第27話 二人の関係と立ち位置



 旅館に着いた。

 それから俺達は後から合流した白雪と水巻と一緒に受付を済ませ、荷物を置き六人でも少し広く感じる大部屋でゆっくりと休んでから、その後さり気なく俺は育枝と一緒に外に来ていた。一応言っておくと、全部白雪がお金を出してくれている。最初はそれはと皆が反対をしていたのだが、受付で白雪が言ったのだ。


「大丈夫よ。私これでも売れっ子だから、担当にさっき連絡して原稿本締め切りまでに必ず間に合せるって言ったら、経費で落としてくれるってことになったから」と。


 相変わらずやる事が凄いと言うか、恐ろしい。まぁ今人気急上昇中の売れっ子作家だもんな。出版社としても、多少の痛手は負ってでも手厚く扱いたいのだろう。それに俺は知っている。俺もだが小説を書く人間は本調子の時ほど有り得ないぐらい早く物語を書くことができる。


 次から次へと文字起こしをしては次の道が出て来てと迷いなくかける。大抵そうゆう時の作品って勢いがあって面白かったりと実力がある者が書けばそれなりの作品になる事が多い。


 あの○○○○監督のジ○○映画もそうだ。


 あの一つの作品だが実は四時間で書いたとかも言われているぐらいだからな。何が言いたいかと言うと、多分白雪は追い込まれて、本調子になればなるほど実力を発揮するタイプな気がするというわけ。


 これはただの勘。

 だけど多分間違っていないと思う。

 でないとあんなことは普通担当編集には言えない。


「珍しいね。そらにぃから一緒に外の空気を吸いにいかないかって」


「まぁな」


 旅館から少し離れた浜辺を見ながら俺と育枝は周囲には誰もいない木の椅子の上で横並びになって座っている。手を伸ばせば相手に触れるぐらいの距離感で設置された椅子。今はそれが程よく、とてもありがたい。


「ここは空気が美味しいね」


「周りにある木が作ってくる木影に少し肌寒い海の潮風、悪くないな」


 俺はそう呟いた。

 すると、育枝が「うん」と小さい声で頷いてくれた。隣を見れば、嬉しそうにして微笑んでくれている天使がそこにはいた。俺は育枝にバレないように急いで視線を正面の浜辺に戻す。


「それで、急にどうしたの?」


「いや、その……実は聞きたい事があって……」


「聞きたい事?」


「うん。なぁ俺達って本当に俺が白雪に初恋をする前の日までに戻ったのかな?」


「ん?」


「俺は育枝と偽物とは言え一時的に恋人になれて今更だけど良かったと思っている。そして心にも色々と変化があったし育枝の存在の大切さにも気付いた。だけど育枝はその前の方が良かったのかなって思って……」


 実はこれ、結構頑張って考えた。


 あの後JPを降りてここに来るまでの時間で必死になって、俺の恥ずかしい気持ちを隠しながらどうしたら事実確認を出来るかをこれでも一生懸命考えたのだ。育枝が答えに困らないように俺の気持ちも全部を隠すのではなく答えやすいように少し伝えてみてと俺なりに色々と配慮もしてある。協力をしてくれている琴音と亜由美を同伴させなかったのもその為だ。


「そっかぁ。そらにぃあれから色々と考えてくれたんだね。私のせいだよね? ゴメンね――」


 そして育枝は俺の方に顔を向けて、照れくさそうに呟いた。


「だけどね、嬉しい。そらにぃが私を女として見てくれて。だから前みたいに仲良し、だけど今は一人の女として見てくれてもいいよ。でもそれが変わった所で私とそらにぃの関係って崩れちゃう程私達の関係って柔らかい物なの……? 違うでしょ……? だから前と一緒じゃダメかな? 私は仲良くしたいなって思ってるんだけど……だってそらにぃの事が今も昔も大好きだから」



 あ、ありがとうございます! って違うだろぉーーーー俺っ!


 なにこの素晴らしい展開! 夢なのか!? 


 と言いたくなるぐらいの展開だよ、これ!



 そしてあろうことこか綺麗に俺の疑問は解決しないというかどうでも良いような感じになっていると言うね!


 もうさ、いいよ。

 とりあえず俺の気持ち『義理妹or異性』どちらでも今まで通りで。


 だってさ育枝が変わらないって言ってくれてるんだぜ。

 だったらもう今はそれで。

 俺は俺でこの気持ちのどちらで行くかを今後決めて行く、良しそれでいこう。


「そ、そうか。なんかゴメン……俺一人で考え過ぎちゃってたみたいで」


「いいの、いいの。だってそれだけ私の事を考えてくれてたんだよね?」


「う、うん。まぁ……」


「だったら嬉しいから全然いいよ」


 そう言って育枝が立ち上がって大きく背伸びをする。とても気持ち良さそうに声を出してから今度はストレッチ。いや、うん、わかってるんだけど、視線がな……。俺は全力で育枝の上半身の一点に行くのを回避する為、遠くに見える青い海を見ながら煩悩を捨て去ろうとするが、煩悩の犬は追えども去らずと言うように俺は弱い人間なのだと自覚する。


「本当にエッチだね。でもそんなそらにぃも好きだから別にいいんだけどね。それに男の子だし」


 そのまま今度は俺の前に立ったと思いきや、背中を向けて俺の上に平然と座ってきた。


「お、おも……」


「うん?」


 危うく女子には言ってはいけない事を言いかけた俺は急いでお口をチャック!!!


