放たれた矢

 それから十年、ファルナ政権は一つのミスも犯さず、完璧に機能し続けた。階級制度の無いエルガモンドには多くの移民があり、その多くは再起への熱意を持っている。ユミーナの指揮する更生プログラムは、国の産業を支える職人を輩出し続けた。かつてユミーナが奴隷商人として成功した背景には人を見る目が図抜けていたことが理由にあった。他者の才能を見出し、最大限引き出し利益化する。ファルナとも唯一の親友の関係である彼女は国民から、「エルガモンドの母」として慕われるようになっていた。

 ザムリクフは産業をいち早く確立させた。水や食料、鉱石などの外部に依存する資源に必要なルートを確保するだけでなく、それを加工し、付加価値をもたらす技術を洗練させることで資源の方から集まるようにした。ザムリクフは「文明の賢者」として尊敬を集め、国の発展には欠かせない逸材であった。

 リンドバーグは宰相としてファルナと共に政治体制の構築に奔走した。成果は上々である。ファルナを慕い、共に働くことを夢とした彼だが、やっていることはかつて野望に見たことと大差なかった。しかし支配する、という目的から守ることが目的に変わっただけでも随分違うものだ。エルガモンドが大きくなるにつれて隣の大国マルズィもこれを放置しておかなかった。外交にはファルナと共に臨み、付け入られるような隙と言う隙を徹底的につぶした。彼はその立ち位置から「ファルナの守護者」と呼ばれ、頼りにされていた。


 それから更に一年が経ち、エルガモンドの主要人物が集まる会議の場で、ファルナは宰相リンドバーグとの結婚を宣言した。この決定には誰もが驚いた。特にリンドバーグは動揺した。


「ファルナ様! 一体……一体どうなされたのです!? わ、私と結婚ですと?!」

「嫌でしょうか? わたくしはこれまで、リンには宰相以上の信頼を寄せてきました。最近巷で囁かれている噂はわたくしも存じております。『マルズィ帝国の皇太子との縁談』、実際にはそんなものありません。しかし、これは国民の皆様がわたくしの身の上と、この国の未来を案じてくれていることの証です。わたくしが、その……素直になることで……国民の不安を解消できるなら……、、、、、、それが、最良ではないか……、と」


 ファルナは珍しく口ごもり、俯いた。耳が赤くなっている。国民の不安の解消というのは、本人さえ自覚がないようだが建前なのだ。

 ザムリクフは楽しそうに笑い、よれた白ひげを撫でた。


「私は賛同いたします。ここにいる者全員、ファルナ様の幸せを願っていますからな。それに、良かったではないかリンドバーグ。報われぬ恋が報われたな。ファルナ様も私も、というかここにいる全員、お前のファルナ様への気持ちは分かっていたぞ」

「な、なんですって!」


 会議室は幸せな笑いに包まれ、祝福の声で溢れた。

 ファルナとリンドバーグは間もなく結婚し、国を挙げての大規模な式典が催された。マルズィ帝国を始め、多くの要人が国賓として招かれ、その招きに応じた。式典は一週間も続き、ファルナとリンドバーグはずっと弾けるように笑っていた。


 そして式典が終わった翌日、ユミーナはエルガモンドから姿を消した。

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