第26話 出発
そう知ったのは新幹線の中でのこと。
琴音と亜由美が俺に伝える為に、わざわざ亜由美が今度は育枝の注意を引き付けてくれてその間に琴音が俺に耳打ちをする。座席は俺の横に琴音、正面に育枝でその隣に亜由美だ。俺と育枝が窓よりの席がいいと言った事からこのような座席となったわけだが、俺はともかくずっと話している育枝がわざわざ窓よりの理由は特にない気がしなくもないわけだがそこは気にしない事にした。
「なんかいくちゃん今日いつもより消極的じゃない?」
育枝にこの会話は聞こえたら良くないと思い、俺は声を潜め、琴音の耳元で囁く。
「どうゆう意味?」
「いつものいくちゃんなら絶対にそらにぃの隣に座るって言いそうなのに今日は正面がいいって話し。後、初々しくない?」
確かに、言いたい事は半分わかる。いつもの育枝なら言われて見れば隣に座ると言ってくれそうな場面ではあったが今日はそれがない。だが初々しいと言う意味がわからない。
「ゴメン。初々しいって?」
「チラチラとくうちゃんを見ている所とか」
え? チラチラ見られていたの、俺?
全然気付かなった。
その時、鋭い視線が一瞬チラッと飛んできた。
琴音は苦笑いをしながら、俺に身体を寄せて言う。
「ほらっ、なんか今も何も言わないだけで怖いし……」
俺の視界の先では亜由美が怒っているようにも見えなくもない育枝をなだめてくれている。育枝は口を尖らせてブツブツと何かを言っているが、声が小さすぎて聞こえない。
そして、俺の腕を掴み更に自分の方に引き寄せて。
「本当はいくちゃんまだくうちゃんの事が好きなんじゃないの?」
ちょうど俺の鼻の近くに琴音の頭がある。そのせいか琴音の匂いが香り、俺の判断能力を奪う。琴音ラベンダーの香りなのだが、今はその匂いが俺の正常な何かを刺激してくる。
「流石にそれはあって欲しいけど……演技とは言え、笑顔で振られた俺にそれを言うか?」
「ゴメン……。だとするといくちゃんのブラコンはかなり重度になってる気がするのは私の気のせい……?」
「ゴホン」
育枝が咳払いをする。
そして俺達を見て。
「……二人共、久しぶりの再会で嬉しいのはわかるけど……距離近いのはなんで?」
これは間違いなく怒っている……のは間違いなさそうだけど、その瞳は何かを疑っているようにも見える。
……なるほど。
亜由美と話しているときは別に普通だったことを考えるならば、きっと育枝は俺と琴音が何かよくない事を考えていてそれを話しているように見えたのかもしれない。それに言われて見れば確かに距離は近いよな……。そりゃ、これだけを見れば俺と琴音が育枝と亜由美の悪口を言っているように見えても不思議ではない。
(流石に配慮が足りていなかったか。これでは誤解しかないではないか)
つい育枝と同じく、琴音と亜由美ならと思ってしまい心のどこかで完全に油断していた。
育枝の気持ちを考えてみればせっかくの旅行なのに、俺がヒソヒソ話しをしているのを見たら気分が悪くなるのは当然なのかもしれない。まったく、俺ってやつは……。
「それは――」
「ん? 知りたいの?」
俺の言葉を遮って、琴音は育枝に向かって笑みを向ける。
隣にいる俺が思わず、ぶるっと身体を震わせてしまいそうになるような裏があるようにしか見えなくもない笑みだ。多分これは俺が今の状況にビビっているからそう感じるだけかもしれない。実際亜由美はそんな琴音を見てもいつも通りなわけで、特に変化はない。そう琴音は琴音で育枝の事が色々と気になっているらしい。これは亜由美から駅に着く前に聞いた話しなのだが、琴音は琴音で探りを入れて色々と確かめたいらしい。
「うん」
「でも、いくちゃんが照れちゃうかもしれないって言う私の配慮無駄になっちゃうよ?」
「配慮? なんで? 私が照れちゃう事ってこの状況である?」
うん? と何処か困ったように答える育枝。
亜由美も育枝と同じ事を思っている様子。
「うん。正面にくうちゃんがいるからいくちゃんからしたらさり気なく見放題だねって。後はその反対もあるけど、今ならいくちゃんの発達した身体見放題だけど見ないの? って言う話しを冗談半分でしていたんだけど……あれ? どうしたの?」
急にキョロキョロして隠れる所がないかを探し始める育枝。
そして亜由美の胸に顔からダイブ。
何とも柔らかそうな弾力がある谷間の中へ育枝の頭がスッポリと入っていく。
「ち、ちょっと……いく!?」
「ばかぁ、ばかぁ、ばかぁ、ばかぁ、琴音のばかぁ」
あれ?
「うぅ~、琴音がイジメてくる」
「って熱い。もぉ~いくったら照れすぎだよ。お姉ちゃんも冗談だって言ってたでしょ?」
「冗談でも嬉しいような恥ずかしいような気持ちになるの! だって今のそらにぃは私の事異性として見ているんだもん!」
羨ましさしかない亜由美の胸の中で叫ぶ育枝。
いいなぁ~、俺も誰かの胸の中であんなことをしたいなと健全な頭と思春期の男子高校生の肉体がそんな事を思っていると、隣から。
「異性……?」
と聞こえてきた。
琴音は今の言葉に疑問に思ったのか、そのまま照れて顔を隠している育枝に聞こえないようにして真剣な声のトーンで俺に呟く。
「もしかして演技って言ったのが演技なんじゃない?」
う~ん。
亜由美も昨日似たようなことを言っていたし、これは色々と困ったな。
俺としては育枝の事を信じてあげたい。
むしろ育枝がそう言うなら、それで間違いないのだろうと正直思っている。
だけど幼馴染の二人がこうも俺に言ってくると言う事は、俺の視線と周りから見た視線は違うのかもしれないと考えないといけないわけで。正直俺は育枝を魅力的に思っているからこそ、言葉通りにそれを鵜吞みにしている部分が大きい。
なら……仕方ないか。
ちょっと疑うようで悪いけど、試してみるか。
「わかった。後で探りを入れてみることにする」
「どうやって?」
「後でのお楽しみ。後で旅館に着いたら俺と育枝が二人きりになれるようにしてくれないか?」
「わかった、任せて」
まぁ育枝の場合大丈夫だろ。
なにより俺は正直育枝の心の中まではわからない。だけどそれは皆同じ。だったら、お互いに信頼を築くと言う意味でも相手の事を知ろうとすることは良い事なのではないか。本当はちょっと自分の気持ちもついでに確かめたいと言う気持ちもあった。
それを知らないと俺が育枝と上手く関われないと言う不安があったから。
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