第22話 コールと荷造り


「あれ?」


 俺は試しに後ろを振り返り更には周囲を確認してみたが誰もいない。

 

「急にどうしたんだ?」


「さっきまで聞こえていた水の音が消えたの。多分いくがもうそろそろお風呂あがるのかも。残念だけど、今日はここまでだね。でも明日からしばらく自然な形で一緒にいられるからこの事に関してはゆっくり考えていこうよ」


「それもそうだな」


「うん。それに時間が経てばもっと色々とわかると思うしね。ならまたね」


 そう言って、亜由美は立ち上がると玄関の方へと小走りで向かった。途中俺の方へと振り返り手をふる仕草に俺はどこか微笑ましくなった。

 そして俺が手を振り返すと、亜由美が笑顔を向けてくれた。


 玄関の扉が開き閉まる音が聞こえた。


 するとすぐに、育枝の独り言が聞こえてきた。


「そらにぃ~と旅行、そらにぃ~と旅行~、たららん~たたたぁ~そらにぃ~と旅行、そらにぃと旅行~いまから~じゅんびぃ~いまから~じゅんびぃ~。えんぎぃ~はおわりぃ~えんぎぃ~はおわり~」


 かなり機嫌がいいのか育枝はそのまま聞いていて恥ずかしい事を口にしながら自分の部屋へと向かっていた。てかその歌みたいな独り言は絶対に人前では言うなよ、と心の中で呟いてから俺も自分の部屋へと一旦戻り明日の荷造りをすることにした。


 亜由美が去った後、俺は荷造りをしながら今日までの出来事を頭の中で振り返ってみた。

 やっぱり今日は色々あったと思う。

 だけどそのおかげで白雪と話せるようになり、その後育枝とも気付けば会話が出来るようになっていた。そう考えると今日はとても良い一日だったと思う。それに多分だけど水巻が琴音と亜由美に色々と上手い事話してくれたみたいで変なギクシャクや勘違いも生まれてないみたいで本当に良かった。やっぱり水巻って根はいい奴で友達想いなんだと思う。


 ――プルプル、プルルルル


 音に反応して荷造りをしていた手を止めてスマートフォンを手に取る。


「もしもし?」


「あっ、くうちゃん?」


「うん」


「さっきね亜由美が帰って来たんだけど、そのままお風呂入っちゃて何も聞けなかったんだけど、いくちゃんからちゃんと明日の事聞いた?」


 一度深呼吸してから、俺が家に帰ってからの亜由美との食事から――最後亜由美と話した内容までを簡単に説明した。多分俺が何も言わなくても亜由美ならこの後琴音に相談すると思った。だったら自分から話した方がいいに決まっている。それに仮に黙っていたとしよう。明日からの育枝の急変した態度に皆が疑問に思うだろう。そうなるとどの道皆が疑問に思いこの事を知るのは今日か明日かってだけで時間にしては二十四時間も変わらない。


「なるほどね……」


 とりあえず琴音はスピーカー越しではあったが納得はしてくれているようだ。


「とりあえず、理解はしたけど……。これからどうするの?」


「ん?」


「ん? じゃないよ。いくちゃんに怒ったりしてないの? 少なくとも傷付くぐらいには本気だったんでしょ?」


「ぐはっ!」


 俺は胸を押さえた。

 正直まだあの日の事をストレートに言われると、動悸がヤバイ。

 あの満面の笑みが脳内で蘇りそうになる。あの笑みは俺にとっては天使の微笑みだったはずなのだが、今は思い出したくない。俺は頭を掻きむしり必死になって最近読んだ本の内容を思い出すことで、何とか気持ちを落ち着かせる。


