第30話 七海の怒り


 俺と琴音の言い争いがようやく終わると、育枝と白雪達が近くの椅子に座ってこちらをぼんやりと眺めていた。その奥にはさっきまで誰もいなかったはずの椅子に一人の男性が座っていた。関係のない人に聞かれたと思うと俺は急に恥ずかしくなってしまった。俺が琴音と言い争いをしている間に来たみたいだ。


「あれ、皆どうしたの?」


 俺が言うと、


「さぁ、どうしたんだろうねー」


 育枝が笑顔で言った。

 あっ、これは内心呆れられているやつだ。


 流石にこれには俺も反論できず苦笑いをする。


「ところで七海先輩に聞きたい事があるんですけど、今SNSのニュースで話題になっている話しって本当なんですか?」


 その言葉に白雪がピクッと身体を反応させる。


「えぇ……まぁ……。でも断ったわよ」


 俺が一体なんの事かと思っていると、俺の心の声を代弁したように亜由美が質問をする。


「なんでですか? なんで書けば売れる、人気が更に出る、ここまで来ていて夏の新聞に作品がのることを拒んだんですか?」


 白雪は、何故か亜由美ではなく俺の方に視線を向けて語る。


「あら、もうその話しの事そこまで知っているの? 先日断ったばかりなのに。私のファンには申し訳ないことをしたと思っているわ。毎年疾風新聞には人気があったり勢いがある若手作家がのることは知っている。だけどそこにのった所で私が求める物は手に入らないのよ。だって考えて見て。そこにのるべき人物は私以外にいると思うの。だから断った。空哲君があるべきところに帰り、もう一度活躍できる可能性を一パーセントでも残す為にね。毎年五枠。その内四枠はもうほぼ決まっている。だけど残り一枠はまだ空いている。私が辞退と言っても向こうも中々引き下がらなくて後日また返事を聞くって言われているから、未確定席と言った方が正しいかもしれないけどね」


 マジか、俺めっちゃ期待されているじゃん。

 そのキラキラした眼差しで言われても、気持ちはわからなくはないが「良し! 任せろ!」とは言えないぞ。そりゃ内心はめっちゃ嬉しいことなんだが、どうしても自分が納得でき周りも納得できる作品ができるかと言えば自信はあったりなかったりのわけで。


「似た者同士なんですね。世間から「逃げた?」「本当は自信がないのでは?」と色々言われても全く気にしない。だけどそれは誰かの事を思っているからだったんですね」


「……なにが言いたいのかしら?」


「ただ、今のくうにぃの周りにはこんなにもくうにぃに期待して、尚且つ最後まで味方になって支えてくれる人がいるんだなって思っただけです」


 七海が何かに気付いたように頷いて笑みを浮かべて言う。


「そうゆうことね。良い事言うじゃない、見直したわ」


「ありがとうございます」

 

 今度は水巻が口を開く。


「亜由美ちゃん他にも言いたい事あるんじゃないの? 顔がそう言っているように見えるのは私の気のせいかな?」


「別になにもありませんよ。ただ七海先輩って本当に味方なのかなって? 思っただけです。何かさっきから私達の話しを盗み聞きしてそうな人が近くにいるし、その人七海先輩をチラチラ見てて気持ち悪いと思って。それにこの状況から察するに私達の知り合いじゃないって事を考えると、七海先輩の仕事の人ではと思って」


 亜由美はそのまま近くにいた、帽子を深く被り、マスクをした青年に目を向ける。

 俺からしたらただの青年にしか見えない。

 そしてそれは育枝や琴音、後は水巻もそんな感じの反応だった。

 ただ、亜由美とそして白雪だけは違った。


「あっ、なんで貴方がここに居るのよ?」


 そう言ったのは白雪だった。

 どうやら変装と言うよりかは顔を隠していて気付かなかったらしい。


「やぁ、久しぶり」


「……久しぶり」


 男は帽子とマスクを取り、白雪に挨拶をする。身長は空哲より少し高く、細マッチョ。顔は男前と見ていて嫉妬しか生まれないような要素を男は数多く持っていた。髪型はツーブロックで黒髪短髪。


「悪いが話しは聞かせてもらった。白雪さんは時代遅れの作家に何を求めているんだい?」


「……時代遅れですって?」


 白雪から殺意と呼ばれる物が全身から溢れ出てくる。

 これには流石の育枝も怖いのか、俺の背中に隠れ半身だけをだして様子を見守り始めた。

 ここまで白雪が本気で怒る事って珍しいな。

 実際に水巻もそう思っているらしい。

 琴音と亜由美を連れて俺の近くまで来る。


「今は黙って見守りましょう。七海本気で怒ってる」


 俺達は全員コクりと頷く。


「なにが言いたいの?」


「先に言っておく。僕達は水産物と変わらない。簡単に言えば鮮度が大事なんだ。だから新しい物を提供できなくなった者は過去の栄光に縋り輝くしかないんだ。だけど白雪さんは違う。今は僕と同じで輝いている人間だ。だから今からでも遅くないから新聞に一緒に作品を載せようじゃないか!」


 名前だけでなく、男の事情は何一つ知らない。

 だけどそんな俺でもこの男の言う事は一理あると思ってしまった。俺達が作る作品は常に新しい物を求めている読書と王道で使い古されたパターンを好む読者がいる。その二つを叶える事は正直難しい。だけどその二つを達成出来た作品って言うのは間違いなく売れる。勿論クオリティーありきではあるが。だから男が言っている事は間違っていない。読者はいずれ飽きて新しい作品に目移りしていきやすい。常に注目を浴びて置く事もプロならば大事となってくる。


「お言葉だけど、それを否定する気はないし、それが全てだとは思わない」


「どういう意味かな?」


「本当は怖いだけなんじゃないの?」


 男の視線が鋭い物へと変わる。

 白雪も反撃するように鋭い視線で男の目を見てハッキリと言う。


「私ではなく【奇跡の空】と比べられることが本当は怖いんじゃないのかしら?」


 白雪の中での俺は今も昔も変わらず、とても偉大な作家らしく、男相手に強気で言っていた。正直これには男も驚いているらしく、言葉を詰まらせていた。


「……なっ!?」


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後書き


【幼馴染は同居がしたいし関係を深めたい~お互いに欲しいのは恋の主導権~】


もし良かったらこちらも本日から新作ですのでよろしくお願いします。

育枝が好きな人は結構気に入るかもです。一話完結で行くので一話あたり一万文字前後の更新にこちらはなります。学校一の美少女……はしっかり完結まで毎日更新で行きます。(今後もしものお話しで寝落ちして忘れた日はすみません。。。)


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