第三章 疾風新聞

第32話 君は一体何者なんだ



 僕は全てが嫌いだった。僕のライバルを奪おうとする君の作品全てが……嫌いなんだ。


 僕は常に一人だった。

 今でもそう思う。実際は違うのに、そう感じる事が度々あるんだ。

 僕が作品を創作したのはつい最近。でも成功した。その為か、特別苦労もしなかった。ただその為か同世代にライバルと呼べる人物や切磋琢磨できる人物が近くにいなかった。


 そう、僕は知っていた。


 どんなに努力しても君はいつも僕の夢の中に現れては消える。

 そして僕の作品を読んでくれない。なぜ白雪七海が書いた作品は読み、僕の作品は読まない。それがとても悔しかった。僕は運が良かった。だけど世間は僕の力を認めても決して一番だとは認めてくれない。別に作家の中で一番と言う意味ではない。先輩作家の中には僕では逆立ちしても勝てないような尊敬に値する方が沢山いるのだ。僕が言いたいのはそうゆうことではなく、僕達の世代でと言う意味だ。圧倒的な売り上げを出しても担当や仕事の関係者は毎回こう言うのだ。


『本当に達也君は若いのに凄いな。テレビにシナリオ、更にはCM何でもしてくれる』


 だけど一番とは言ってくれない。

 そう彼らの中にはある存在がいつもあった。

 それは僕達のようにある意味選ばれた人間しかなる事が許されないプロの人間でもなく、かつてプロを目指した人間でもない存在だ。それでいて決してこちらの世界には近づこうとしなかった。


 そして最近僕と同じように世間から注目を浴びている白雪七海の作品を君が読んでいるらしいと関係者から聞いた時には正直驚いた。そう……当時はかなり驚いた。だけど白雪七海のいる出版社に知人がいるのでそこから調べて貰うとそれは本当だとすぐにわかった。とても悔しかった。


 何故なんだ……。


 何故皆僕を見ようとしない……。


 俺は何かを間違っているのか……。


 そう思わずにはいられなかった。

 そして気分転換にと思った旅行先でまさかの僕が勝手にライバルとして見ている白雪七海を発見。そしてあろうことかそこには君もいた。初めて見たはずなのに、僕はゾッとしてしまった。無垢を演じる子供のような瞳に僕は一瞬君に魅せられた。そう、君は気付いていないかもしれないが、君には人を惹きつける何かがあるんだ。それが何かは僕にはわからない。だけど確かにある。そう思わずにはいられなかった。そして君の作品が多くの人を惹きつける理由がそこにあると僕は感じた。

 白雪七海でもいいし、この際君でもいい。僕は僕が更なる高見へ行くために利用させてもらう。


 疾風新聞の関係者は僕にこう言った。


『文章力、構成力、表現力とどれをとっても十代の作家では断トツ一位だと思います。新聞は全国に出回ります。もし良かったら私達の企画に参加して頂けませんか?』


 僕は迷った。

 疾風新聞と言えば大体四千字から五千字程度の作品となる。

 短編はあまり書きなれていないのだ。少なくとも四万文字程度なら人を魅了させる作品が作れる自信はあった。


『もし良ければ文字数を気にせずにネットにその作品を投稿していただいても構いません。そこから私達が編集をして一部抜粋と言う形を取って良ければですが。当然達也様にこの内容でと言うのは最後に確認致しますし、ダメと言われれば達也様がご納得する形で載せたいと思っております』


 違う。それもだけど、僕が一番気になっているのはそこじゃない。


『そこに白雪七海の作品は載りますか? 後これは噂に過ぎませんが白雪七海のファンであり白雪七海が今一番尊敬しているとされる【奇跡の空】の作品はそこに載りますか?』


 僕は聞いた。

 唯一ある仕事で共演した事がある、白雪七海をここに呼べないかと。

 白雪七海は僕とは違う小説作家。

 だからこそそこから何かを学べると考えた。同じ条件での勝負なら尚更。


『白雪七海ですか……。彼女の担当から既に断れておりますので、正直難しいかと。後【奇跡の空】はあれから一度も表舞台には立っておりません。Web小説の更新も完全に止まっています。連絡は取ってみますが、正直難しいかと。ですがもし【奇跡の空】の作品が載るとしたら第一枠での達也様の作品紹介はお約束できません』


 関係者はハッキリと僕に言った。

 白雪七海ならまだわかる。彼女もまた僕とは違った良い作品を書く。

 現状人気も上がり始め、僕を追いかけているし、下手したら後一年もしないうちに抜かれるかもしれないと思うほどの実力がある。だけどなぜ【奇跡の空】なんだ。第一枠と言えば一番大きく取り上げられる場所。そこに活動すらまともにしていない【奇跡の空】が優遇されるなどあってはならない。


『なぜですか?』


『…………』


 担当者が黙った。

 そしてしばらくして口を開く。


『お気付きになりませんか? 彼の作品は何かが違うのです。まるで読む人間を強引に本の世界に引き込む、だけど決して不快にさせない。そんな力があるのです』


 ――これを聞いた時、僕は思った。


 これが疾風新聞が唯一二年連続取り上げた作家に対する評価なのだと。

 そしてそれは時が流れても変わらないのだと。


 僕はそこでスマートフォンを取り出して真剣に今まで以上に君の作品を読んでみた。

 中学生の時に読んだ時と同じ文章なのに、読んだ印象が全然違う。

 ……可笑しい。

 中身は変わっていないはずなのに。挿絵以外は……。


『それなんですよ。そこにある数枚の挿絵だけが毎年何故か変わっている。たったそれだけなんですが、読むたびに印象が変わるんです。多分なんですが、【奇跡の空】の文章はある意味わかりやすくて、読みやすい。だけどとても奥が深いんだと私は思っています。あくまで編集ではない、ただの個人的なファンとしての感想ですので間違っているかもしれませんが』


『ちなみにこの絵は?』


『わかりません。コンタクトを取っているのですが、全て無視されています。一度だけ来た返信には【奇跡の空】の作品以外の絵は描くつもりはない。とだけ書かれていました』


 ただ一つ。

 たった一つだけだけど僕は知った。


 白雪七海の作品は【奇跡の空】の影響を受けている。そして彼女を含めた多くの人間が未だに影響を強く受けているのだと。そして興味を持った。何がそれを実現させているのか。何がそこまでして彼女達を強く突き動かすのかを。


 この絵を描いたイラストレーターもそうだ。

 これだけの絵が描けるのに決して表舞台で目立とうとはしない。自分の才能や努力の証を称してもらおうとしない。


 ――なぜなんだ?


 彼の作品の根底には恐らく僕のように世間からの目を気にして作られていない気がする。それは本来理想の形。だけどそれは案外難しい。


 だけど白雪が昔言っていた。


『私が追い求める人は恐らくプロとか素人とかそんな事は一切考えていないわ』と。


 ならばそれを確かめてみたいと思うのはいけないの事なのだろうか?

 いやむしろそう思ったなら試してみる価値があるのかもしれない。

 僕が僕であるために、そして僕が次の高みに行くために必要な事だと言うならば機会があれば必ず君の実力を見極めてやる。

 まぐれ当たりの作品なのか、それとも本当の実力で手に入れた名誉なのかを。


 僕はまぐれで天狗になる奴が嫌いだから。

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