第15話 それ禁句なの忘れてた
「それにしてもこのタイミング――」
亜由美は俺と琴音そして最後に白雪を見て言う。
「お姉ちゃんを使ってくるとはね」
「なんのことかしら?」
白雪の視線が冷たい物へと変わる。
正直嫌な予感がする。
「なんでもありませんよ、七海先輩」
「そう。だったらいいのよ」
「はい、勘違いさせてすみませんでした」
流石亜由美だ。
あの白雪の威嚇を何事もなくやり過ごすとは。
「でも七海先輩? 本当にいいんですか?」
「それはどうゆう意味かしら?」
「本ですよ、本。旅行に行って学校にも行ってたりしたら、必然的に時間が足りないんじゃないんですか?」
「あ~、それ? それは多分大丈夫。本気になれれば数日で終わる、だけど今は本気になれないから書いても数日じゃ終わらないし、作品の質が下がって私の理想には届かない作品しかできないのよ」
そうだよな。白雪はプロの作家だもんな。
自分が妥協して作った作品なんて世の中に出したくないよな。
何より、そうゆう時ってあるんだよな。
気分がのらない時は一日かけても全然進まないくせに、気分がのったら信じられないぐらい手が動いてたった数時間で数日分の原稿を一気に書き上げてしまうことも。そしてそう言った時に限って後で自分で読み返しても納得がいく作品って出来るんだよなー。
「空哲君ならこの気持ちわかってくれるよね?」
「う、うん……まぁな」
まぁ、小説や短編を書かない人間からしたら亜由美達の反応もわからなくない。
だから全員が「うん?」と首を傾げるのも頷ける。
「まぁ、それなら止めはしませんが」
それにしても優しいな、亜由美。
この状況で白雪の心配までして。
「ん? ちょっと七海さん……」
「なにかしら?」
「いや、なにって……。急にどうしたんですか?」
「ふふっ、なにって癒しが欲しいからちょっと身体を預けて空哲君の温もりを感じているのよ。それにこうゆうの本当は好きなんでしょ?」
白雪はあろうことか急に俺に身体を預けてきた。
ちょうど白雪の頭が俺の顔したに来るようにして。
そのため、白雪の髪から微かに香るシャンプーの甘い香りが俺の鼻を刺激する。
「私ずっと見てたんだからね。空哲君がある女の子から積極的にされた時、心が揺れ動いているの」
それってつまり白雪は俺の事がまだ好きって言う事なのか。
「だったら私がする権利もあると思うのよ。そしたら私は私で満足だから」
そう言って白雪が窓の外に視線を向ける。
もしかして……。
「「「「あっ……」」」」
俺達が気付いた時にはもう遅く、自分の部屋から育枝がこちらを見ていた。
そして窓から姿を消した。
いや、家が近いって言うのも便利が良さそうで良くないな。
「って、どうするんだよ! マズイ、とにかく今は逃げなきゃ」
「あ~だめよ。ほらもっと私を抱きしめて」
そう言って急に甘えん坊の子供のように俺に身体を預けてくる白雪。
彼女の熱と一緒に胸の弾力が俺の身体に密着した事で直に伝わり、彼女の甘い吐息が俺の頭を支配し、細い指が俺の指に絡まるように…………って、今はそんな事を感じている時じゃない! というかふざけている場合ではないのだ。さてはこの状況を楽しんでいるのか? 頼む今は勘弁してくれ……。
「ちょっと、私のそらにぃに何をしているのよ!」
思ったより来るのが早かったな。
まぁ徒歩一分もかからない家の近さだから当たり前と言えば当たり前か。
最良のタイミングとも呼べるべきこのタイミングで育枝がやって来た。
てか育枝めっちゃピリピリしているのか、迫力が半端ないんだが……。
そのまま俺から白雪を強引に力技で引き剝がす。
この状況かなり気まずい。
特に白雪一人でも色々やばかったのにそこに育枝まで加わるとか、俺もうどうしたらいいんだ。逃げ出したい場面ではあるが、そんな事を二人が許してくれるとも思えない。とりあえず俺はその場で静かに二人の様子を見守る事にした。
「ちょっと何するのよ。別にいいじゃない、私が空哲君と何をしようが。だって貴女は空哲君を振ったのでしょ? だったら関係ないじゃない」
「うっ!?」
白雪の一言が部屋の空気を重たい物へと変え、俺の心を抉る。
対して育枝は、鋭い目つきで睨み返す。
「な、なによ……だったらなんだって言うのよ!」
「ん? 私何か間違った事言ったかしら? 確かにあの日貴方は空哲君を振ったわよね?」
「そ、それは……うぅ……」
育枝は拳に力を入れて、奥歯を噛みしめる。
「それともなに? あれは嘘だと言うの? あれだけの人数の前で貴女嘘ついたの?」
近くにいた水巻をチラッと見て育枝が言う。
「全部聞いたのね……」
「ボソボソ言ってたらよく聞こえないわよ。聞いた? さて何の事かしら? 皆にわかるように説明してみなさい」