「だ、大丈夫?」


「……なんとか」


「もしかしていくちゃんに関して怯えているの?」


「…………」


 その沈黙が意味する理由はこの場においては一つしかなかった。

 琴音は俺の心情を察してくれたのか、しばらく黙っていてくれた。


「まぁ、その……やっぱり少しは怖いっていうか」


 ようやく出てきた俺の言葉を聞いて琴音は小さい声で「うん」と言って頷いてくれる。


「別に悪い意味とかじゃなくて……なんて言うかなんか気まずいって言うか話しかけにくいと言うか……上手く言葉にできないけどそんな感じ」


 俺が困った時は時に話を聞いてくれて、時にアドバイスをくれる。

 そして俺とは違ってしっかりとした幼馴染。

 妹の亜由美とは違い、すぐに感情移入をしてしまう琴音。

 だからこそなのかも知れない。

 琴音は特に相手の立場になって物事を考えられる。


「具体的に言うとその後が一番怖い。また拒絶されたらって思うと……」


「そっかぁ……。でも怖いのはわかる。私も亜由美と一緒に事情は聞いたから」


「水巻にか?」


「うん。勝手に聞いてゴメン、だけど心配だったから……」


「いや、こちらこそ心配してくれてありがとう」


 今日はこの前と違い、一歩身をひいてくれる琴音。

 やはり事情を知れば知る程、知らない時に比べると接し方が変わる。

 これはある意味当然のことなのかもしれない。


「ところで明日からは大丈夫なの?」


「うん。一応普通に話す分にはさっき大丈夫だった」


「そっかぁ」


「あぁ」


「それで?」


 流石幼馴染。

 俺の含みのある言い方に気付いたらしい。


「でも「そらにぃ大好き」って単語を聞くと何かこうゾクッとすると言うか何と言うか……」


「あ~なるほどね」


「わかってくれるのか?」


「当然よ。これは完全な私の予想だけど、いくちゃんのその言葉を聞いてくうちゃんがこれはいけると思いアタックしたらダメだった――」


「ガハッ!」


「それだけじゃなくて、本当は演技だったとか言われたせいでもうその言葉が本当かどうかわからない――」


「ウッ!」


「さらにはこうも考えられる。大好きと言うのは異性としてなのか兄妹としてなのかすら今はわからない、だから怖いって言うのが私の予想なんだけどどうかな?」


「…………ぅん」


 俺はとても小さい声で返事をした。


「相談してくれたらいつでも私が力になってあげるからそんなに落ち込まないで?」


「ありがとう」


「何言ってるの? 私達仲良し幼馴染でしょ? だからもっと気軽に頼っていいのよ、くうちゃん?」


「琴音のそうゆう所俺好きだよ。ありがとう」


 そう、琴音は昔からよくこうして俺に何かある度にそう言って励ましてくれる。

 そして俺が相談した時は、よく力になってくれた。

 見返りを求めないその優しさこそが琴音の一番の長所だと俺は思っている。

 だからそれを口にして伝える。

 これが俺なりの感謝の言葉だったから。


「ば、ばかぁ。いきなりそうゆうのは禁止よ。こう……嘘だとわかってても照れちゃうんだもん」


 そしてこれが琴音の本性。

 普段めったに表に出して素直に喜ばない琴音だが、内心はとても嬉しいのだ。そしてとても素直な女の子。だけど恥ずかしいって事から普段は誰にも見せない。それで同性から褒められることに対しては慣れていても異性から褒められていない琴音は俺と二人きりの時や今みたいに二人で会話している時はたまに本性がポロっと出てくるのだ。


「嘘じゃないぞ?」


「ふぁ、はい。あ、ありがとう……」


 本当に照れているらしく慌てて返事をしたかと思いきや声が小さい。

 こうなった琴音はなんともわかりやすい。


「で、でも、いじわるなくうちゃん、わ、わたし……き、き、き、きらいだから!」


 う~ん、なんともわかりやすいツンデレだ。

 この嫌いは逆に何度でも言って欲しいぐらいだ。この慌てようと声が裏返り本音を隠そうと必死な琴音。昔から本当に何一つ変わっていない。普段は頭が良くて学校では白雪と比べられる程綺麗な幼馴染がプライベートではこれだ。うん。実に見ていて可愛らしいというか和(なご)む。


「別にいいじゃねぇか、褒めても。それに俺達よく喧嘩と言うか言い合いするとき多いけどそれだけ昔から言い合える関係つまりは仲良しって事でお互いに色々と認めているってことだろ? だったら少しぐらい俺にも日頃の感謝の気持ちを伝える機会をくれてもいいと思うが?」


「う、うん、そうゆうことなら一杯褒めてくれてもいいよ。えへへ~」


 うん、何とも扱いやすい。

 デレた時の琴音は正直俺でもチョロいと感じてしまう程、色々とわかりやすい。だからと言って口を滑らして誰かの秘密を漏らすようなことは絶対にしないので信用できる相手だ。


 あれ? 俺いつの間にか安堵している。

 しばらく忘れていた亜由美との日常や今の琴音との日常が俺の心を落ち着かせてくれたのかもしれない。


「ちょっとだけ頼みがあるんだけどいいかな?」


「うん、いいよ」


「明日移動途中なんだけど育枝の様子を見たいから、育枝の話し相手を少しの間してくれないか? 別に疑ってるってわけではないんだが、ちょっと様子を見たいって言うか……んでそれから俺が少し亜由美とちょっと話したいと言うか」


「あ~そうゆうことならいいよ。そりゃ気になるよね。いきなり演技だって言われたら」


「そうなんだよな……」


 あの時、亜由美が言っていた言葉が俺の頭の中で繰り返しリピートされた。


「なら何かあったら新幹線の中でも直接言いずらいことがあったら電話でもメールでもして。それで亜由美も入れて三人でしばらく連絡取り合おう。私はくうちゃんの話しを聞く限りどうも可笑しいと思うんだよね」


「可笑しい? 何が?」


「なんで二人の間でそんな認識のズレが生じたのかってこと。まぁ明日会えば色々とわかると思うけどね。ゴメン、私も今からお風呂入らないとだからまた明日ね」


 亜由美もそう言っていた。

 姉妹って事で考え方や感性は正直似ている所があるのはわかる。

 だけど俺には違和感がないことがあの二人にはある。

 中田姉妹は俺の家族を除けば間違いなく育枝の事をその次ぐらいに知っている。その二人が違和感を感じると言う事は何かあるのかもしれない。だけど俺は育枝を信じている。本当は疑いたくない、だけど完全に無視するには気になる。だから明日様子を見る事にした。


「わかった。また明日」


 俺がそう言うと電話が切れた。

 それから俺は荷造りを終わらせて一人色々と今後の事について考えてみた。



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