12-6

錦馬の歓送会から数日後。

俺は野上と映画を観終えた後に近くのカフェに来ている。


「映画、けっこう良かったですね」


 テーブルの向かいの席で優香が楽しげな笑みを浮かべた。


「昔の映画のパロディって聞いてたんですけど、ちょっと舐めてました」

「そうなのか。昔の映画ってなんだよ?」

「たしか……」


 優香はカフェオレのコップを両手に挟みながら、記憶を探るように目線を上に振り上げる。

 しばしして、思い出したのか笑顔で俺に視線を戻した。


「そうです。『ティファニーに朝食を』をです」

「それをパロディ化したら、『九十九里浜で朝食を』になるのか」


 呆れのような気分で言う。

『九十九里浜で朝食』の内容はこうだ。


 九十九里浜沿いの民宿の経営を受け継いだ元サラリーマンの主人公が、民宿の二階に住み着いていた失踪したと噂の美人女優と出会い、いろんな人物と複雑に関係しながら恋に落ちていく恋愛映画だ。


 カポーティに怒られやしないか、と思いもしたが、制作事情を知らない素人がなんやかんや言うのは筋違いな気がして原作のことはどうでもよくなった。


「浅葱さん、どのシーンが良いと思いましたか?」


 裏のない表情で優香が訊いてくる。

 映画の内容を辿りながら、印象に残ったシーンを思い返す。

 主人公が民宿を受け継いだ初日の夜……。


「強いて言えば、あのシーンだな」

「どこですか?」

「最初の方で主人公がスルメ食べながらテレビを観ていて、二階の住人の正体に気が付いたところ」

「ふふっ、あのスルメシーンですか」


 俺の言ったシーンを思い出してか、優香が笑いをこぼした。


「そう。スルメだ」

「ほんとにスルメのシーンには笑っちゃました。面白かったですよね」


 カフェでスルメを連呼するカップルってどうなんだ、と思わないでもない。

 けれど、スルメのシーンは俺も声には出さなかったが笑った。

 主人公が女優の素性を追求しようと二階にかけ上げると、女優は口に咥えていたスルメの手近のハサミで二等分し、片方を主人公に差し出す。主人公は「どうも」と言いながら一階へ戻るが、すぐに本来の目的を思い出してスルメを持ったまま二階へ駆け戻るのだ。


 スルメを持ったまま追及する主人公の姿は、あまりにも迫力に欠けた。


「冒頭は完全にコメディでしたよね。でも後半から……」


 言い出し、優香の目が艶っぽく潤う。


「恋愛色が濃くなって、とくに最後のシーンなんて感動しました」

「ああ、あれか」


 俺は急に湧いた焦りを取り繕うように相槌を打った。

 確かに感動的ではあった。

 しかし、俺には心を抉られるようなシーンだった。主人公とヒロインが九十九里浜沿いの堤の停めた車の中で口づけを交わすのだ。


 先日に錦馬とのキス練習を思い出して映画のスクリーンと重なり、居たたまれない気分になった覚えがある。


「あれ。光人さんはあのシーン感動しませんでしたか?」


 よほど浮かない顔をしていたのか、優香が残念そうな声音で訊いてきた。

 俺ははっとして目の前の優香に意識を戻し、自然と出てきた愛想笑いを口元に貼り付ける。


「そんなことないよ。感動した」

「なら、いいんですけど。本当は詰まらなかったのに、あたしと話を合わしてくれてるなら申し訳ないと思ったので」

「面白かったよ。また観に来よう」

「ごめんなさい、二回目は遠慮します」


 苦笑いで断られた。

 まあ、俺ももう一度観に来る気ないからいいけど。


「そうだよな、はは」


 俺も苦笑いを返すと、優香は苦笑いを顔に残したまま、ところで、と話題を転移させた。


「帰るにはまだ時間は早いですから、どこか行きませんか?」

「いいけど、どこ行く?」

「ボウリングなんてどうですか」


 促すように話を振ると、事前に決めていた速さで行き先を提案した。

 晴れやかな笑顔を浮かべ、手だけで投球の動作をマネする。


「映画観る前から今までずっと座っていたので、身体を動かしたくなりました」

「ボウリングか。いいな、行こう」


 俺は優香に頷く。

 映画のことを考えていても、錦馬との一連の行為を思い出してしまうだけだ。

 今はデートに集中しないといけない。

 自身に厳命のように言い聞かせていると、優香はカフェオレの残りを飲み干して席を立った。


「さて、行きましょう光人さん」

「あ、ああ」


 俺も慌てて飲み物の残りを飲み干して立ち上がった。

 ボウリングなら錦馬の記憶は出てこないだろう。

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