第24話 応援


 直後、俺はソファーから立ち上がる。

 そして大きく一度深呼吸をしてから玄関に向かった。


「おはよう、くうちゃん」


「おはよう、くうにぃ」


 玄関には二人の姉妹が立っている。昨日とは違い、しっかりとオシャレをした姉妹だ。姉である琴音は黒色のワンピースで黒のヒールとシンプルな服装、妹である亜由美は水色に桜の花びらがデザインされたスカートに上はピンク色のカーディガンと明るい色を中心にオシャレをしていた。姉と同じく足を出す為にヒールを履いている。


「お、おはよう。ふたりとも……」


 久しぶりに見ると、やっぱり二人共レベルが高い。

 その為か、何故か別の意味で緊張してしまい上手く言葉が出てこなかった。


「ん? どうしたの?」


「くうにぃ?」


 そんな俺を見て二人が不思議そうな顔をして呟く。


「いや、別になんでもない……」


「それでいくちゃんは?」


 琴音は俺の後ろを確認しながら呟く。

 玄関のチャイムが鳴ってもここにこない時点で多分まだ荷造りが終わっていないからだろう。朝一俺を起こしてくれた育枝の様子から見て多分間違いない。俺は一度後ろを振り返り階段の方に視線を向けるが育枝が下に来る気配はなかった。


「荷造り?」


「多分」


「まぁ、くうちゃんじゃないから多分ギリギリで終わって来るでしょ」


 琴音はそう言って、納得する。

 なんだろう、育枝に対しては信頼があるのに俺に対してはないとも取れなくもないその言葉は。


「てへっ」


 すると、俺の顔を見て舌を出す。


「っておい! 確信犯か!」


「前科持ちと前科なしの差だよ~だぁ」


 いや、可愛いくないから。

 朝から人をからかうなって言いたいが、俺は喉まで出てきた言葉を飲み込む。

 琴音の言う通り、俺は毎度ながら朝が弱いせいで遅刻常習犯なのだ。それに比べて、育枝はいつもなんだかんだギリギリで身支度を終わられている。今まで積み上げてきた物を出されたら俺は何も言い返せないのだ。


「ちゃんと自覚はあったんだね」


「うぅ……」


「あはは~。まぁ今日はちゃんと時間に余裕を持って終わらせている所を見る限り、いくちゃんありきとは言え成長したんだ」


「もう、お姉ちゃん? その辺にしておかないとくうにぃが可哀想だよ?」


「わかった、わかった。でもやっぱりこうゆうのを気軽に言える関係って楽でいいよね。本当なら反撃してくるはずなんだけど、そこまではまだ元気がないんだ。それならもう少しの間我慢するか……」


 琴音は同級生でありながら、時に姉のように俺を心配してくれる。

 ただ、不器用なのかこうして人をよくからかってくる。

 人を怒らせたり、喜びを共感してと一つの感情を利用した喜怒哀楽を俺に対して優しさとして表してくれる。それがわかっているからこそ、本気で俺が怒れないのも事実なんだけどね。だって本人は心配しているって遠まわしにではあるがよく口にする割にはそれを俺には直接言わないしバレてもないって思っているのだ。普通に本人を前にして言っていたら流石の俺でも気付くわけだが、俺はとてつもない大馬鹿で鈍感野郎と言う認識がどこかにあるらしく、気づいていないと思っているのだ。


「仕方ないよ。だってそれは二人の認識が生んだダメージでもあるんだから」


「だね。ところで、あれからいくちゃん様子は?」


 琴音と亜由美の視線に俺はドキッとしてしまった。

 そして思わず視線を二人から外してしまうが、そんな俺を見て二人は静かに俺の言葉を待ってくれた。


「わからない。今日は演技をする前と同じだった」


 育枝は今何を思い、どう思っている。

 父親は育枝が俺の事を好きだと言っていた。だけど、そもそもそれは異性の好きなのか? と考えれば考える程わからなくなる。ここで選択肢を間違えれば底なし沼に落ちてしまうそんな気分にもなっている。そして奴らは人を惑わし、脚を掴み引きずり落とそうとしている。だけど俺は負けるわけにはいかない。育枝には今まで沢山お世話になってきた。だからこそ育枝が望む形で最後は俺も自分との気持ちに決着をつけたいと考えている。今は異性として大好きなのか、兄妹として大好きなのかがハッキリ言ってわからない。どうしてもあの日偽物だったとは言え恋人だった時の育枝の言葉に嘘はなかったのではないかともう一人の俺――【奇跡の空】が心の中で言っているのだ。


「なるほどね」


「そっかぁ」


 琴音と亜由美はお互いの顔を見て呟いた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、そらにぃとしてはこれからいくとはどうしたいの? 前みたいな仲の良い兄弟の関係になりたいの? それとも……」


 俺は戸惑いながらも亜由美の言葉を遮るようにして。


「それを確かめたい。こんなことを言ったら可笑しいかもしれない――」


 俺は覚悟を決める。

 きっとこの二人なら俺の今の気持ちをわかってくれると信じて。


「――【奇跡の空】があの時感じた想いが本気だったのか、それとも育枝の迫真の演技に騙されて一時の感情で湧き上がった想いだったのかを見極めたいと思うんだ。多分そこにその答えが俺はあると今思った。どうかな?」


「「【奇跡の空】でか……」」


 二人がポツリと呟いた。


「なら世間の目じゃないんだね? 本当に自分が今もいくちゃんを好きか見極める、そう言いたいんだね?」


 琴音は俺に確認するようにして言ってくる。

 だけど。

 亜由美はすぐに琴音の言葉に訂正を入れる。


「ん? 七海先輩の事が嫌いになったってわけじゃないからそれは違うと思うよ、お姉ちゃん。多分あくまでいくに対する気持ちが本物かどうかをまずは確かめるんだと思う。それからこの後の展開を考えるって意味だよ。そうだよね、くうにぃ?」


 流石はこの分析力。

 本当に年下かと思えるぐらいに周りが見えている。

 なにより俺の言いたい事をしっかりと理解してくれている気がする。


「そうだな。別に七海の事が嫌いになったわけじゃない。まずは自分の気持ちを整理してから色々と考えようと思っている。でないと、二人に対してしっかりと向き合えないし何より申し訳ないから。何より二人がそれを望んでいる気がする」


 俺は正直に自分が思った事を伝える。

 すると、亜由美はすぐに頷いてくれた。


「だよね。それがいいよ!」


 そして、琴音。


「へぇ~、なんか見ないうちに成長したんだね。確かに迷いがある答えなんて誰も聞きたくないしね。私はいくちゃんと七海の事をしっかりと考えた行動ならいいと思う。だから協力してあげる。そこに間違いとはないと思うし、例え間違っててもそれはやってみないと分からない。だから頑張って」


 琴音はそう言って笑みを向けてくれた。

 少しぐらい何か言ってくるかなと思ったが、どうやら自分勝手な行動じゃない所を評価してくれたらしい。なにより琴音の嬉しそうな顔が今はとても嬉しい。こうなんて言うか、少し前の日常って感じがして懐かしくも嬉しい、それでいて心が安定すると言うか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る