第18話 亜由美との時間
流石にお腹が空いた。
俺は水巻が手配したと言った人物が誰かは知らないが、とりあえず育枝のご飯の件も含めてお礼を言わないといけないなと思いながら帰宅した。
家に着くと、朝集まっていたご近所さん達は誰一人おらず、とても静かだった。
すぐ左隣の家からは琴音の笑い声が聞こえてくる。きっと家族で何かを話しているのだろう。中田家は四人家族でいつも楽しそうに夜の食卓を囲っており、家族の温かみをよく感じる。俺は小さい頃、父親が再婚前に仕事で家を空ける時は中田家の食卓にお世話になっていた。その為、困ったら気軽にご飯を食べにおいでと言われている。とは言っても高校生になってからはやはり育枝の為にしっかりしないといけないという使命感からまだお世話になった事はない。今度タイミングを見てお邪魔しようと思う。これもご近所付き合いの一つだからだ。本当は琴音と亜由美がいない中、お世話になるのはちょっと気まずいっていう配慮もあったが、今はその気まずさは全くない。
なんなら今からでも水巻の手配した人間がまだ何も作っていなかったら、お邪魔してもいいかもしれない。
そのまま玄関の扉に鍵を差し込む。
ガチャ
「ん? あれ、閉まった?」
もう一度鍵を回す。
「あ、開いた……」
俺は鍵が開いていた事を疑問に思いながら、少し警戒しながら扉を開けた。今この家の鍵を持っているのは両親と俺と育枝、後は琴音のお母さんだけである。両親がもしもの時の為に渡している人物は一人しかいない。かと言って水巻がわざわざ琴音のお母さんに事情を話すとは思えない。一体どうなっているんだ……。
「あ、おかえり~くうにぃ」
「………………」
バタンッ。
あれ? 帰る家一個間違えた?
俺は慌てて、扉を閉めて、もう一度自分の家かを外から確認する。
外見は俺の家で、隣は間違いなく琴音と亜由美が住む家。
エプロン姿にブルーの髪でミディアムショート、そしてハーフアップにしており笑顔が素敵な女の子がいた。てか朝から部屋着なのに可愛い過ぎる女の子がそこにいたのだ。
すると中から俺を迎え入れるように扉が開く。
「ほら、中に入って」
「あ、うん……」
俺は中にいる女の子に腕を引っ張られて、家の中に入る。
そして当然の事と言わんばかりに胸を張って言う。
「今日は私が夜ご飯を作ったから食べて。事情はいくから簡単にだけど聞いた。くうにぃが夜ご飯を作らないで逃亡してから帰って来ないって。んでいくは今知り合いとちょっと会って来るって言ってお出掛け中。ところで――」
そして俺の目をジッと見て。
「今は二人きりだけど、ご飯と私どっち食べる?」
「そんなの決まってるだろ、亜由美を食べるに――って違うぅぅぅぅぅぅぅ! さり気なく俺を満面の笑みで地獄に落とそうとするなぁぁぁぁぁぁぁ!」
つい、亜由美なら大丈夫と安心していたせいで自然な形での『桃色の楽園イベント』にのりかけてしまった。正常な思考を乱すような一言を言ってきた中田亜由美。かつて【奇跡の空】が作った短編集の表紙や挿絵を勝手に作り、勝手にログインしては挿絵を投稿していた一人。後はたまに俺が書いたシナリオをそのまま絵にしてコミケにて同人誌として売り短期留学の学費を姉妹で生み出した実績を持つ。何が凄いって、俺が書いた文字列をそのまま絵にするだけでお金に変える事が出来る力だ。ちなみに今は活動休止中で表舞台には出ていない。その理由は何とも単純で書きたい絵がないとのことらしい。
「地獄? なんのこと? 天国の間違いだと思うけど……」
「確かに一時は快楽と言う名の天国に行けるかも知れないが問題なのはそこじゃなくて……その後なんだよ!」
「大丈夫。そこは証拠隠滅するから」
「恐い事言うな! 俺は平和に生きたいんだよ!」
亜由美は「ん?」と言いながら、考えてる素振りを見せて、すぐに首を傾げた。
