9-5
お化け屋敷を出た後に怖かったか否かの問答を繰り返し、他にいくつかのアトラクションを楽しむと陽が西に傾き、夕陽が遊園地を染め上げていた。
人の姿もまばらになり、遊園地には寂しげな夕方の気配が漂い始めている。
「まだ何か乗るか?」
帰るとは言い出さず、当てもなさそうにアトラクションを眺めながら隣を歩く錦馬に尋ねた。
「あんたは何か乗りたいのあるの?」
「いや。俺はもう充分だ。お前の方はないのか?」
「そうね……」
後が続きそうな言い方で相槌を打つ。
しばらくそぞろ歩いて口を開いた。
「……しゃ」
「なんだって?」
「観覧車。まだ乗ってないわよね?」
確かに乗っていないが、あえて乗ることもないだろう。
「話があるって言ったじゃない」
そういえば電話で、大事な話があるからと前もって聞かされていた。
でも話をするだけで、夕暮れの観覧車でわざわざ演出する必要があるのだろうか。
「観覧車じゃないとダメなのか。帰りながらでも話せるだろ」
「だったら来る途中で話してたわよ。電車の中だと話しづらいことなの」
道中で話せないから観覧車の中で、ということなのだろう。
話しづらいこと、話しづらいこと――。
「愛の告白でもしてくれるのか?」
言った瞬間、錦馬がジトっと細まる。
「違うわよ。ふざけてるの?」
「ああ、ふざけてる。でも話しにくいことの定番といえば告白だろ?」
「定番って呼ぶないでくれる。もしほんとうに愛の告白だったらすごく傷ついてたわよ」
「そういう言い方をするってことは違うのか」
「違うって言ったじゃない。仕事の話よ、仕事の」
うんざりしたように話の内容を明かした。
「仕事の話ならばなおさら電車の中でもいいだろ」
「人には聞かれたくない話なの……それに身バレしたくないし、直接顔を会わせて話がしたかったから」
ちょっと言いにくそうして答えた。
なるほど。それなりに知名度ある錦馬らしい理由だ。
「確かに、仕事の大事な話を人に聞かれるのは避けたいな。万が一のことがあるからな」
「そうよ。もしも撮影場所が漏れたりしたら関係者にも迷惑かけちゃうから」
「わかった。そういう訳があるなら観覧車に乗るか」
重大事を聞かされる覚悟をして、俺は観覧車の搭乗口へ足の方向を変えた。
観覧車の一台に乗り込むと、程なくしてゆったりと上昇を始めた。
向かいの席では錦馬が夕暮れに沈む景色を望む窓外に顔を向けている。
「なあ、それで話ってなんだよ?」
俺は早速切り出した。
錦馬は窓の外を指さして唇を開く。
「ねえ見て、海が綺麗」
「……はあ」
錦馬に釣られて海の方に視線を移す。
遊園地の外、夕陽に照らされた海面が美しいオレンジに輝いていた。
ほんとだ、お世辞なしに綺麗だ。
こんな胸打つ景色が日帰りで来られる場所にあるとは想定外だった。
ちらりと横目を遣ると、錦馬はうっとりと窓外の景色を眺めている。
告白ならうってつけのシチュエーションなんだが、これから仕事の話をすると思うと感動が減損しちゃうな。
メランコリックな情緒のある夕景に見入っていると、いつの間にか観覧車の最頂点を過ぎて降下に入っていた。
そろそろ本題を聞かないと。
「錦馬。景色を堪能するのはいいけど、いい加減に話をしてくれないか。話す前に下に着いちまうぞ」
「うん、そうね。話をするために乗ったんだものね」
割り切ったように言い、顔を窓から俺の方へ振り向けた。
ほのかな笑みを口元に漂わせる。
「ねえ、あんたは今の仕事に遣り甲斐を感じてる?」
「……唐突だな」
遣り甲斐か。四月から錦馬のマネージャーに就いてこなしてきたが、遣り甲斐に目を向けたことはなかった。
問いかけを機に少し考えてみるか。
「そうだな。遣り甲斐を感じてるかどうかだよな?」
「うん、どう?」
思い返すと、錦馬がしっかりしてたから俺が無理をして励まなくても仕事も取れたし、撮影にも取り立てて支障がなかった。
錦馬のナイトになった日もあったけど、あれぐらいは当然といえば当然だ。
「なんか改めて思い出してみると、俺ってマネージャーらしいことあまりしてないよな」
「じゃあ何、遣り甲斐を感じてないの?」
「そういうわけじゃないけどさ。具体的に思いつかなくてさ」
「ぼんやりでいいのよ。あー遣り甲斐あるなぁ、って思ってるぐらいでも」
「なら感じてるな」
「そう、よかった」
言って、安心したように顔を緩ませた。
「俺が遣り甲斐を感じると、錦馬に良いことがあるのか?」
「契約したからマネージャー業をしてるだけだと、無理させてるみたいでちょっと悪いじゃない。でも遣り甲斐を感じてるなら私としても仕事しやすいのよ」
「俺がもし遣り甲斐を感じてなかったら契約を切るつもりだったのか?」
「かもね。やる気ない人とは仕事したくないもの」
「辛辣なこと言うなぁ」
遣り甲斐なんてねぇよ、なんて冗談で口にしていたら、この場で契約破棄を言い渡されていたかもしれぬ。危ない危ない。
「あんたにもう一つ聞かせて」
冷や汗を流す気分になっていると、錦馬が次の質問へ向けて前置きした。
無言で促すと、神妙な面持ちになる。
「もしもの話よ。私がグラドルを引退して一般人になっても、あんたは事務所でマネージャー業を続ける?」
「急に聞かれても困るな」
錦馬がグラビア活動から身を引いても、俺の身は事務所には属してるから新しく他の人のマネージャーになるのだろうか。
どうも想像しにくいな。
「錦馬が引退した後のことなんて考えたこともなかったんだけど。まあ、続けるんじゃないか」
結局、断言はできなかった。
「迷うぐらいなら続けた方がいいわよ。アイドルと違って年をとっても続けられるから」
「そうか、グラドルはいつまでも出来るわけじゃないもんな。どこかで辞める時が来るのか」
言われてみれば大事な話だ。錦馬の引退後どうするのか。
ある程度、指針は決めておくべきなのかもしれない。
「けど仮定の話よ。私はまだ引退しないから、ゆっくり考えておくといいわ」
緊張をほぐしたように微笑みを浮かべ締めくくった。
丁度、観覧車は搭乗口にまで還り着く。
「話は終わりよ。降りましょ」
「なんか、ありがとな」
席から腰を上げてかけていた錦馬に、思わず礼を口にしていた。
「引退した後の話をしてくれて。じっくり考えておくよ」
「……別に心配してるわけじゃないのよ。ただ自分が引退してあんたが行き場をなくしてたらと思うと寝覚めが悪いから、それだけよ」
目線を外して、照れ隠しのように言う。
要は気にかけてくれてるってことではないか。
けど、そこをつついたら不機嫌になりそうなので控えておこう。
「降りて、さっさと帰るわよ」
「ああ」
観覧車から降り、俺は錦馬とゲートへ歩を移した。
寂寥感漂う夕焼けが観覧車を照らしていた。
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