【第二節】学校一の美女だろうが私のお兄ちゃんを振るとはいい度胸じゃない~義妹とはあくまで偽物の恋人であって本物ではないはずなのだが、妙に色々とリアルなのはなぜ~
第35話 挑戦 するorしない の選択
第35話 挑戦 するorしない の選択
俺は白雪に案内されるまま付いて行った。途中から白雪の目も真面目な物になり、おふざけの感じが消えた。これから行く場所を考えれば無理もない。俺にとっては当然そうなのだが七海にとっても今後が決まる場所に行くのだ。
当然冗談半分やおふざけ半分で行く場所ではない。
俺の手を引っ張りながら七海はすれ違う数人に「お疲れ様です」と挨拶をして会釈をしている所から吉野の関係者かさっきお昼過ぎに七海が言っていた担当もしくは取材の関係者なのだろう。向こうも「お疲れ様です」と言っている所を見るに間違いなさそうだ。
そして七海がある部屋の前で立ち止まり、ノックをする。
「白雪です。仕事の件でお話しがあってきました」
するとすぐに、
「待ってたよ。どうぞ中に入ってよ」
と返事が返って来た。
「空哲君大丈夫?」
七海は扉を開ける前に俺の心配をしてくれた。
「あぁ」
そして七海が扉を開けて七海を先頭に俺達が中に入っていく。
すぐに目に入って来た光景に俺は驚いた。
そこには吉野達也とは別に二人の大人がいた。一人は中年の男性で、一人は若い女性。見た目から四十代と二十代と言ったところだ。全員浴衣姿なのはちょっぴり意外だったが、俺達も浴衣姿なのでまぁ問題ないのだろう。
そしてお昼過ぎに一度遠目ながら会った男――吉野達也が口を開く。
「これは?」
不服そうに口を開いた吉野を牽制するようにして七海が言う。
「何か問題でもあるのかしら? 私は【奇跡の空】を連れて来ると言った。なら別に【奇跡の空】に関係がある人間を連れて来ても問題ないはずよ。それに【奇跡の空】がそれを条件に貴方の話しを聞くと言ったわ。なら連れて来るしかないでしょ?」
俺そんな事一言も言ってないけど……。
だけどここは七海が機転を利かせて皆が入れるようにしてくれている。だったら俺は黙って七海を信じるだけだ。
吉野達也と二人の大人はお互いの顔を見て少し困ったように話し始めた。
おそらく向こうも俺と七海だけが来ると思っていたのだろう。ならば無理もないと言えよう。向こうにとっては想定外なのだから。
「まぁいいや。立ち話しもなんだし皆座ってよ」
そう言って俺と七海は吉野と新聞記者二人の前に足の短い机を挟んで座り、育枝達は話しの邪魔にならないようにと気を利かせて少し離れた壁に沿って座った。
俺が新聞記者の人を見ると「大きくなったな……」とポツリと呟いた。
よくよく思い出して見れば俺はこの人に小さい頃一度だけ父親と一緒に会った事がある。
当時疾風新聞で俺を大きく取り上げてくれた人だ。
黒い髪の毛の中には白い髪が混じり、顔は何処か疲れていてと仕事の大変さを顔が物語っている。それでもこうしてわざわざ時間を作ってくれていると言う事は白雪と同じくこの人達も俺にまだ期待しているのだろう。なんだろう、正直嬉しいけどなんか気まずいこの感じ。
いや嬉しいか嬉しくないかでは嬉しいんだけど……。
この人達の無言の圧と言うか何というか……。
そう言った物が重そうというか……。
少し戸惑う俺を気遣ってか七海が「大丈夫よ」と小さい声で声をかけてくれた。
俺はそのまま心を落ち着かせるために深呼吸をして小さく頷く。
「それで仕事の話しなのですが、まずは私が疾風新聞の企画に参加させて頂くかですが、それは【奇跡の空】次第とここでは返答させて頂きます。ですのでまずは住原空哲君のお話しから聞いてあげてくれませんか?」
すると中年の男性が一度頷いて若い女性にアイコンタクトを取る。
「わかりました」
どうやらいいみたいだ。
「初めまして。私は鈴原凛と言います。今は疾風新聞の『この夏はこれ』通称『この夏』企画を担当しています。それで私の隣にいるのが私の上司であるこの企画の責任者である大久保です。住原さんとこうしてお会いするのは初めてですが、何か気になった事があれば私でも大久保でも構いませんので気軽に質問をして頂ければと思います」
「……はい。わかりました。早速ですが、俺の作品はもう世間的に需要がないと思います。確かに皆さんが期待してくれるのは嬉しいです。でも今の俺にはあの時のように誰かを感動させたり、豊かにできる文才はありません。それにここ数年作品すらまともに書いてはいません。そんな俺が何故まだ必要とされているのかをまずは教えて欲しいです。事情は七海から聞いていますが確認のためにと思います」
「そうですね~。一言で言えば私達はもう一度住原さんの作品を見たいと望んでいます。そして世間も。そうなると話しはとても簡単で……【奇跡の空】が書いた作品が一番需要があるのではないかと考えているからです。当然これは本音です。それともう一つあります」
この人、後で大久保さんに怒られるぞ。
いや、大人の事情を包み隠さず話してくれる時点でいい人ではあると思う。
というかかなり良い人なのだろうけど、隣の人がさっきから角生やしてるぐらいに。
俺としてはこの後の話しより、あの角をどう丸く収めるのかを見て見たいとか少し思ってしまう。というかそれが色々と今は気になる。
「もう一つですか?」
「はい。それは【奇跡の空】なら書けると私が思っているからです。別に昔の【奇跡の空】と同じように書けとは言いません。ただ皆が読んでドキドキする作品を一つ書いて欲しいのです。それが【奇跡の空】自身の為にもなり皆の為にもなると私個人が強く思っているからです」
「と言いますと」
「どのような形でも構いません。お願いできませんか? もしお仕事として引き受けてくれると言うのでしたら報酬としてお望みの額を可能な限り用意致します」
お金が貰えるのか……。
流石にお金で決めるのは最悪なのはわかってる。
でも育枝だけでもいいからもう少しいい生活をさせてあげたいと言うのは兄として当然あるわけで。
かと言ってお金あるなしにしっかりと書けるかと言われれば正直厳しい面もある。だけどここまで言ってくれる以上無下にもしたくない。
本音はただ挑戦したいの一択である。
だけどそれを素直に選べないから理由を後付けで都合の良い物ばかり並べているのも事実。そう失敗した経験があるからこそ怖いのだ。成功の後にある失敗が何よりも怖い。
「一人じゃまだ怖いの?」
その時ふっと隣から聞こえてきた声に俺の身体がピクリと反応した。
気付けば両手に力が入り膝の上で握りこぶしを作って震わせていた。そしてその拳を安心させるようにして白雪の少し冷たい手が重ねられていた。
「う、うん」
「挑戦はしたいの? したくないの?」
「……したい。けど」
「理由は聞いていない。ただ挑戦はしたいのね」
「うん」
白雪は俺の心の中を見抜いたようにただそれだけを聞いてきた。
冷たい手のひらから伝わるそれは冷たいはずなのに俺の拳を通して温もりをくれていた。
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