「うぅ……くっ……それは……、その……何て言うか……」
何かと葛藤する育枝。
そんな育枝を見て白雪が追い打ちをかける。
「ちなみに私達今度旅行に行くんだけど、別に想い人でもない空哲君が沢山の女の子と旅行でも貴女には関係ないわよね?」
なんだろう。
今までとは立場が完全に逆になっている気がする。
「友達少ないからってわざわざくうにぃを貴女の旅行に巻き込まないで」
「違うわよ。貴女に振られた心の傷も良かったら旅行に行って癒さないって言う私なりの気遣いよ。同じ振られた者同士心の傷がわかるのよ。だから私はちょっとでも空哲君に元気になってもらいたいのよ」
そう言って白雪は俺の近くに来て、俺の両肩に手をそっと置いてくれる。その時、俺は安心してしまった。同じ心の傷を持つ者通しと言う仲間意識からである。何て言うか白雪の純粋な心の温もりみたいなのが手を通して俺に伝わってくる。
「ね? 空哲君一緒に行くわよね?」
俺はすぐに頷く。
すると育枝が更に拳に力を入れ震わせ、歯を食いしばる。
「ほらね。空哲君を振った事を後悔しなさい。もし空哲君が望むなら今からでも私が恋人になってあげてもいいわよ。義妹みたいに私は空哲君を絶対に傷つけたりしないわ。望むなら衣食住だって全部提供してあげるわよ。いいわね、その顔。正に敗者の顔ね」
「あーあーあー、七海先輩が悪い女になってる。お姉ちゃん? そろそろいくに助け船出してあげなよ。このままじゃいく泣いちゃうよ?」
「だそうよ、小町? 元々は小町が原因なんだから止めてきなさい。後、ちゃんといくちゃんのフォローも。これで二人の関係が悪化したら流石に私も本気で怒るわよ?」
「もう少し見ていたんだけど、ダメ?」
「小町?」
「ごめん、冗談よ」
水巻はベッドから立ち上がると、俺の頭を撫でて勝利の美酒に酔っている白雪と敗北の苦渋に苦しんでいる育枝の間に来る。
「は~い。二人共そこまで。とりあえず住原君はそのまま犬扱いされたままでいいや。育枝ちゃん、今は仲良くしましょ。と言う事で貴女も旅行には一緒に行きましょ。七海はそこのペットも連れて行っていいから。それで二人共とりあえず手を打ちましょう。ね?」
「わかったわ」
白雪はそう言って納得したかと思いきや小声で『からかい終わったら最初から誘ってあげる予定だったけど、まぁ小町の優しさって事になったけどまぁいいわ』と言って俺の頭を撫でながら微笑んだ。それならもっと早くそう言ってくれよ。おかげで俺の不規則な鼓動になった心臓が落ち着きを取り戻し始める。
「いいんですか?」
「うん、育枝ちゃんも一緒。一人だけ仲間外れは良くないからね」
「わかりました、ありがとうございます。水巻先輩」
「良し、ならここにいる皆で行くの決定だね。それと今度からは小町でいいよ」
「なら小町先輩って今度から呼ばせて頂きます」
「うん。亜由美は琴音の許可貰ったから強制ね」
「……拒否権なさそうなので、それでいいです」
亜由美はため息まじりにそう答えた。
だけどなんだかんだ言って楽しそう。
「良し! なら女子旅行にペット同伴で明日から出発だね。詳しい事は後で皆に私からメールするから、バタバタになるだろうけど準備よろしくね~」
ん? ペット?
俺は優しくされ気持ち良かった白雪の手を頭から離して叫ぶ。
「誰がペットじゃぁぁぁぁぁぁぁ――――!?」
「住原君!」
「ド貧乳には言われたくない! せめて人間扱い……」
俺の言葉は途中で止まってしまった。
水巻の後ろに角が生えた鬼がいた。
そして周りの空気がピリピリした物に変わる。
この展開前にも似たような事があった気が……グハッ!?
俺はお腹に痛みを覚え、その場で倒れ込んだ。
「骨折るってこの前言ったの忘れたかしら?」
頭から角が生えた鬼――水巻を琴音と亜由美が止めてくれる。
「くうちゃん、ここは私達に任せて!」
「くうにぃ、早く逃げて!」
「離して二人共! 私は住原君を締め上げないといけないの!」
「ダメに決まってるでしょ!」
琴音と亜由美が更に力を入れて水巻を抑え込む。
二人相手でも水巻は諦めようとしない。
これが執念の力だと言うのか。
「女を胸でしか判断しないペットは生きる資格がないの」
だがそれでも止まらない水巻を更に育枝と白雪が加勢して止めてくれる。
「とりあえずそらにぃは逃げて!」
「ここは私達が止めてみせるわ、だから空哲君はどこか安全な所に」
「すまん。皆……ここは任せた!」
四人の女子にここは任せて俺は逃げるようにして中田家の裏口から出て行った。
そして逃げる前に育枝と白雪が初めて息が合った瞬間を見た俺は嬉しくもどこか複雑になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます