第33話 恋の神様もう一度私に奇跡を


 一人の女の子は目を閉じて今は旅館の部屋でゆっくりと休んでいる。

 一人早くお風呂からあがり、大きい部屋で一人静かに目を閉じて昔の事を思い出していた。

 それは空哲に告白する前日の家での出来事である。


『疾風新聞の人から今年の夏はこれって言う企画に参加してくれないかと言われているんですけどどうしますか?』


『そこに載る作品の人物わかります?』


『はい。…………………です。ですがこれはあくまで予定でまだ確定ではないそうです』


 私はその時ショックを受けた。

 いやわかっているけど、なんでそこにあるべき人物の名前が出てこないのかと思わずにはいられなかった。


『だったら、私は――』


 担当はそのまま私にこう言った。


『正直【奇跡の空】がデビューすることはないと思います。彼の実力は確かなものかもしれません。だけどあの時は時代が味方し、何より作品と一緒に載せられたイラストの力も少なからずあります。【奇跡の空】一人の実力ではあそこまで話題にはならなかったと思います。もっと言えば今の白雪さん方が実力としては上かと思います』


 かなりムカついた。

 その場でぶん殴ってやろうかと思えるぐらいムカついた。

 薄々はその事実に気付いている。


 ――だって私は日々成長している。けど【奇跡の空】は停滞つまり後退している。


 作者にとって停滞は衰えることを多くが意味する。

 私が生きる世界とは成長が止まった者から次の世代に抜かれて行く競争社会であり実力が全ての世界。


『でも、【奇跡の空】はまだ――』


『言いたい事はわかります。だけど今は時代が白雪さんに注目をしようとしています。企画に参加しませんか?』


 担当は私の気持ちに気付いている様子だった。

 それは顔を見ればわかる。

 私は思った。

 私の作品を評価してくれている担当はとても良い人。

 だけど【奇跡の空】の凄さを本当の意味では知らないんだと。

 これはもう何を言っても多分無理だと思った。


『すみません。今は自分の作品で精一杯ですので断ってください』


 担当はため息まじりに私に言う。


『本当にいいのですか?』


『はい』


『……わかりました。一応向こうには考える時間が欲しい。もしそれまでに他の候補が見付かったらその人を選んでもらっていいと言って可能性だけはしばらくの間残しておきます。もし気が変わった時は私に言ってください。すぐに向こうとコンタクトを取りますので』


『ありがとうございます』


 私はこれで良かったのだと内心思った。

 これでたった一パーセントかもしれない。だけど空哲次第では復帰のキッカケになるかもしれないと思ったから。多分私が知っている【奇跡の空】はもういない。だってあの時空哲がくれたプロットは形は似ていたけど何処か違っていた。空哲は考える事を止めていない、そう考えるならばある仮設に辻褄があう。

 なぜ私が最近【奇跡の空】だけでなく、住原空哲本人にも心が揺らいでどんどんこの想いが大きくなっているのかを。その片鱗は少し前からあった。これは女の勘。確証はない。だけどこうゆう時の女の勘って結構当たる。


『一つ聞きたいのですが、なぜ白雪さんはそこまでして【奇跡の空】を追いかけるのですか?』


 なるほど。

 確かに何も知らない人からしたら私は空哲に必要以上になにかを求めているのかもしれない。


 そんなの決まっている。


『私のだからですよ』


 それと本当はもう一つ。

 好きになったんだから仕方がないの。

 そう恋に理屈はない。自分の好きな人が活躍そんなの夢みたいじゃない。大抵はそれが夢物語で終わる。だけど空哲はそうじゃない。過去の実績がある。


 人間は挫折し挫けることが多い。

 そして挫折した多くの者は目に見えない底なし沼に嵌まり出てくることはできない。だけど自分一人じゃ脱出出来なくても他者の力を借りる事で脱出出来る者も中にはいる。それが私だ。私はいじめを受けて死にたいとまで思ってしまった。どんなに助けを求めても、誰も助けてはくれない。学校の先生も実際に見ていないから強くは言ってくれないし、クラスの皆も次は自分かもと思い誰も助けてはくれない。

 そしてイジメる者が力を持ち、良い思いばかりをする。そしてそれは中毒性を持ち、周囲に感染していく。それだけでなく、中には俺は仕方なくやっているからしょうがないと自己正当化してそれを理由にいじめを楽しんでいる者も中にはいる。本当に達が悪いと思う。だけどどんなに辛くても我慢するしかない。私一人では限界がある。そう思っていた。本の世界と出会うまでは。

 本の世界それは一つの物語が多くの人に影響を与えるツールでもある。だけど社会現象化されたいじめはそれでもどうにもならない。これは過去が証明していた。それでも別に良かった。こんな私を受け入れてくれる世界があるだけ私は救われた。精神が可笑しくなり人生のどん底と感じるような場面で出会い救われたからこそ私は本の世界を今でも心の底から愛している。


 そこで出会ったある作品の主人公の言葉。


 ――もう死にたい? だったら死ねばいい。だけど本当にそれでいいのか?


 この言葉には更に続きがある。


 ――辛い経験がない奴程よく吠える。理由知っているか?


 主人公が言う。


 ――そいつらは吠える事で自分を証明しているからだ。だったらお前はどうする?


 そんなの決まっている。

 吠える事すら出来ないように力でねじ伏せるまで。これが私の答えであり、私の求めた力。少なからず微力ながら社会に影響を与えれる所まで来た。だけどまだ足りないのだ。そう私が追い求める人物はまだ先にいるのだ。

 過去の【奇跡の空】は多分実力と言う面で見るならば担当が言うようにもう超えていると思う。そう過去の【奇跡の空】はである。多分だけど私は一生彼を追い続けるのだと思う。一人の作家として、何より一人の女として。今もだけど恋をしていなかったらここまで素晴らしい作品は一人では書けなかったと思う。空哲が喜ぶ作品が作りたい、それって実はとても素晴らしいことなんだと思う。そこに世間の目はない。


 あの日のプロットで片鱗は確かに見えた。


『多分私はある人に刺激を受けているかもしれません。それもかなり良い意味で』


『どうゆう意味ですか?』


 あれは確かにある意味酷いプロットだった。

 だけど読み返しているうちに少し違和感を感じた。過剰な期待かもしれない。それでも空哲ならと信じている。お願い……。まだ、私を導いて……。

 プロとなり、どれだけ努力しても、欲しい物はそこにはなかった。

 私の作品の想いはまだ届いていない。だけど、今度は私が必ず貴方を助けるから。

 だから私にチャンスを頂戴。


 ――お願い恋の神様。


 もう一度私にを起こして。


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