第2話 服が欲しい

 私と新太の出会いは幼稚園の頃に遡る。お互いの家が徒歩三十秒圏内にあり、親同士が意気投合してあちらの家でパーティーをしたのがその発端だ。

 新太ママの足の影に隠れていた新太は、おどおどとした様子で私の方を伺っていた。私はたえりんチャンネルのたえりんがしていた笑顔を真似て微笑んだ。新太も私に笑い返す……。

 そこで終われば、私たちは普通の幼なじみとして、親に連れられて川に行ったり映画を見たり、遊んで過ごしていただろう。けれど私たちの間には、一つのイレギュラーがいた。そう、私の姉だ。

 私の姉はとても要領がよく、また美人だった。私が出来ないことも、姉はさらりとやってのけた。周りからも評判の姉だ。私と姉はとても仲が良かった。私は姉にちまちまと付いていき、何かあればすぐに話を共有したものだ。

 傍から見ていれば、それは優秀な姉が妹の面倒を見ているという微笑ましい光景だったのだろう。実際そうだったし、姉は様々なことを知っていた。

「螺鈿細工の骸骨の作り方はね、気の遠くなるようなやすりがけの作業を必要としてないんだよ。アダム加工を施した旋盤で、八〜十ヘルケルの微弱電波を掛け続ければ出来上がるの」

 姉は少しおかしいのだ、と私が気付いたのは、私たち姉妹と新太で遊びにいった後のことだった。公園の裏にある神社に探検しに行こう、と姉が私たちを誘い、当日はなにも無かったのだが、次の日に新太が高熱を出して寝込んでしまった。姉は新太の家に訪問して、昨日なにか神社で持って帰ったものはないかを聞きただした。すると、新太は石を持って帰ったのだという。机の上に置いてある平たいつるりとした石を姉は掴み、これ、返してくるね、とぽつりと呟いた。

 姉が家に帰ってくると、ひどくやつれた様子で、今日はもう寝ると言った。新太、多分大丈夫よ。と言ったのを、私はうんうん、と頷いた。実際、新太は昨日うなされてたなんてことが嘘みたいにけろりとしていた。

 姉も特に変わった様子はなかったけど、たまに塞ぎ込むことが多くなった。誰もいない場所で呟いたり、悪夢にうなされることが多くなった。それと同時に、私たちと新太の周りに不可解なことが多く起きるようなった。姉はその全てを解決した。

 新太はそんな姉を怖がっているようだった。夜中遅くまで起きていると幽霊が迎えにくるよ、というような恐れを姉に抱いていた。いつしかその恐怖は私に伝播し、姉を避けるようになっていた。それを察したのか姉もこちらに無理に関わってくることはなくなり、遊びに誘う筆頭がいなくなったことで、私と新太の関係は過去仲良かった幼なじみ程度になっている。


 そんな私たちだったから、新太が女の子になっていても、理解は出来なくても無理やり納得することはできる。違う世界に誘われたときと比べれば、これはまだ原因がはっきりしているだけマシだった。

 面を食らったものの、私はベッドで新太と名乗る女の子の横に腰掛けた。

「ゆめ、俺が元に戻るための手伝いをして欲しい……」

 喋り方が新太まんまなのに、見た目は可憐な女の子だ。接し方がわからなくて、私はとりあえず頷いた。

「確かに、えーと、あなたがあの死体だとして……なんでそんなことになっちゃったの」

「多分触ったからだと思う。あの時触ったのは俺だけだったから」

 死体に触れるとその死体になる。そんなわけのわからないことを、新太は受け入れているのだろうか。

 新太は組んだ手を、私が横に座ってからずっと見つめている。震えたりはしてないけれど、その手はがっちりと握られてそう簡単に振り解けそうにない。新太は認めているだけなのだ。今までに経験してきた何事か、そして三日という時間が、新太のこの事件に対する覚悟をはっきりさせている。

「……でも、一体どうすれば? 新太がなっているのは病気じゃない。元に戻るったって、何をすれば」

「それは俺もわからないけど、でもやることはある。あの死体にまた会うことだ。あれが運びこまれた病院に行って、その死体を確認する」

 新太の口調は断定してるような物言いだった。何がなんでも立ち向かってやる、という感じ。私と姉と新太で遊んでいたときは、姉に振り回されっぱなしだったのが大した進歩だ。私は偉そうにそう思う。

「それで、頼みたいことがあるんだけど」

「なに?」

「ゆめの服、貸してくんない?」

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