第二話 例えば敗北したら
『この夢はただの夢ではありません。この試練で敗れた者は決して目覚める事は出来
ない、そんな夢なんです』
アリスは言った。サラッと言った。この世の約八割であれば落とせそうで、尚且つ
屈託のない笑みで。
――冗談じゃねぇ。そんな試練受けられっかよ!
これはきっと何かの悪い夢なんだ。そう自分に言い聞かせつつ、僕は表面だけはこの
三人に合わせる事にした。
――きっとどギツい冗談に決まってやがる。
「とは言え」
足を止めれば迷ってしまいそうな深い闇を出たすぐ先で、僕は一瞬足を止めた。
「ここどこだよ?」
そこには瓦礫と化した建造物がそこら中に広がったどこかの、街中、だろうか?
があり、至る所に僕の傍にいる子達のような人形を連れた少年少女達がいた。
彼ら、または彼女達は皆それぞれ個性の違う人形達を補佐として連れているようで、或いはパートナーの背中の陰に身を潜める者もいれば、或いはまるで兄弟の様に互いの手を重ね合う者もいれば……って、
「あれ?」
ここでふと、ある事に気づく。
――何人かは人形と思しき影が見えない相手もいるみたいだけれど……、
疑問に思い、僕はそのうちの一人である、眼鏡をかけた肩までの長さの髪の少女の元まで歩み寄り、声を掛けてみた。
「……何?」
僕の方へと視線を向けたその子の瞳は何かがおかしかった。無論、眼がおかしいの
は僕達の審判であり僕の三人目のパートナーでもあるアリス――先程夢の道中で聞か
された――も同様だが、しかしそれでもこの子は人間のはずだ。それなのにどうして
……。
「そいつの事が気になるか?」
「だ、誰だ!?」
慌てて振り向くと、僕のすぐ後ろにはまた別の、今の子とは違い相当気の強そうな
長身の少女が立っていた。その身長は、或いは180cmはあるだろうか? そんな彼女は僕に向けてこう言った。
「そいつは人形との契約の仕方を誤ったんだ」
――契約を、謝る?
「それってどういう意味?」
そう訊ねた僕に、彼女はこう訊ねてきた。
「お前、輪廻転生って知ってるよな?」
「い、一応は、ね?」
「なら話は早い。そいつはその輪廻転生に失敗した、文字通り元は人形。要はそれの
成れの果て、半人半ドールって奴だ」
――半人、半ドール。
何となく納得のいかない僕は、直接本人に訊ねてみる事にした。すると、今先程の
長身の少女が、「そいつは読書中は全ての視界をそれ以外からシャットアウトしてる
みたいだぜ?」と忠告してきたので、やや不本意ではあるが、半ば仕方なく、今僕に
話し掛けて来てくれたその少女に対して先に名前を訊ねておくことにした。
「キミの名前、よかったら教えてくれる? ちなみに僕は渡良瀬錬磨。向こうにいる
リリーちゃんとメリーちゃん、それから一応はアリスちゃんのパートナーでもある。
よろしくね?」
「あたしは
そう言って、彼女は僕を軽く睨みつけ、腰を折りつつ人差し指を突きつけてきた。
「わ、解ってるよ!」
「よーし、解ればいいんだ解れば。さてと、んじゃあ試練までまだ少し時間はあるみ
たいだから、もう少し向こうにいるわ。じゃあな!」
「うん! ……元気な人だったな?」
そんなふうに、ほんの少しだけあの態度を羨ましく思っていると、再び背後から何
者かの声が聴こえてきた。が、今度は別の女の子の声で、「あそぼ!」という比較的幼いものだった。振り返ってみると、そこにいたのは片手に一体のクマのぬいぐるみ
を持つだけの少女だった。「キミも試練を受けるの?」と訊いてみたところ、少女は
元気いっぱいに、「そうだよ!」と応えてくれた。
「だって僕にはこの子がいるから!」
この子、それはそのクマのぬいぐるみを示していた。そのぬいぐるみは自然のまま手足を下げ、両目は何かのボタンを縫い付けたかの様なもので、もう一つ言い加えるのであれば、それは子供のおもちゃにしてはどこか粗末すぎるものだった。
「もしかして、それがキミの人形、だったりするの?」
「そうだよ? だから、ね? お兄ちゃん、僕の為に……」
先程まで伏せていた顔をすっと上げ、
「早く死んでくれると嬉しいな?」
全部食べちゃえ。肉も骨も血も、記憶も何もかも!
まるで何かの呪文のように、その子は早口にそう呟いた。すると、先程までは両手
サイズだったはずのそのぬいぐるみは一気に僕達の数倍程――5mは余裕で超えてる
だろうか――にまで巨大化していた。
――これは……っ!
「お兄ちゃんは弱そうだから、ずっと狙ってたの。僕はまだ子供だし、ちょっとだけだったら嘘ついても平気だから、約束破って一人くらい殺したってみんな許してくれるよきっと!」
可愛い顔してとんでもない事抜かしやがる。そう思いつつも、しかしこの大きさでは僕には太刀打ち出来ない。しかもこのぬいぐるみ、何か様子がおかしい。何となく
苦しそうに見えるのは僕の気の迷いだろうか?
――いや、今はそんな事言ってる場合じゃ……、
その時、
「ホールド」
どこからかそのような呪文が聴こえてきた。
――いや、て言うか!
何故リリーもメリーも僕を助けに来ない? 仮にも二人は僕の人形のはずだろ?
そう思いつつ、しかし今は助けて貰った事だけに感謝を持ち、その子を頼ってみる事
にした。
「ありがとう、死ぬかと思ったよ」
「私はあなたを助けたんじゃない。規律を破ったあの子供が気に食わなかっただけ」
そう言って、「あなたの事だって、本当なら今すぐこの場で殺せるんだからね?」
と、忠告なのか、はたまた殺害予告なのか解らない一言を吐き捨てられた。
「だから、あまり私には関わらない事ね……早死にしたくなければ、ね?」
少女は名乗る事もなくその場を立ち去って行った。
「……あっ」
そう言えば、さっきの子は? 先程の幼い女の子の方へと視線を向け直すと、
「き、キミ!」
その子は苦しそうに首を押さえていた。よく見ると右の首筋にテエディベアの様な模様があり、それが激しく鮮やかに明滅を繰り返していた。果たして何が起きている
のだろう? そう思いつつ、ふと先程のあのぬいぐるみはどこへ行ったのだろう?
と思っていた時、そのすぐ近くに、何かふわりと柔らかいものが落ちていたので手に
してみると、それが先程のあのぬいぐるみだった。しかもその首には先程のあの子の
物と思しき透明の糸か何かが強く巻き付けられていた。まさか、これが原因か?
「お、お兄ちゃん、くる、しいよ……」
「ま、待ってて、今すぐこれを、っつ!」
その糸に指をかけた途端、一瞬にしてその一本が持っていかれてしまった。なのに
痛みを感じないのは勿論、この子は苦しむばかりで一向にそれ以上のリアクションを
見せようとはしない。
――何なんだ? この感情は。
「お兄ちゃん、おにいちゃん、オ、ニ、イ、チャ、ン……」
だらりと腕を垂れ、大きく目を見開き、少女の命は終わった。
「……」
膝から崩れた僕は、ほぼ無意識的にその子を抱き、ごめんなさいと連呼するばかり
だった。
そして誓う。
この子の為ではなく、自分の為に、この試練を乗り越えてみせると。
「リリー、メリー!」
僕やこの子を助けに来なかった事に対する怒りをぶつける様に、僕は二人に向けてこう発した。
「終わらせるんだ。この試練を。僕達の力で。絶対に、絶対に!」
――絶対にだ……っ!
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