「今大変失礼な事言おうとした?」


「そ、そんなことはないかと思ったりします?」


「何故疑問文? てか日本語変だよ?」


「そうですか?」


「わかりやすいね。私これでも四十キロだよ。あ~あ、私傷付いたしもうそらにぃと関わるの止めようかなぁ~」


 育枝の声のトーンが上がった。

 そして微笑みを一瞬向けて俺に身体を預けてきた。


 ――つまり育枝の小悪魔化である。


 いや可愛いんだけど、今は正直嬉しくない。

 俺の嘘がバレて、背中には冷や汗。

 だって人間、思いにもしない物を急に持たされたり、上に乗せられたりするとほぼ条件反射でそれが実際軽くても「重い」って言ってしまう事ってよくあるじゃん。まさに俺がそんな状態なわけなのだが、弁解をしようにも小悪魔化した育枝には逆らわない方が安全だと俺の頭と身体と心がそう言っているのだ。


「可愛い妹がこうやって身体を預けるって事はお兄ちゃんに甘えたい時だとそらにぃは思わない?」


「お、思います」


「だったらどうするが正解だと思う? ちなみに満足できなかったら、私重たいって言われたって学校の友達に言いふらすから、覚悟してね」


 可愛く言っているが育枝がそんな事を言えば恐ろしい未来しかないだろう。

 ただでさえクラスの嫉妬の目が俺に日常的に降りかかっているんだ。

 これ以上は身の安全にリアルで関わってくる。

 故にほぼ誘導されているとは言え、俺に選択肢は一つしかない。


「うぅ~ん。気持ちいい、えへへ~」


 俺が育枝の頭を撫でると急に甘えた声を出す育枝。

 そんな育枝にドキッドキッしてしまう俺。

 それに今日の育枝はフローラルのいい匂いがいつも以上にする。このまま細いその身体を抱きしめてしまいたいぐらいだけど、流石にそれはセクハラ扱いされそうなので自重する。


「やっぱりこれは妹の特権だよね、お兄ちゃん♪」


 なんだろう、とても新鮮な響き。

 これはこれで悪くない。


「いつでもこうして甘えられる。世間の目も周囲の目も気にしなくていい。だって私達兄妹だもんねぇ~」


 嬉しそうにする育枝。

 あぁ、育枝のこんな笑顔を見たのはいつ以来だったけ……あっ、あの日か……。

 うん、今は思い出さないでおこう……でないとマインドクラッシュ……なんてこともあるかもしれない。


(だけどこんなにデレデレな育枝ってかなり珍しいよな――)


 これは……あぁーもうズルいんだよ、この小悪魔!

 これじゃ俺の心が素直になっちゃうだろうが。


「やっぱり、そらにぃの近くは落ち着く」


「急にどうしたんだ?」


「なんでもないよ。ただこうして甘えていると心が落ち着くの」


 まるで猫のように自分から頭を俺の手にこすり付けて甘えてくる。

 か、可愛い過ぎる……。

 それにこれだけ無防備ならその顎を空いている手で上げて、そのまま柔らかそうな唇を今なら強引に奪うことだって……。


 ダメだ……、変な所まで素直になって良からぬ事まで考えてしまう、俺。


 どう見ても今は兄妹の関係を求めている。育枝がさっき自分で妹の特権だって……。

 うむ、言葉から推測するに育枝はやっぱり兄として俺が好きそうだな。

 つまりあれは本当に演技だったわけか。


「等身大それも気軽に甘えられるそらにぃが私のお兄ちゃんで本当に良かった」


 俺はようやく府に落ちた。

 だって今育枝が自分でそう言ったんだから。それに今までだったら俺にキスを求めてきていた。だけど今はそれがない。つまりはそうゆうことなんだろう。だけどちょっとは心の中で期待していた自分がいるのも事実なだけに安心と同時に軽いショックを受けた。



 周りからしたら単純だなと思うかもしれない。


 だけど違う。


 俺からしたら本当に昔に戻った感じがするんだ。

 昔はエッチな悪戯もよくしてきて俺をからかっていたのは事実だが、それでもキスを求めて来たことは今までなかったんだ。つまり育枝は俺が白雪に「異性として好きじゃない」と言われた日からずっと昨日まで演技をしていたってことなんだ。



 義理の妹と言う立ち位置は異性として見るなら最初から友達以上恋人未満的な所にあたるのかもしれない。これはある意味とても強力な立ち位置である。なぜなら何もせずとも常に近くにいる事ができるし、何より誰が見ても自然な形で。だから今こうして俺が育枝に甘えられているのも周りからしたら兄妹だったのか、だったら仲が良いことでぐらいにしか思われていないのだろう。今も俺達の近くを通る人達からの視線と声も「あら、お兄ちゃんだってよ。仲が良いのね」「年頃なのに仲良しって素晴らしいわね」とチラホラと聞こえてくるだけで後は特になにもない。

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