第17話 共闘の提案と受託
水巻は電話を切ると、中田家と住原家を区切る石壁に視線を向けた。
隣接して並んだ二つの家。どちらも二階建てで似た作りとなっており、とても豪華で大きい家とは言えない。それでも一家族が住むには十分である。石壁には小さい子供が落書きした痕跡が残っている。
「これでいいの?」
「はい。ありがとうございます」
水巻はすぐ近くにいる育枝と同じように石壁に背を付けて空を見上げる。
「育枝ちゃん、まだ住原君の事諦めてなかったんだね」
「当然です」
「でも悪いけど今回の一件は育枝ちゃんが復縁していようがしていまいが七海に圧倒的に有利になるように私が仕組んだの。復縁していれば住原君の良心を利用して七海のスランプ解消、復縁していなければ今日みたいに住原君の心の傷に触れるようにってね」
水巻は諭すように呟く。
「ごめんね。今の七海強がっているように見えるけど、七海は七海で結構限界ギリギリなのよ。だから放っておけなくて。それにもう育枝ちゃんに勝ち目はないと思う。今の距離感から異性それも恋人候補に再び行くのは今の住原君を見る限り結構厳しいと思うわ」
「やっぱり、そう見えますか……?」
「えぇ。住原君にはキツイ事を言ったけどあれはどう見ても恋って言う物に臆病になっている。そのせいで心も不安定。原因は育枝ちゃんに振られたこと。今の状態じゃ前みたいに色仕掛けすら出来ないと思うのよね」
「あはは……バレてましたか……」
「状況的解釈をするなら、七海が圧倒的に有利で育枝ちゃんが圧倒的不利だと私は思っているわ。まぁ気になるのは、亜由美ちゃんがいきなり今日の夜ご飯を作ってあげるって言い出したこと。普通幼馴染でもあそこまでする?」
「昔から亜由美は一歩身を退くお人好しな女の子でした。でもなんだかんだ言って本人は認めないし口にもしないけど亜由美も私と同じでそらにぃの事が多分好きなんですよね……」
水巻は苦笑いする育枝をチラッと見て告げる。
「ならますます今の状況、育枝ちゃんにとっては不利ね」
「ですよね。それは十分に理解しているつもりです。だけど私はまだ負けていません。多分ですけど、ここから逆転して勝てると思いますよ」
「凄いわね、その自信。だったらなんで私に力を貸せって言ったの?」
「だったら何で力を貸してくれたんですか? そこに答えがあるかと思いますが」
日が沈み、街頭の灯りが街並みを照らす時間帯決して熱くはない。
だけど水巻は背中にバケツで水をかけられたかのような寒気を感じた。
この子は一体どこまで計算しているのだろうか……。
「はぁ~。本当に恐ろしい後輩だわ。わかったわ。どうせ、私の本当の目的にも気づいているんでしょ?」
「さぁ、なんのことですか?」
まともに食事を取っていないせいで顔色が悪い。
それでもその笑みを見た時、やはり、と言わざるを得ない気がした。
「私は完全な七海の味方じゃないのは認める。いいわ、出来る限り協力をしてあげる」
「違いますよね。協力をして欲しいのは小町先輩もですよね。つまり今回は白雪七海の味方をしつつ実際は私の味方にもなった方がお得だと思うんですけど、その解釈であっていますよね?」
顔色だけでなく、よく見たらフラフラしている育枝の身体を支えようとするがすぐに手で止められる。これだけの体調不良でも周りの状況を誰よりも正しく理解し、決してそこに私情を入れない強靭なメンタルに水巻は感心させられてしまった。
これだけ追い込まれても常に冷静でいる、流石に凄すぎる。
普通の人だったら間違いなく、そこに願望や希望をいれて未来の事を考えたり、冷静さを欠如してしまったりするだろう。
「えぇ、そうね。まぁこの程度なら七海の件は別として邪魔さえ入らなければ何とでもなるわね。亜由美ちゃんが不確定要素過ぎるけど、とりあえずはお互いの目的を確認しておきましょう。途中で意見がぶつかったり、変わっても嫌だからね」
その時、水巻はまるで目に見えない刃を喉元に突き付けられた感覚に襲われた。
一瞬にして全身を支配する感覚。
――ゴクリ
「では先に教えてください、小町先輩の目的はなんですか?」
「それを言う必要はないわ。だって気付いているのよね?」
ここで育枝が本当に自分の目的を察しているのかを確認する。
