第二章 二人の姉妹と仲間

第21話 本能と悪魔


「ちょっとあれはどうゆうこと? くうにぃはいくの事が本気で好きだったんだよね?」


 育枝がお風呂に入るとすぐに亜由美が俺の正面にあるソファーに座ってきた。

 中田家の次女亜由美は基本的に冷静で落ち着いているため物事を客観的に見る事を得意としている。その為、周りから見た時に自分がどう見えているのかや自分の作品が他者から見た時にどう見えているかなどを他人のアドバイスや言葉がなくても、頭の中でしっかりと想像できる。言い方を変えれば変な先入観がないのだ。だから俺が変な事を言っても、ある程度ならすぐに俺が本当は何て言いたかったのかも理解してくれる。それくらいに亜由美の理解力が高い、はずなのだがどうやらその亜由美をもってしてもさっきの育枝の言葉は理解不能だったらしい。


 今は亜由美の質問に答えるのが普通の場面。だけどあまりの衝撃的な言葉に俺は逆に聞き返すにはいられなかった。


「あゆみ。なんだ、その……あれってどういう意味だと思う?」


「う、うぅん~。どうって言われても……」


 亜由美は眉間にしわを寄せて何かを考え始める。

 目の前にいる少女ですら理解不能の言葉を俺がわかるはずもない。


「だよなぁ……。亜由美の反応が普通だよな……」


 もしかしたら育枝とも仲が良いと言う事で本当は育枝の言葉の意味に気付いていて、俺にはただ黙っているだけかもしれないが、内容が内容なだけに疑心暗鬼になってしまう。当然亜由美の事はかなり信用している。それでもやっぱり疑ってしまうのは俺が女心を読み間違えて傷付いたという過去を持っているからであろう。例えあれが演技だと言われてもあれはもう思い出したくないトラウマレベルなのは変わりがない。


「正直に私の意見を言ってもいい?」


「頼む」


「う~ん、まぁいくの反応から見るに嘘はついてないように見えるんだよね。かと言ってあれが本当とも思えない。なんか都合がいいって感じがしなくはないというか……」


 俺の質問に亜由美は自分の髪を指に巻き付けては離してを繰り返しながら答える。


「だってそれなら、私かお姉ちゃんにぐらいだったら大丈夫の一言ぐらい言ってもいいと思うんだよね。別に私達もそれならそれでくうにぃの事を思っていくがしているんだったら別に何も言わないから。だとすると――」


「――だとすると?」


 ゴクリ。


「なんでくうにぃは本気で、いくは演技だと二人の認識が途中からずれたのか。そしていつからずれていたのか。それが引っかかるんだよね。だって普通いくなら勘が鋭いから気付くと思うんだよね? なのにそれを何故くうにぃに言わなかったのか。そう考えると何か可笑しいと思わない? いくら偽物の恋人をしていたからって認識が違うのは流石にリスクしかないよね。それがくうにぃのもう一人の想い人を振り向かせる為といくが七海先輩を後悔させてあげるだけってなら尚更ね」


「へぇ……? ん……? ちょっと待って……」


(確かに亜由美の言う通りなわけではあるが、その前に……一つ気になる発言があったぞ)


 おいおいおいおい、ちょっと、ちょっと。

 お姉さん、今なんて言った!?

 サラッと爆弾放り込んで話しを進めないで!


「なぁ、亜由美。なんで俺が育枝に告白して振られたことだけじゃなくて偽物の恋人をしていた事まで知っているんだ?」


 流石に育枝があの状況で誰かに偽物の恋人だったことを言うとは思えない。何より琴音も育枝もあの日学校にはいなかった。となると、あの場にいた当事者しか知らない偽物の恋人である事は知らない。もっと言えば俺と育枝が偽物の恋人になった理由は誰も知らないはずだ。だって言ってないからだ。育枝が自分から何かを言うとは正直思えない。なぜなら亜由美は少なからず琴音を通して去年から白雪の事を知っていたからだ。


