第28話 勘のいい育枝



「そう言えば、そらにぃってまた落ち着いたら作品を書こうとしているの?」


「あぁ、琴音に聞いたのか」


 今日玄関を出てから琴音と育枝が何かを話ししていたのを見ていた。

 その時は何も思わなかったが、その言葉を聞いた時あの時の会話だったのかと何故かすぐに納得がいった。


「それで、どうするの?」


「多分いつかは書くとは思う。ただ一から全部一人って言うのはやっぱりまだ少し怖い……」


「そっかぁ……」


 口調から察するにだが、育枝も亜由美と同じく諦めが入っているように見えなくもない。

 まぁ、二人共事情を知っているからこそ、直接何も言ってはこないがな。


「俺の作品昔は影響あったけど、今は何もない。それに今書くとしたら、そうだな……今は世間の目や誰かの為じゃなくて、俺自身の為にも書いてみたいって感じかな。だからもうあの作品はもう生まれないと思う」


「なるほどね。でも私はそれでもいいからまたそらにぃの作品読みたいなって思ってる。もっと言うとね、投稿しないで私だけの為に作ってくれないかなぁ~なんてちょっと思ってるんだよ」


 育枝は俺に背を預けたままポツリと呟いた。

 きっと俺の過去の苦悩を知っているからこそ、俺を守ろうとしてくれているんだと思う。

 だけどそうじゃないんだ、育枝。

 こればかりは譲れないと言うか……創作者として自分の作品が他人の目にはどう映るかそれを知りたくなるのは性なんだよな。だって自分が自信を持って全力で書いた作品。それがどう評価されるかはやっぱり気になると言うか、それが不特定多数の大勢の誰かに認められた時ってさめっちゃ嬉しいし、やっぱりこの道を進んで来て良かったなと思うんだよ。


 だから。


「育枝が望むなら育枝の為だけに作品を書く事も考える。だけど、ずっとってわけにはいかないんだ。でないと俺に成長はない……と思うから」


「知ってるよ~。だから言ったの。このまま言わないとずっと言えないと思ったから。それで今はどんな作品(ジャンル)が書きたいの?」


 その時、俺の頭が沢山のシナリオを瞬時にはじきだす。

 あっ――。

 俺、本の世界に戻ろうとしている。

 それに今は短編じゃなくて、多分だけど長編も書いたことないけど書ける気がする。

 それくらいに俺の頭が色々な事を書きたいって言っている。

 だけど多分この感情は、育枝が側にいるから書けるって感じだ。

 まだ一人では怖い。

 でも育枝が側にいてくれるなら、いつも俺の味方でいていくれる育枝が近くにいてくれるならあの時みたくまた書けるかもしれない。これは成長ではなく、感覚の修正に近い。だけど確実に俺の中で何か見えない大きな歯車達が育枝と言う小さい歯車の存在の力を借りて再び動き始めようとしている。そんな感覚。この小さな背中に俺は助けられて、再び立ち上がろうとしている。

 なのに、育枝の願いを叶えれないと思うと心が痛い。

 作家としての性か育枝の思いどちらかを選べと言われたら選べない。


「正直わからない。なんか書きたい物があり過ぎてすぐには一つに絞れない」


「そんなにあるんだ。私もそらにぃの本を読むだけじゃなく書いてみようかな」


「うん?」


「そしたらもっとそらにぃの気持ちがわかるようになるかなって思って」


 育枝は基本的に本すら読まない。本と言っても小説で基本は漫画を読んでいる。アニメ化された作品や俺の作品のように本当に興味がある物に対しては一ヵ月に一度小説を読む程度だ。だけど、本の世界(創作)に入るのにそこは関係ない。ただ書きたいか書きたくないかだけだと俺は思っている。


「あっ、でも今すぐにじゃないよ」


 育枝は黙って一人考えている俺を牽制するかのように言ってきた。


「もう少ししたらだよ。夏休みとかじゃないと学校の方に支障がでちゃうといけないから」


 文武両道。まさに素晴らしいの一言に尽きる。

 学生の本文は勉強。知人に一人例外がいるが、その例外はプロとして社会的に活動している白雪である。俺達一般人には育枝の言う通り、第一に優先すべきことは勉強。そう言えば理科のテスト特にヤバイ気がする。テスト前誰かに頭を下げて教えてもらうか。


「そうだな。休み明けはテストあるしな……」


「そうそう。でもそらにぃが作品作ってくれたらそれはどんなに長編でもしっかりと読むよ」


「それをしたら俺だけテストが悲惨になる気がするから止めとく」


「あはは~。なら短編で!」


「そうだな、気が向いた時にな」


 俺は視線を上に向けて答える。大空を泳ぐ白い雲。なんて自由でいいのだろう。

 すると、育枝が立ち上がって俺の後ろを見る。

 俺も自分の後ろを確認するが、誰もいない。


「いつまで隠れているの?」

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