第31話 さて、どうする空哲?
「これだけは一人の作家として言っておくわ。貴方の作品は確かに凄いと思うわ。業界断トツ一位の某出版社の新人賞受賞だけでなくベストセラー作家にまでなった吉野達也。だけど私は知っている、貴方の作品では彼を超える事はないと」
「へぇ~、この僕にそんな冗談を言うとは――」
流石にこれには男――吉野達也も苛立ったのか、言い返そうとするが、そんな吉野の口を塞ぐようにして白雪が言う。
「冗談じゃないわ。作家とは人に感動を与えるだけじゃない。私の目指す作家は人に感動を与え、時に人を救い、時に人を導く、そして読者の人生を豊かにする者よ」
なんだろう。
今二人の間では目に見えない火花がバチバチとぶつかっているようにしか見えない。
吉野達也と言えば、今若手作家で一番人気があるとまで言われている超有名人だぞ。性格に難がありそうな印象こそはあるが、その派閥な性格故に創作される作品は俺達の年代から圧倒的な支持を得て、今では出版社からだけでなくシナリオライターやCM等の話しも出ている外にも顔が聞く超有名人? である。
と言うのも俺は個人的な感想としてこの作家が作る作品は感性の問題なのかあまり好きではない事から、あまり知らないと言うか知ろうとすらしていないので詳しくは知らないのだ。
ただ一人の読者として必要最低限の知識だけは知っているぐらいで。なので今も本当に本人なのかと言う疑問が内心あるが、白雪と知り合いと言う事を考えれば本当なのだろう。白雪は白雪でテレビ等には出ないので素顔を知る人間こそ少ないがある意味有名人なのだ。
特に俺の通う学校では。
前にも言ったと思うが白雪もベストセラー作家の一人なんだよな……。
「確かにそれはある、と俺も認める。だけど僕は白雪さんにもっと上に来て欲しいと思っているんだ。僕は白雪さんの作品が好きだし、素晴らしいとも思う。だけど白雪さんはまだ成長できると思っているんだ。だからこそ僕と同じようにもっと上を一緒に目指してくれないか? そう――」
吉野は一度深呼吸をする。
「僕のライバルとして!」
白雪は驚くが、すぐにいつもの表情に戻る。
多分俺が思うにだけど、この吉野と言う作家は白雪の実力を認めているのだと思う。そこに対しては俺も同じ。なんたって白雪の作品は本当に凄いとも思うしなにより面白い。だから言いたい事もわかる。むしろ白雪がこれから更に注目を浴びる為には吉野と同じ土俵に立つのが正解だと思うし、同世代のライバル的な存在は自己研鑽の為にも必要だと俺は思う。
だけど白雪の考えはどうやら違うらしい。
「悪いけど、それは無理よ。だって貴方は私と違ってプロだからこう、素人だからこう、って言う先入観を持っているじゃない」
「当たり前だ。僕達はお金を稼いでいるからこそ周りにプロとして認められている。すなわち対価を頂く、もっと言えば読者からの利益が最大化するように時に作品を修正するし、そうなるようにプロットも考える」
「それで?」
「そして一人でも多くのファンを創造することが僕達の役目でもある」
「だけど、そこに私が本当に求めている物はないわ。私は私が面白いと思った作品をこれからも書いていきたいの。だから目指す道は同じでも全く同じ道を歩いて行くことはできないわ」
「一人でも多くの人に作品が認められたいとは思わないのか?」
「えぇ。だって私が今もこうして作品を書いているのは昔からたった一人の為。それでも世間は認めてくれたし、それが私の武器だと思っているの。とは言っても私の作品をいつも自分だったらこうすると張本人はぶつくさ文句ばかり言っているけどね」
急に白雪が俺の方を見て、笑顔を向けてくれる。
なんだろう、途中風の音で声が聞こえなかったがもしかして俺知らず知らずのうちにまた地雷踏んだ……?
さっきまでバチバチとぶつかり合っていた二人の声がいつもの声の大きさになったのか聞こえなくなった。
風の音が邪魔だ。
だけど、俺達はその場から白雪を見守る事にした。
「一つ教えて欲しいのだが、白雪さんにとって【奇跡の空】ってそんなに凄い人なのか? 俺も当時は凄いと思った。だけどあれは本人の実力であって実力じゃないと俺は思う。たまたま時代が味方したとも考えている。あの時『いじめ』は全国で問題にもなっていた時代だったし」
「そうね。だけど私にとってはそれはどうでもいいこと。理由はどうであれ、今の私には全て関係のないことよ。それより言いたい事が言い終わったんならもう帰りなさい」
「……はぁ。気分転換に旅行をしたらたまたま会えたのに白雪さんは相変わらずどこか冷たい」
「これでも結構頑張って話しているほうだけど?」
「あはは……。だったら最後に。今夜僕の部屋に来てくれないか? そこは僕の担当もいるし二人きりって事はない。ただちょっとビジネスの話しをしたい。どうかな?」
「いや。私お金にはあまり興味ないから」
「だったらハッキリ言うとしよう。別件ではあるが疾風新聞の関係者もそこにいる。今はただ僕の取材の為だけどね。そこで【奇跡の空】をもう一度取り上げてもらう事を僕から言ってもいい。そうすれば復活するきっかけになるかもしれない。そして僕は僕でビジネスをする。どうだろうか?」
「……はぁ。わかったわ。だけどそれを決めるのは私じゃないわ。私達の話しを盗み聞きしていたならもう誰か気付いていると思うけどそれは本人が決める事。それでいいかしら?」
「もちろん。では後で仕事用のメールアドレスに連絡する。もし良かったらここでプライベートの連絡先を教えてくれてもいいのだけれど、どうかな?」
「私プライベートの連絡先は仲の良い女友達にしか基本教えないから。じゃあ」
そう言って白雪は空哲達の所に戻り、今の話しの内容を空哲にそのまま伝えた。
途中空哲の全身が震えそうになるが、「続けてくれ」と言う本人の意思を尊重した。それを支えるように育枝と何故か亜由美が空哲の手をさり気なく握っていた。
だけど二人が途中口を挟むことはなかった。白雪と同じようにこれは空哲の未来を左右するかもしれない話しであり、決してふざけているわけでも冗談でもない事に気付いていた。水巻と琴音はそんな空哲と白雪をチラチラと交互に見て状況の把握に務めていた。
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