 亜由美はあっ、と言いたいのか口を手のひらで隠す。

 そして俺から一瞬視線を外すと、気まずそうにして俺を見てきた。


「誤魔化すのはなしだぞ」


 俺は念を押すように言う。

 流石にこれは黙って聞き流すわけにはいかなかった。


「白状しないとダメ?」


「当たり前だ」


「くうにぃが家を出て行った後、いくが用事があるって言って一回家に戻っている間に、小町先輩に事情を聞いたのよ。小町先輩はその辺については何も言ってなかったけど、いくの行動パターンとか発言、後は今日見た態度から何となくそう言うことかなって思ったの。だって七海先輩の興味を惹きたいって理由だけでいくが素直に力を貸すとは思えないんだもん……」


「もういっその事学生辞めて刑事にでもなったらいいと思うぞ」

(なるほど。百点満点だな)


「ありがとう」


「一応言っておくが褒めてはないぞ?」



 育枝の言動から全てを察するのか。でも亜由美と育枝は俺が育枝と兄妹になってからの仲で二人で良く遊びに行く程仲が良いのも事実。なにより俺にはわからない女心についても当然亜由美は知っている。そりゃ女の子同士だもんな。


 なるほど、全てを承知で褒め言葉として受け取ったのか。


「知ってるよ~。私勘の良い乙女だからね」


「乙女ねぇ~」


 俺は亜由美の全身をさり気なく眺めた。

 育枝に負けじと亜由美の身体つきも本当にちょっと前まで中学生だったのかと言いたくなるぐらいに発達して、今も大きめのパーカーを来ている癖に膨らみを隠し切れていない胸とお尻を見るとなんかこう色々大人の色気がもうあるんだよな。


「どうしたの?」


「いや、別に……。ただ重そうだなって……」


「重い? なにが?」


 俺は視線にようやく気付いたのが、亜由美の顔が真っ赤になっていく。

 そして両手をクロスさせて胸を隠す。


「えっちぃ!」


「だって乙女って自分で言ってたから」


「そりゃ言ったけどさぁ……。私がわざわざこのパーカーを着ている理由ぐらい察してくれてもいいじゃん……。本当に女心に鈍感なんだから……まったく~もぉ……」


 赤面しながらも俺に上目遣いで訴えてくる亜由美。

 それにしても自分の身体のみりょ……ではなく破壊力に気付いていたとは流石だ。だけど俺も男だと言う事を忘れていたようだ。あまりマジマジと見れば流石に警察に通報されるぐらいの自覚はあるので、あまり見ないようには意識しているがそれでもたまに目がいくのは男の性(さが)と言うことにしておいて欲しい。だって俺も健全な男子高校生なのだから。


「すみませんでした」


 だけどここは頭を下げて謝ることにした。

 女性からしたらやっぱり幾ら仲が良くても嫌な物は嫌だと言う事ぐらい俺だって知っている。


「別にくうにぃなら謝らなくてもいいけど……。そこまで他人じゃないし、別にチラチラぐらいなら何も言わないよ。だってくうにぃも男の子だし、なにより安全だからね」


 安全……安全……安全……?

 まさか!?


「チキンって言いたいのか!?」


「てへっ」


 舌をだして、手を握り自分の頭をポンと叩く亜由美。


「グハッ!?」


「ならいいよ。今なら私の身体を好きにして、ほら」


 そう言うと今度は不敵な笑みを浮かべて、両手を横いっぱいに広げて俺をからかってくる。くそぉ~ご近所さんの目さえなけ……違う、もし亜由美と夜ベッドの近くで二人きりだったら今ご……これも違う、えっと……いや俺は女性の気持ちを大事にする男だから手を出すわけにはいかないんだ。よしこれが正解だ。


「うぅぅぅぅぅぅぅ!!! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 だが正解を得ても俺の心の中で天使と悪魔がにらみ合う。

 頭をかきむしり俺の脳内では理性と本能による令和の桶狭間の戦いが始まった。


「あはは。くうにぃは素直だね。そうゆうのは恋人になる事があったらしようね」


 その一言により俺の悪魔――本能が負けた。


「そうだな……」


「こらっ、落ち込んだらダメだよ。でもこうやって冗談を言って反応してくれるくうにぃってやっぱり一緒にいて楽しいから昨日みたいに落ち込まないで欲しいかな。まぁ話しを戻していくの件だけど……」


 亜由美は笑いながら、頭を下げて落ち込む俺を見て一度大きく息を吸い込んだ。

 俺が顔を上げると、ゆっくりと息を吐き出す。


 すると亜由美が何かに気付いた反応を突然した。

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