12-8 エピローグ
俺は錦馬が乗り換えをする中央駅に着くなり、平日でも賑わう人波を縫って高崎方面の改札口を目指した。
往来を見渡せる広い場所で待つことも考えたが、万一錦馬を見落とす恐れがあったので確実性を採って改札口を選んだ。
迷惑を承知で構内を走り、高崎方面の改札口に到着する。
「はあ、はあ。錦馬は?」
息を切らしたまま辺りに視線を巡らす。
錦馬らしい姿は……ない。
精勤だった錦馬がダイヤルの時刻を間違えるはずはないから、まだ来てないのだろう。
「……間に合ったのか」
ひとまず安心して、鉄道会社の広告ポスターのアクリルに背中からもたれた。
改札口に向かおうとしている人達の何人かが、構内を走って脱力した様子でポスターにもたれる俺に好奇の一瞥をくれる。
時々向けられる視線を感じながら、改札口へ上ってくる人波から目を離さないように注視した。
たった一人の登場を待ち望んで。
「あっ」
数分ほど改札へ向かってくる人群れを眺めていると、素描で思い描けるほど見慣れた横顔が目に飛び込んできた。
「錦馬……」
名前を呟きながらポスターから背を離し、目の前を通り過ぎようとする端正な横顔へ駆け寄る。
俺の形相がよっぽど切迫していたのだろう、錦馬と俺を遮っていた薄い人垣が足早になって両脇へ避けた。
「え、なに?」
自分の周囲をいた人達が突然に退いたせいか、錦馬がドキッとした顔で足を止めた。
その瞬間、近づく俺と目が合う。
たちまち錦馬の眉が驚愕によって跳ね上がった。
「浅葱……」
「よっ」
軽く手を挙げる。
錦馬の目が細められ、驚愕から迷惑へと形を変えた。
「どうしてあんたがいるのよ」
「お前に言いたいことがあって」
溢れそうになる想いを喉元で留め、いつもの無表情を貼り付けて言葉を返す。
錦馬は怪訝そうに眉をしかめた。
「言いたいとこあるなら早くして。あんまり時間ないから」
「じゃ、言うぞ?」
「……」
無言で促してくる。
一つ息を吸って、喉元で留まっている想いを吐き出した。
俺はお前のことが――
「好きだ」
「……………………―――――――はあ?」
長い間の後、錦馬は目端を吊り上げて怒り眼になった。
想いが伝わらなかった――
眉間に苛立ちの皺を作って俺の顔を見つめる。
「自分が何を言ったかわかってる?」
「……わかってるよ。好きなんだよ、お前のこと」
再度、想いを口にしてみた。
錦馬が憂いありげに目を伏せる。
「優香がいないからって、ふざけたこと言わないでよ」
「ふざけてないぞ。俺は本気だ」
どうして理解してくれないのか。
錦馬を見つめて、もどかしい気持ちで語を継ぐ。
すると、憂いで伏せてられていた錦馬の目が癇に障ったように勢いよく上向いた。
「彼女がいるくせに告白しに来るなんて、殴りたくなるほどふざけてるわよ!」
「……悪かった」
「そうよ、悪いわよ。正気を疑うぐらい」
怒りをぶちまけるように吐き捨て拒絶された。
けれど、どんな反応をされようと伝えなければいけないことがある。
俺は自嘲的に笑いかけた。
「優香とは別れたんだよ」
錦馬の目が驚きに見開く。
「は、何言って……」
「なっちゃんのことを好きな俺は好きじゃない、ってフラれたんだ」
「…………」
錦馬は不安そうに目を伏せて押し黙った。
「俺はもう優香の彼氏じゃない」
「だからって……」
宣言するように声に出すと、錦馬がつと伏せていた顔を上げた。
今まで様々な感情を映してきた瞳が、悔しさを孕んだ涙でぬれている。
「今さらになって、あたしの思い出の中から出てこないでよ」
赤裸々な訴えが胸に迫り、詰まらせる。
「ご……っ」
ごめん、と言いそうになる自分を制する。
ここで引き下がれば錦馬の涙が脳裏に刻まれたまま、苦い記憶となって胸に残り続けるだろう。
「俺は……」
しかし口とは裏腹に、言葉は頭の中で乱流して継ぐべき台詞を掴みそこねる。
クソ。なんと言えば思い出ではない現在の俺の想いが届くだろう。
「こんなの……望んでない」
怒りを含んだ拒否。
拒むような悲しげな瞳で錦馬が言葉を紡ぐ。
「グラドルとマネージャーとして良好な関係のまま終わりたかった」
その錦馬の声を聞いた瞬間、俺はほぼ反射的に口が動いた。
「俺は思い出で終わりたくない」
掴み損ねていた言葉をしっかりと力強く握りしめた感覚。
昂っていた想いが言葉となって流れ出る。
「お前の思い出の中だけじゃない。お前のすぐ隣で思い出を作っていきたい。だから一緒にいてくれ」
「…………うっ」
「好きだ。行かないでくれ」
「…………」
またも錦馬は顔を伏せて黙り込んだ。
俺は錦馬を見つめたまま、じっと返事を待つ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………バカっ」
錦馬の口から短い罵倒が漏れた。
おもむろに伏せていた顔を上げる。
錦馬は頬を赤くし、少し照れたような泣き笑いの表情になった。
「そこまで言われて、断れるわけないじゃないの」
「ありがとう」
「あたしの覚悟を無駄にした責任取ってもらうから」
「任せろ」
俺は迷いなく請け負った。
錦馬がはにかむ。
「この前の、続き」
そう呟いて、またも目を閉じた。
しかし今度は顔を伏せず、俺の方へ向いたまま微かに唇を出している。
これ以上、待ち望んだ瞬間はない。
俺は目を閉じ、錦馬の唇に顔を近づけ――――そっと唇を重ねた。
一生離したくないくらいに、暖かった。
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