「笑って誤魔化すな!」
「ごめん、ごめん。でも朝よりは元気出たみたいだね。良かった。まぁ半分冗談だから気にしないで。それより私食べる?」
するとタイミングを見計らったかのように、俺のお腹の虫がぐぅ~と鳴いた。
それを聞いた亜由美がクスクスと笑う。
「身体は正直だね。それは冗談としてなら冷めないうちにご飯食べて」
そう言って俺の腕を掴むとそのまま強引にリビングに連れて行く。
てか不思議だな。いつも亜由美が冗談を言う時はタイミングがいいと言うか俺にある程度弱って復活した時とか元気が良い時に悩んでいたりとか自分で自分を必要以上に責めている時とかなんだよな。なんでわかるんだろう。まぁそれで元気をもらっているから別にいいんだけど。
「ほら、ここに座って」
亜由美に案内された席に俺は座る。
目の前を見れば、白米が入るであろう器、油揚げと豆腐のお味噌汁、チキン南蛮、野菜のサラダが並べられていた。よく見ればデザートにフルーチェまである。どれも俺が好きな物ばかりだ。
「ラッキー。亜由美ありがとうな」
「うん。まぁいくには一応ご飯作ってあげたし、くうにぃには好きな物食べて早く元気になってもらいたいからね。ちょっと待っててね、箸と飲み物、後はドレッシングとか今からかけるから」
「別にそれくらい自分でするよ」
「いいの、いいの。たまには素直に誰かに甘える事も覚えないとダメだよ、くうにぃ?」
「そ、そうだな……。なら今日は亜由美に甘える事にするよ」
「うん。それがいいよ。ちなみにご飯は気持ち少なめで大丈夫?」
「あぁ、それで頼む」
「は~い」
亜由美はそう言って手慣れた手つきで色々と用意をしていく。元々姉妹揃って料理は好きらしく、中田家では母親が仕事で忙しい日は姉妹が交替で料理を作っている。その事を知っている為、味への心配は一切ない。
「ところで何で料理をわざわざ作ってくれたんだ? せっかく久しぶりに家族揃ったばかりだってのに?」
「それ? それはね、いくと小町先輩からお願いされたからだよ。んで、それをお母さんに言ったらなら私が行くとか言い出したら、私がそれを止めてここに来たの。流石にまだ私のお母さんには言えないでしょ、今の二人の関係?」
「そうだな……本当に助かったよ。マジで感謝だわ」
亜由美は小さく頷いて、俺の前に箸と飲み物そして白米が用意された。
それから俺は亜由美が作ってくれたご飯にがっついた。いざ一口食べて見ると、自分が思っていた以上に食欲があるらしく、無我夢中になって食べていた。そんな俺の姿を見て、亜由美は嬉しそうに終始微笑んでいた。そしてデザートまでを完食した俺はお腹いっぱいになり、ソファーで横になる。流石に少し食べ過ぎたらしく、まともに動けない。
「ったく、なんでお昼ご飯の時と言い後先考えずに全部食べちゃうのよ。無理なら残せばいいでしょ?」
「いや、つい美味しくてな」
「まぁ、いいけど。それより明日十時に『いのり旅館』に集合だってよ。三泊四日で七海先輩がお金は全員分出してくれるみたいよ。だから荷物だけ持っていけばいいんだって」
亜由美はさり気なく俺の近くに来てそう言った。
きっと気を利かせて教えてくれたのだろう。水巻と繋がりがないのか水巻の配慮は水泡となってしまったがこれはこれでありがたい。別に他の話しでもいいわけだし。
それにしても本当に年下かって思う程、気が利いて、親切で優しい。なんなら育枝とは別に亜由美を妹に欲しいくらいだ。
……ただ、たまに俺を地獄に落とそうとするさり気ない爆弾発言がなければだが。
「ところで、亜由美はもう帰るのか? さっきから俺の事をチラチラ見ている事からなんとなく俺に何か言いたい事があるようにも見えるんだけど?」
「やっぱり気付く?」
「うん」
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