「これはあくまで私の勝手な妄想です。今日琴音と一緒に小町先輩がこの家に来たのって内心慌ててたからだと思うんですよね。私があの日GW(ゴールデンウィーク)を利用するって言ったもんだから――」
育枝はスラスラと語る。
逆に水巻は内心焦り始めていた。
何をしてもすぐに自分の行動が彼女の次の一手になってしまっている、そんな心の焦りが生まれた。
「それで本来ならまだ完全復帰もしていない【奇跡の空】が急に再注目されて私達の家に下手したらマスコミが来るかもしれない状況までたった数日でできた。そこに小町先輩がわざわざ琴音を使いそらにぃに会いに来たのは――」
「――わかったわ。多分その解釈であっているわ。育枝ちゃんの目的に今回は黙って力を貸すから見逃してくれないかしら?」
「いいですよ~」
その後、水巻は念の為に自分の目的を自ら話した。
そして育枝からは何を目的としてどのように動くからと聞いた。
第三勢力として突如出現した恋のライバルである幼馴染の加勢。
更に学校一の美女の圧倒的優勢な状況。
なのにも関わらず、目の前にいる可愛い女の子は言い切った。
その時、水巻はゾクゾクしてしまった。
そして、彼女は負けヒロインじゃないと確信した。
故に。
――彼女もまた最強の矛を持つ者だと。
「…………――――――って感じになるんですけど、大丈夫ですか?」
水巻は一度頭の中で育枝が言った事を整理した。
「……えぇ。でもそれだと七海と亜由美ちゃんの好感度もあがるけどいいの?」
「それが何か問題でも?」
「う、うそでしょ……。なにその自信。で、でも失敗したら――」
育枝は微笑みながら答える。
「失敗? それは弱者が考える事。強者は成功と成功する為の過程(失敗)しか得ません。ですよね、せ~んぱい?」
「……そうね。貴女いい意味で異常だわ」
水巻は育枝の言葉を聞いて驚きを隠せずにはいられないかった。
彼女の心の辞書には失敗と言う二文字がないのかもしれない。
だからこの状況でも諦めないでいられるのかもしれない。
「いいですか? 私は必死なんです。それだけ私はそらにぃの事が大好きなんです」
育枝は容姿、学校の成績と言った目に見える物の殆どは正直優れている。だけど本当の強さはそれすらあればいいなぐらいにしか考えない思考力にあるのかもしれない。
好きな相手に好きと言い、それを人前で当たり前に公言し周囲からもそれを認めてもらう強さと絶対に諦めない心。
時には努力し、現状に不満があるならそれを自らの頭で考え、実行し解決する。それは本来とても大変な事。だけど育枝はそれを当たり前にしてしまう。恋は時に信じられない力を与えると言うが、育枝からしたらきっとそれすら利用する物の一つに過ぎないのだろう。それだけ育枝は住原空哲と言う男を大好き……いや心の奥底から愛してしるのだろう。
(なんて純粋な子なの。普通なら迷いが生じても可笑しくないのに……)
「私ね、育枝ちゃんみたいな純粋で真っすぐな女の子好きよ。頑張ってね」
「そうですか。それは良かったです」
育枝はお礼を言わなかった。
やはり今回は今回と割り切っているらしい。本当に勘が鋭いと水巻は思ってしまった。今後誰の味方になり、誰の敵となるかそれは水巻のその時の状況次第。それを正しく理解していれば当然の反応で正解とも呼べる対応だろう。
「なら七海の方はとりあえず上手く制御してあげるわ」
水巻は手汗を履いていたスカートの裾で一度拭いてから、鞄を手に持ち手を振り遠のいていく。
育枝が見えなくなったところで水巻は一人呟く。
「――私がいなければ七海も亜由美ちゃんも今日完全な負けが確定していたわね」
そう、ただ恐ろしいのは。
誰よりも愛しているから結ばれる。
そう言った理屈や根拠がないのが恋愛だと言う事だ。
初対面で大嫌い同士の者が一夜共に過ごせば、相思相愛になっていたりと恋はいつも人間が予測しない方向に動きやすい生き物でもある。故に恋愛はいつなにが起きるのかがわからないのだ。
「さて、今回勝つのは誰かしらね」
水巻は『終わった』とある人物にメールを送りながら、鼻で笑いそう言った。
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