第16話 俺の本心
あれから時が経ち、時刻は十九時前と日が沈み、街の街灯が点灯し夜ご飯の時間を迎えようとしていた。
近所の川を眺めながら、俺はご近所さんの奥様や水巻の怒りが収まり我が家に平和が訪れるその時を気長に待っていた。
ブーブーブー
ポケットに入れていたスマートフォンがバイブレーションしたので俺はポケットから取り出して画面で発信者を確認した。
「まじか……」
俺は一度深呼吸をする。
「水巻? さっきはごめん。まだ怒ってる?」
「少し……。それより聞きたい事があるんだけど今時間いい?」
「あぁ、別に大丈夫だが」
それにしても水巻が聞きたい事ってなんだ?
簡単に考えただけでも色々とあり過ぎて俺にはよくわからない。だけど聞くなら別に明日でもいい気がする。それをしなかったって事はやっぱり誰かの前では聞きづらい事なのかもしれない。
「住原君あれから育枝ちゃんと何も話してないでしょ?」
その通りなのだ。
結局同じ家に住んでいても部屋が別々なので中々部屋から出てこない育枝と会う機会がなく、とは言っても俺も基本はずっと部屋の中に居てと同じようなものだった。お互いに生活習慣はなんとなくわかっているのでお風呂も育枝は深夜過ぎに入りと俺とは時間を全てずらして生活をしていた。
「少なくともお兄ちゃんなら少しは自分から話しかけてみたら? あの後私少し話したんだけど色々とこれからどう関わっていけばいいのか迷っているみたいよ?」
まぁ、それは言われなくてもわかっていると言うか。
むしろわかっているからこそ、逆に話しかけずらいと言うか。
だってどう見ても、避けられているんだよ。となると下手に声を掛けて、拒絶反応を示されたりしたら俺の心はガラス細工を床に落としてしまった時のように粉々になる……かもしれないのだ。
「そうなんだけど、なんて声をかけていいかわからないというか……」
「なら聞くけど、育枝ちゃんの事嫌いになった?」
「それは違う」
俺が育枝を嫌いになることはない。
好きになる理由は見つかる、だけど嫌いになる理由が見つからない。ただそれだけ。でもそれって本当に凄い事だと俺は思っている。
「だったらいいけど。ちなみに育枝ちゃんと仲直りする気はあるの?」
「当たり前だ!」
「即答できるぐらい、ハッキリしているんだったら後は時間の問題そうね」
「なぁ、水巻って確か七海の味方だっただろ? なんで今は育枝の味方なんだ?」
すると、水巻は俺にも聞こえるぐらい大きなため息を吐いた。
「私と住原君は友達。その友達が困っているなら助けたいと思うのは当然でしょ?」
「確かにな。水巻って本当に友達想いのいい奴なんだな」
「う~ん。それはちょっと違う気がするけどまぁ今はそれでいいわ。ちなみに住原君が育枝ちゃんと話すのが気まずいと思っている理由は? まぁ力にはあまり慣れないかもだけど、誰かに話す、それが良い時だってある。だから話してみな」
「見ての通り。バカな俺が育枝に振られた。一言で言うならただそれだけ。俺のバカな心が勘違いした為に育枝を傷つけた、その罪悪感がかなり強いんだ。俺は何一つ育枝の女心を理解してやれなかった。育枝は俺の事をしっかりと見て、そこから理解してくれていたのに。だけど俺はできなかった。それに今は距離を置かれているのもなんとなくわかる。ここで俺が下手に声を掛けて次拒絶されたらと思うと、本当に怖くてどうしようもないんだ……」
「なるほど、それだけ育枝ちゃんが大切な存在だからってこと?」
「うん」
「これじゃあ、住原空哲に逆戻りね」
「え?」
戸惑う俺に水巻は言葉を包むことなく言ってくる。
「住原君の本心はそこに合るように見えて実際はないわよね? 貴方は数多くの人間を魅了した【奇跡の空】でもあるんでしょ? だったら育枝ちゃんを盾にするな」
「あのな……今は【奇跡の空】は関係ないだろう」
俺は少しイライラしながら返事をする。
だが、水巻は言葉を続ける。
「そうやって負け癖が付いているから私から犬やらペット扱いされるの気付いたら? それに犬やらペット扱いされてムカつくのは自分に自覚があるからでしょ?」
「なぁ、水巻って誰の味方なの?」
「それもわからないの? まぁいいわ。だけど一つだけ教えておくわ。私は少なくとも育枝ちゃんの敵にはなりたくないと思っている」
「どういう意味?」
「見てて気付かないの? 育枝ちゃんは七海以上に手ごわいわよ」
全く持って意味がわからない。
力で喧嘩するほど育枝も七海も好戦的ではないはず……なのだが。
「あ、あとこれはどうでもいいことなんだけど育枝ちゃんが『お腹空いた、今日の夜ご飯はそらにぃが作るはずなんだけど……何処行ったんだろう』ってさっきお腹を擦りながらブツブツ文句言っていたわよ。せっかく食欲出てきたタイミングでご飯がない、この状況大丈夫なのお兄ちゃん?」
しまった……。
今日は俺が作る日だった。まさか育枝がご飯を食べるとは思っていなかったら何も作ってない。それよりご飯すら炊いていない。
「ま、まずい……」
「はぁ~、しっかりしなさいよね。んで、とりあえず今日は私がフォローして手配しておいたから育枝ちゃんの夜ご飯は大丈夫よ。本当はそれを伝えたかっただけ。明日の事は育枝ちゃんに直接聞きなさい。兄妹話すきっかけにちょうどいいと思うの。なら頑張ってね」
そう言って水巻が電話を切った。
なんだかんだ水巻って友達想いで本当に優しいんだよな。
たまにイラっとするけど。だけど多分水巻はそれを承知で俺に色々と言ってくれている気がするのもまた事実なわけで。
「そう言えば、あの時は隣に育枝がいてくれたっけ」
そう、あの時、白雪から『住原空哲は異性としては好きではないわ』と言われて酷く落ち込んていた俺は育枝に慰められて、勇気をもらい、偽物の恋人になった。
絶望が支配する俺の心を優しく包んでくれたのは紛れもなく育枝だった。
だからある程度はすぐに立ち直れたし、白雪とも次の日なんだかんだ話す事ができた。
だけど俺と育枝はもう偽物の恋人ではない。
俺は振られた。
その事実がある以上、俺はもう育枝に甘えてはダメだと思う。
これからは少し前まで当たり前だった恋人ではなく、兄妹の仲に戻らないといけない。でないと、俺の未練のせいで育枝が前に進めなくなってしまう。そのせいで、育枝の新しい恋を邪魔したら悪い……。
「あーーーーーーーッ!」
ダメだ。俺の本心が育枝に彼氏ができる事を強く拒んでいる。
もう諦めなきゃ、これ以上は迷惑だってわかっているのに、簡単に諦める事ができない。
白雪に振られた時と同じで色々と引きずっている。心の中で想いが残っている。
焦燥感に駆られた俺は一人悩む。
この不安とこれからどう向き合っていけばいいのかを。
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