは消えていった。

「……ねぇ、二人共」

「はい」

 リリーとメリーは声を揃えて返答した。僕が言うのも変な話だが、彼女達の綺麗な

声音はやはり夢でも現実でも心地よい。

 ――あくまでも、声音は、ね?

「僕の事、裏切るなよ?」

「滅相もございません。あなた様を裏切るなど、このメリーは決してしません。ただし、あなた様がわたくし達に必要である限りは。ね?」

「それ、何か引っ掛かる言い方だよね?」

「当然でしょ? わたくしは“耽美なる漆黒”の名を背負う人形。例えこの身は朽ち

果てようとも、魂は穢れ無き美を有している。そうでしょ?」

 ――知らねぇよ。

 ともかく、今は一刻も早くこの試練をクリアしよう。

「それじゃあ二人共、今度こそ行くよ?」

「イエス、マイマスター」

 覚悟を決め、鈍く思いその門を開き、僕達は校内へと侵入した。

 ――行こう。


 ――ここが、僕達の試練の舞台か。

 夕陽はこの学校を包み込み、どこか落ち着いた気持ちになっている自分がいた。

「ところであまり口を利いてなかったけど、リリーちゃん、だったよね? キミは

その子とはもしかして姉妹みたいなものなの?」

「左様です」

「そっか」

一階教室全体から廊下を、階段を昇り二階三階へと。そして四階の一番奥の教室に、

一人の女の子がいた。

「やぁ、こんにちは。こんな時間まで居残りなんて、もしかして誰か待ってるの?」

「……」

「ところでさ? キミに一つ訊ねたい事があるんだけど、もしかしてこの学校のどこ

かに僕の試練の相手がいると思うんだけど、心当たりとかある?」

「……」

 どうやら心当たりは一切なく、尚且つ僕達には興味がないようだ。であればここは

は一旦下がった方がいいだろう。

「ごめんね? また何かあったら来るから、その時は協力して貰えると嬉しいな?

そじゃあね」

そう告げて、先程中に入った際に利用した出入り口に手を掛けた。だが、

 ――あれ?

 ガタガタと何度も引いてみるが全くびくともしない。それどころか、

 ――あれ? この教室、こんな広かったっけ?

「誰が帰っていいと言った?」

 ゆっくりと歩みを刻み、僕達の方へ向かってきた。

「えっと、もしかして……」

「〈命の選択〉を試す者の一人にして、学生の過去を担う者。それがこの私」

 そこで一拍置き、手刀で風を切る素振りを取った。すると、グチャっという何やら

湿った音がこの教室中に響き渡った。僕は一旦背中におぶさっている少女をメリーに

任せ、何となく腹部に両手を当ててみた。すると、

「……嘘、だろ?」

「元剣道部員にして、生前、ある件を機に真剣により斬殺された龍宮寺巴だ。冥土の

土産に憶えておくがいい……とは言え、或いはもうすぐに死ぬと思うが」

「かはっ」

 じわりじわりと血が滲んでゆく。止血手段はない。どうする?

「ねぇリリー、この人の事、任せてもいいかしら?」

「はい、メリーお姉様」

リリーがゆっくりと僕をその場に座らせ、そっと僕を抱き締めてくれた。彼女のその

大きな胸は人形にしてはかなり柔らかく、そこでやっと屍人形の意味を理解する。

 ――屍、つまりは亡骸、要するに、

「キミ達も、輪廻転生に失敗した存在なの?」

「静かに」

「いいことリリー、そのお馬鹿さんを殺したら、即ちそれは私達の名が廃るものだと

思いなさい。いいわね?」

「はい、お姉様」

「……」

 僕の目の前ではメリーが巴と名乗る少女と共に互角に戦う姿があり、そんな僕は、

先程からリリーちゃんから抱かれ、その大きな胸に顔をうずめている。多少息苦しいため、モガモガと身動きを取っていると、

「くすぐったいわ? 触りたいのであれば素直にそう言えばいいのに」

 本音か挑発かは解らない気持ちの籠っていない声音でそう言い、「いいですよ?」と言った。

「ただし、後でね?」

 決して笑うはずのないその顔には、だが心なしかほんのりと、それでこそよく見なければ解らない程の薄い笑みを浮かべていた。

「大丈夫ですよ? マスター」

 僕を見据えるその瞳には一切の穢れが感じられず、それなのに何故あのような異名を持っているのか? そう思っていた。

「あなた様の事は、このわたくし共が命を懸けてお守りしますので……そう、この命

を賭けて、ね?」

 意味深なその台詞を理解するまでに掛かった時間はそれなりに長く、それが最初で

最後の時でもあるということを、この時の僕はまだ知らなかった……。

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