12-3
「次は誰?」
錦馬の催促する声が響く。
今日で最後だからと錦馬は割り切ったのか、歓送会の参加者へ自ら要望を募るようになった。
「次、私いいか?」
そう言いながら、西条が手を挙げた。
錦馬は無言で先を促す。
「最近買ったものがあって、錦馬に体験させてあげたいのだ」
「どういうものなの?」
ちょっと興味を引かれた様子で錦馬は声を上ずらせる。
西条が手荷物から舶来品のパーティーグッズのような紙箱を取り出し、テーブルに置いた。
「何それ?」
「嘘発見器だ。面白そうだろ」
新しい遊び道具を手に入れた子供のように西条は笑った。
「嘘発見器ね。そんなもの使って何するのよ?」
「むろん、錦馬の嘘を暴くのだ」
「あたし、嘘なんて何もついてないけど」
厄介そうな口ぶりで言った。
西条は詰まらぬげに眉をしかめる。
「それを確かめるために使うのではないか。興を知らぬ奴だな」
「嘘発見器といっても所詮は玩具でしょ」
「玩具だが精度はでたらめではないぞ。なあ入澤?」
玩具呼ばわりに少し苛立ちを見せながら入澤さんに水を向けた。
急な問いに、入澤さんは間を置いてから真顔になって答える。
「確実ではないけど八割ぐらいは当たるかな」
入澤の追認を得た西条が錦馬に向き直る。
「八割ならでたらめではないだろ。実際に入澤の経験人数が三人以下であることを暴いたからな」
「うう。かえで、人の秘密を勝手に暴露しないで」
入澤さんが泣きそうな顔になる。
意外と少ないんだな。入澤さんの年齢と容姿なら経験豊富でもおかしくないのに。
まあ、嘘発見器の結果は確実ではないけど。
「それで、嘘発見器であたしの何を知りたいわけ?」
錦馬が反発するような目つきをして尋ねる。
西条はニヤリと笑った。
「それを言ったら詰まらんではないか。それに質問するのは私だけでなく、ここにいる全員だからな。どんな質問が出るかわからん」
「答えを用意できないってことね」
「やってくれるか?」
「仕方ないわね、今回だけ。でもプライバシーに関わる質問がしないでよ?」
「うむ。わかった。では準備する」
西条は素直に頷くと、箱を開けて嘘発見器のセットに入った。
錦馬が嘘発見器に歩み寄る。微かに緊張の伺える面持ちだ。
「よし、セットできたぞ。錦馬、手をここの上に載せろ。そして質問したらいいえって答えてくれ」
嘘発見器の上部にある四本の溝を指さす。
錦馬は無言で従って右手を載せた。
「では、質問するぞ。」
「いいわよ」
さて、質問一発目に何を聞き出すのか?
西条が表情を変えずに口を開く。
「お金を落としたことがある?」
「いいえ」
――――何の反応もない。
「ねえ。嘘だったら、どうなるの?」
黒髪ポニーテールの錦馬の同期メンバーが蓮っ葉に訊く。
よくぞ訊いてくれた、という顔で西条は質問者を振り向いた。
「嘘だと判定されると音が鳴るのだ。実際に入澤が体重……」
「かえで、私を実例として出さないで!」
言い切る前に入澤さんが叫ぶように訴えた。
西条は仕方なさそうに口を噤み、錦馬の方へ顔を戻す。
「次、いくぞ」
「いいわよ」
錦馬が質問を促す。
はいはいー、と茶髪シャギーカットの錦馬の同期メンバーが機嫌よく手を挙げた。
誰も口を挟む者がいないとわかると、シャギーカットは錦馬に意地悪な笑みを向ける。
「錦馬さんは、処女ですか?」
「いいえ」
動じることなく錦馬は否定した。
――――――
――――
――ピーーー!
耳をつんざくブザー音が、嘘発見器から鳴り広がった。
室内は一瞬のうちに静まり返る。
「情婦みたいな体つきして、経験ゼロだったのだな」
しょうもない雑学を知ったみたいな声で西条が呟きを漏らした。
しかし、静寂のただ中ではその声はよく聞き取れた。
錦馬の顔が恥辱と怒りで真っ赤に染まる。
「誰が情婦みたいな体付きよ!」
室内に錦馬の怒鳴り声が響き、空々しく壁に吸われていく。
「錦馬さん、処女だったんだ」
「錦馬さん、処女だったのね」
「錦馬、処女だったのだな」
「なっちゃん、処女ですか」
「やった。錦馬さんに勝った」
同期メンバー二人、西条、優香が同情の目で錦馬を見つめている。
入澤さんだけは勝利に凱歌を上げんばかりに喜んでいる。
針のむしろ状態の錦馬が、同情の目を向けてくる四人を反抗的な目つきでねめつけた。
「あんた達の中にだって処女ぐらいいるでしょ。別にあたしだけ経験がないわけじゃないはずよ」
「それはそうですけど……」
錦馬の立てた異議に、優香がいわく言いたげに声を発した。
周囲の発言を促す空気に押されるようにして優香は言い返す。
「なっちゃんほど色気のある身体の人ここにはいないです。私が男性だったら行為の相手に真っ先になっちゃんを選びます」
何気にとんでもないことを口走ってる気がするが、優香の伝えたいことは概ね理解できた。
錦馬の反応を見ると、錦馬は返す言葉が思いつかない様子でたじろいでいる。
「悔しいけど、同感だわー」
「右に同じ」
同期メンバーの二人が追って答えるように同意を示す。
マネージャーとして錦馬の肩を持ちたいところだが、内心は彼女たちと似た思いだ。
錦馬のグラビア撮影の時に理性を保っていないと、見慣れてるはずなのに下半身にいらぬ力が入りそうになる。
ようするに、エロい。
「次の質問いくか?」
西条が錦馬の身体つきのことなどどうでもよくなった口ぶりで話題を修正しにかかった。
お願い、と錦馬が疲れた声で促す。
「次に質問したい奴いるかー?」
参加者たちに質問を募った。
しばし思案するような間の後、ではと言って源次郎さんが手を挙げた。
真面目な眼差しで錦馬を見つめ、発問の口を開く。
「グラビアアイドルとしての芸能活動にやり残したことはあるかの?」
実家の都合で引退することになった錦馬には、少し答えづらい質問かも知れない。
俺は錦馬の方を振り向く、が質問に答える錦馬の顔には一片の迷いもなかった。
「いいえ」
――――――
――――
――鳴らなかった。
「ほんとかの?」
源次郎さんが穏やかに追及する。
「はい。ありません」
錦馬は清々しささえ覚える表情で答えた。
その表情を見て、何故か心がさざ波立った。
きれいさっぱり辞めることを錦馬は望み、俺は望みを叶えるために歓送会を開き、今こうして参加している。
でも、行動に心の一部が付いてこられていない感じがする。
自分の心なのに妙な乖離があって変な気分だ。
「次、質問したいやつー?」
「はい。次あたし」
ポニーテールが手を挙げた。
周囲の声が急に別世界のものに聞こえる。
なんだかんだ言いつつも、寂しいのかな俺。
妙な乖離のあるこの気分は――そう、おそらく寂しさだ。
俺は自分の感情に断定を下し、目の前で繰り広げられる歓送会に意識を向け直す。
マネージャーとして錦馬を送り出してやらないとな。
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