9-4
美味しそうにパスタを頬張る錦馬と昼食を済ますと、二人で腹ごなしに点在するアトラクションを見て回った。
「待ち時間がないのはここぐらいね」
順番を待つ列の見当たらないアトラクションの前に来て、錦馬が渋々と言った。
古めいた日本家屋を模した外観に、おどろおどろしい血のような赤色で書かれた入り口の立て札。ありきたりなお化け屋敷だ。
「待ち時間がないってことはそれだけ人気がないのと同じだぞ。詰まらないかもしれん」
「そんなの入ってみなきゃわかんないわよ。それとも何、怖いの?」
そう意地悪い笑みで煽ってくる。
「怖いわけないだろ。クオリティが低いんじゃないかと疑ってるぐらいだ」
「怖いわけない、って言ったわね」
言質を取った、とばかりに口の端を吊り上げた。
「ああ、言ったよ」
「なら、入れるわよね。それとも本当は怖いから入る気がないの?」
「いいよ、入ってやる。当然錦馬も来るだろ?」
俺にだけ行かせて錦馬は行かないとなれば、すぐに煽り側へ立場を逆転できる。
「もちろん行くわよ。ジェットコースターではちょっと驚いちゃったけど、お化けは怖くないの。さあ、行きましょ」
錦馬は訊いてもいないのに宣言して、お化け屋敷の紫紺の暖簾を潜る。
俺も暖簾を潜り、錦馬と並んで歩き出した
「ぎゃあああああああ!」
錦馬が隣で悲鳴を上げて、びくりと足を突っ張った。
暗い木目張りの廊下を進んでいると天井から血だらけの生首が降ってくる、という仕掛けだった。
「はあ、もう、脅かさないでよ」
早くも恐怖が引いたのか、作り物の生首に向かって怒りだした。
お化け屋敷って脅かされるものだろ。脅かしにかかってこないお化け屋敷じゃ、不気味な物展示展とあまり差がない気がする。
「腹立つー、行くわよっ」
脅かされた怒りのまま錦馬は先へ進む。
入ってからずっとこんな感じだ。
「ぎゃあああ!」
錦馬は片足を上げた姿勢のまま悲鳴を上げ、身体をふらふらとさせてから人形を踏まないように両足をつく。
長髪の女性の死体を真似た人形が、障子を倒して俺と錦馬の一歩前に倒れ込んできていた。
「ああ、もう、脅かさないでよ。転ぶところだったじゃない!」
人形を睨みつけ、またしても怒っている。
入る前に怖くないと言っていた人物とは思えない。
立腹の様子で錦馬はなおも先に足を進めた。
「ぎゃあああ!」
三度の絶叫が響いた。
錦馬は両腕で顔を隠すようにして目をつぶっている。
開いた木戸の中で首を括った浴衣姿の男性人形が蓑のように揺れている。
もしも現実で遭遇したら怖いけど、お化け屋敷だと覚悟していれば予測がつく仕掛けである。
錦馬が腕の隙間からぶら下がる人形を覗いた。途端に腕を降ろす。
「ああ、もう、脅かさないでよ。救急車呼ぶとこだったじゃない!」
その怖がりようで救急車へ通報できるとは思えないのだが。
質悪いわね、とぼやきながら錦馬は足を進めた。
「ぎゃああああ!」
もはや聞き飽きた悲鳴が耳朶を打った。
錦馬は壁から飛びのいて俺の上着の腕辺りを引っ掴んだ。錦馬の頭が肩に迫る。
左の壁から血塗られた手が手首ぐらいまで生え出ている。
気を張っていれば想像の範疇の仕掛けだ――それにしても、右ひじに当たっている柔らかい感触はなんだ。
視線を肘の方へ下げる。
感触の正体に気付いた瞬間、右腕に緊張が走った。
――――胸だ。そしてデカい。
錦馬の豊かな双丘の片方に俺の肘が少し食い込んでいる。
撮影で見てた時から大きいとは思ってたけど、密着しなくても触れてしまうほどだとは。
「ああ、もう、脅かさないでよ」
錦馬が壁から生えた人形の手に向かってぼやきながら俺の服から身を離した。
同時に肘の柔らかな感触も消える。
「ねえ、いつになったらゴールなのよ?」
壁の手からこちらへ顔を向かせ、苛立った声で錦馬が訊いてくる。
さっきまで錦馬の胸に触れていた腕を慌てて降ろす。
「多分もうすぐで終わりじゃないかな」
「多分って曖昧ね。まあいいわ、進みましょ」
会話する間さえ嫌になったのか先立って進路を歩き出した。
胸が肘に当たっていたこと、あいつ気づいてないのか。今のところ剣突を食うことはなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます