12-4

 歓送会は盛況のうちに終了時間となり、参加者たちはめいめいに錦馬と記念写真を撮ると、惜別を感じさせない笑顔で事務所に後にしていった。


 俺は最後まで残って部屋の後片付けをし、錦馬は同期メンバーと記念写真を撮り終え一人でスマホを眺めていた。

 結果、部屋には俺と錦馬だけになっている。


「錦馬は帰らないのか?」


 片付けの手を動かしながら尋ねた。

 錦馬がスマホから顔を上げて俺を見る。


「帰りたいけど、会の主役が先に帰るわけにはいかないでしょ?」

「片付けは俺がやっておくから、もう帰っていいぞ」


 気を遣うな、というニュアンスで俺は帰宅を促す。

 二人きりでいるのが懐かしくも恥ずかしくもあった。

 前もこうして喋っていたのに、自分がどんな態度で接していたのか忘れてしまった。


「電車乗るの久しぶりだったわ」


 唐突に言った。

 言葉の真意を図りかねて俺が無言でいると、錦馬はくすりと頬を綻ばせた。


「帰りはいつもみたいに乗せてもらおうって思って。あんたを待ってるのよ」

「そうか。けど、待ってまで乗るような車でもないだろ」

「それに家近いし、わざわざ電車賃払うのもったいないでしょ?」

「……そういわれたら否定できなんだよな」


 自宅が近いことも、乗車賃が嵩むのも事実だ。


「だから家まで送ってよ。いつもみたいに」

「わかったから、片づけ終わるまで待ってくれ」

「ありがと」


 ちょっと嬉しそうな笑顔の感謝だった。

 錦馬の突然の笑顔にドギマギして動きを止めそうになるが、かろうじて肩を回す仕草で誤魔化す。

 今まで何回も送迎してきたけど、嬉しそうに礼を言われたのはおそらく初めてだ。


「でも、なんか忍びないわね」


 照れで錦馬の笑顔を見れないでいると、錦馬の声のトーンが落ちた。

 表情が気になって腕を止めて振り向く。


「どういうことだ、忍びないって?」

「優香よ」


 錦馬の口から優香の名前が出た。

 人知れず俺はドキリとする。未だ、彼女の名前が呼ばれることに慣れていない。


「ほら、優香はあんたの彼女でしょ」

「まあ、そうだな」

「ってことは、本来帰りの車に同乗すべきなのは優香じゃない。彼氏に送迎させてもらっていいはずなんだけど」

「しかし、肝心の優香がいないぞ」


 部屋には俺と錦馬しか残っていない。

 はあ、と残念そうに錦馬はため息をつく。


「優香のついでにあたしも乗せてってもらおう思ってたのに、あたしが記念写真を撮ってる間にいなくなってたのよね。たぶん、源次郎さんの車で帰ったんだろうけど」

「なんか急用であったのかな?」

「それはないと思うけど……あたしに気を遣ったのかしら」


 申し訳ない声で錦馬は憶測を口にした。

 俺に錦馬を送らせるため、優香ならあり得ない話ではない。


「いいのかな、あたしで?」


 錦馬が自信なさげに訊いてくる。

 いいも悪いも、今さら遠慮することはない。


「今まで仕事のたびに乗ってたんだから気にするな。それともなんだ、俺の車に乗るのが嫌になったのか?」

「そんなことないわよ」

「じゃあ乗れよ。送ってやる」


 いつの間にか自分の方から誘っていた。

 錦馬ははにかむような笑みをこぼした。


「じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらうわ」


 最初から乗るつもりだったくせに図々しい奴だ。

 と、まあ内心で文句を詰ってみる。

 密かな不平不満もなんだか懐かしい。

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